続き→ トップへ 小説目次へ ■グレイの嫉妬・中 私はいても立ってもいられず、椅子から立ち上がった。 「あ、ありがとうグレイ。もう一人で探します。 ほ、他の場所を探してきますね。塔の厨房とか、ナイトメアの部屋とか……」 未だに玉露を見つけられない私は錯乱気味で、上手く言葉が出ない。 とはいえ、もう長い時間グレイにつきあってもらっていることくらいは自覚している。 効率の悪い私の横でグレイは整然と動き、九割方、厨房を片づけてくれたのだ。 玉露の代わりにブラッドにもらった缶を抱えて立ち上がると、 「この缶は俺が預からせてもらう」 冷ややかな声がして、腕の中の缶が取り上げられた。 見上げると、グレイが冷たい目をして缶を睨んでいた。 「グレイ、その缶を返してください!」 私は抗議した。 「マフィアのボスが与えたものだ。茶葉に何か不審な物が仕込まれていないと言い切れないだろう」 「ブラッドはそんなことはしません!」 どんな汚い手段を使おうと、紅茶を冒涜する真似だけはしないはずだ。 「……奴を信用するんだな」 高級な缶を睨むグレイは、今にも缶を握りつぶすか窓から放り投げそうだった。 私は焦ってグレイの腕をつかもうとするが、身長差は大きく、あっさりと手の届かない高さに持ち上げられる。 「腕が寂しいなら、他の紅茶の缶でも珈琲の袋でも抱えていればいい。 とにかく、これは一度塔の方で調査を……」 「返して、お願い。返してください!」 私は子どものようにグレイの胸を拳で叩く。 するとグレイは冷血動物の瞳で私を見下ろし、 「奴が君に貢いだ物がそんなに大切か?」 「返してください!!」 もう玉露が無くて動揺しているのか、紅茶の缶を取られて動揺しているのか分かりはしない。 「高級な茶葉なんです。とても高いし、私はお金を持ってないですし……」 「……ナノっ」 「っ!!」 背に衝撃が来た。グレイに突き飛ばされたのだと視界が変わって知った。 いつもなら、乱暴な真似をするグレイに衝撃を受けていたのだろうけど、私の頭にあったのはとにかく紅茶缶を取り戻さなければという思いだけだった。 仰向けの姿勢から起き上がろうとして、肩を押され、もう一度床に戻る。 懲りずにさらに起きようとすると、グレイの顔が真上にあった。 紅茶の缶はテーブルに置いたようだけど、もちろん今は手が届かない。 グレイは私の両肩の外側に手を置き、完全に押し倒す体勢になっていた。 「ぐ、グレイ……その……」 「君は、金に動かない女性だと思っていた」 グレイの大きな手が、私の首筋に触れる。 今にもしめられるではというありえない予感に心臓の鼓動がはねあがった。 ――お、怒ってる……グレイが……。 しかも、その怒りの対象は他ならない自分だ。 「俺やナイトメア様が君を守ろうと尽力している傍らで、会合で紅茶を淹れて奴に媚びを売り、厳重な警備をしているさなかに塔を出て密会。 挙げ句に貢いでもらって有頂天か?俺が思っていたより、ずいぶんと悪女のようだな君は」 「ち、違います!」 グレイに似つかわしくない侮辱の言葉に声を上げる。 許可を求めず紅茶を淹れたのは料理人さんが撃たれるのを放っておけなかったから。 外に出たのは紅茶が見たくて仕方なかったから。 ブラッドに差し出された高価な紅茶を受け取ってしまったのは……それは、それだけは落ち度かもしれない。 でも最高級の紅茶だった……それに抵抗出来なかった。 物語のヒロインなら、こういうときは潔く誘惑を突っぱねるものなのに。 馬鹿なのだ、私は。 それでもと、言い訳の声を出す前に唇を塞がれた。 「ん……ん……」 グレイの体重が遠慮無く私にかかる。 苦しい。 私に触れるグレイに、今までのような優しさや気遣いはなかった。 やっと顔を離し、酸素を求めて激しく息をする私を見、グレイは言った。 「いくら欲しい?」 「……え?」 それは初めて見る顔だった。 例えようもないほど冷酷で、暖かみなど一片もなく、 「マフィアのボスほどではないが、俺も稼ぎは悪くない。いくらで自分を売る?」 「……っ!」 グレイを殴ろうとした。 でもその手はあっさり押さえられ、逆に床に押さえつけられる。 そして私の耳元で低くささやいた。 「金が欲しいのなら、俺に媚びてみろよ。いくらでも出してやるぜ。 まあ、サービス内容次第だがな」 そして笑う。まるで別人のような嫌な笑い方だった。 「グレイっ!!」 私は何とか一矢報いたくて必死にもがく。 けれど体格の大きな男性に押さえ込まれ、私は身動きすることも出来なかった。 3/5 続き→ トップへ 小説目次へ |