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■グレイの嫉妬・上

部屋にそっと入ってきたグレイは、まるで事前に考えていた文句を暗唱するように言った。
「ナノ。この間のことを謝りたい。出来れば君とは良好な関係を続けていきたい。
だから君さえ良ければ、また以前のように親しく……な、何だ!?」
早口で一気にしゃべっていたグレイは、足の踏み場もない私の厨房を見て叫んだ。

「ナノ!!強盗にでもあったのか!?」
グレイは小走りに私の方へ駆けてくる。それはそうだ。
厨房の中は竜巻でも起こったのかという惨状だった。
珈琲の袋や紅茶の缶、その他あらゆるものが棚から引き下ろされ、乱暴に床に散乱している。
「ナノ、どうしたんだ。珈琲や紅茶をあんなに大事にする君が!」
珈琲豆の袋を踏みそうになり、あわてて避けながらグレイは叫ぶ。
私はまったく構わず、棚をよじ登る。もうグレイの背丈より高い場所にいる。
「ええと、こ、ここにもない……あれ?あれ?」
「ナノ! 危ないから下りなさい。高いところなら俺が見てやるから!」
下からグレイが怒鳴り、私を下ろそうと手を伸ばすけど、高さが足りず届かない。
私は完全に慌てふためいた。
「ぎ、玉露、玉露が……」
オロオロしながら、さらに上の段に足をかけようとし、
「う、うわぁぁっ!」
踏み外して、真っ逆さまに落ちた。
「ナノっ!!」
「……っ!」
ドンっと、グレイの腕の中にしっかりと抱きとめられる。
けれど気にしていられず、私はさらに探そうと暴れる。
「ナノ!落ち着け!いったい何があった!?」
「ぎ、玉露が、玉露の袋がないんです!!」
私は離してくれないグレイに必死に訴える。
「玉露の……ああ、君がいつも身につけていたあれか」
グレイはやっと合点がいったらしい。
でも私はなおもじたばたとグレイの腕の中で動く。
けれど、足が地面につかず、かなわない。グレイは、
「あんなに大事にしていたものを、自分の手に届かない場所に置くわけがないだろう。落ち着きなさい。俺も一緒に探すから」
そうは言っても、不安で不安でじっとしていられない。
私の頭に、グレイとどうしただの、何かされただの、最近気まずかっただの、そんな思いがかすめる。
それがどうでもよくなるくらい私は焦っていた。
「ど、どうしよう、どうしよう。あれが……あれがないと……」
「ナノ、落ち着きなさい」
大きな腕がやっと私を床に下ろしてくれた。それでもまだ心配で。
床を這い、自分で床に落とした珈琲や紅茶の缶をひっくり返し、探し回る。
「落ち着きなさい。今すぐ必要な物というわけではないんだろう?」
一緒にかがみ、私に目線を合わせてグレイは言う。
「でも大事な物なんです。あ、あ、あれが無くなったら、あれが無くなったら……」
分かっている。無くなったから、どうということはない。
元々飲めないものだし、中に入っている異物も、今となっては不要なものだ。
けれど、それが無くなったことは思ったより激しい動揺を私に与えた。
「ナノ。まず片づけも兼ねて床の上を整理しよう。
それから引き出しや棚を開け一つ一つ確認していくんだ。
順序よく端から探していけば必ず見つかる。さあ、一緒にやろう」
かなり取り乱している私の頭をなで、グレイは根気よく諭す。
私は指示をくれるグレイにコクコクとうなずき『玉露が、玉露が……』と呟きながら、震える手で床を探し始める。
「ほら、大丈夫だ、ナノ。俺がついているからな」
そんな私に苦笑しながら、グレイは珈琲の袋を拾い出す。
久しぶりに見る上機嫌な顔だった。

「見つからないな……」
最後の珈琲豆の袋を棚に戻し、グレイは腕組みする。
手際のいいグレイのおかげで厨房は元通りになったけれど、玉露は見つからない。
「ど、どうしよう、どうしよう……」
私はというとグレイにお礼を言いもせず、代わりとばかりに紅茶の缶を抱えて挙動不審に右往左往していた。
無くしてこんなに動揺するならもっと注意しておくんだったとか、今さら後悔しても仕方ない。
「ナノ、落ち着きなさい。大きく深呼吸して」
背中に手を当てられ、言われたとおりにすると、少し落ち着いた。
グレイがテーブルの椅子を引き、私を座らせてくれる。
私は紅茶の缶をぎゅっと腕に抱きしめ、親にすがる幼児のようにグレイを見上げた。
「玉露が……グレイ。どうしたら……」
「ナノ、順を追って思いだそう。……時間帯前に、俺が遠目に見かけたとき、君はいつものように腰に玉露をくくりつけていた。その後どこに行った?」
「え、ええと、ええと。紅茶を買いに外に出たんです」
「何?」

……言うまでもなく、私は頭があまり良くない。
おまけにそのとき激しく動揺していた。おかげで、いくらお馬鹿な私でも、普段なら決して話さないことを普通にグレイに話していた。
「それからブラッドに会って紅茶を買ってもらったんです……」
「帽子屋に……買ってもらって……」
「こ、この、今持っている紅茶ですが。すごく高くて。ええと、あのとき玉露はあったっけ……」
「ナノ……」
それまで優しかったグレイの声が、トーン一つ低くなる。
私への暖かいまなざしも、急速に温度を下げて。
けれど私は玉露に気を取られるあまり全く気づかず、紅茶の缶をぎゅっと抱きしめていた。


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