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■玉露がない!

お説教モードのナイトメアは偉そうにふんぞり返る。
「事実私は偉ぁい!とにかくナノ。以後は行動に気をつけるように」
「はーい」
私は背筋を伸ばし返答する。
ただ、ナイトメアは私に忠告はしたけれど、それ以上は止めないようだ。
注意された矢先に勝手に出かけ、ブラッドから紅茶をもらったというのに。
――グレイなら長々と私にお説教するんですけどね。
マフィアと関係を持つ危険性やら何やらを延々と。
私の考えを読んだナイトメアは、書類仕事に戻りながら、
「まあ、本音を言うと注意したいが、君の意思でやっていることだからな」
と言った。
ナイトメアはたまにこういうことを言う。
私の選択に任せると。何というか、マフィアが良ければそれでかまわないと言っているような。
それは何があっても自業自得と突き放しているようでもあるし、なるようになれと淡々と見守っている風でもある。
「ん?私は君をこの世界に呼んだ一人だからな。君の選択を尊重したいんだ」
「?」
私は首をかしげつつ、代わりに紅茶缶にすりすりと頬ずりする。
「……ナノ。可愛い君がやろうと、さすがに気色悪いから止めなさい」
何か言われました。
「やれやれ。ブラッド=デュプレにもらった紅茶がそこまで嬉しかったか?」
ナイトメアは少し紅茶に好奇心が湧いたようだ。私は胸を張り、
「だってスペシャル・ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコー・1ですよ」
即答する。ナイトメアは、
「……というか、何だその長ったらしい名前は」
「市場ではSFTGFOP-1と略されております」
「略したって長い事には変わらんだろうが!」
頭の中に答えを浮かべると逆にややこしいので、簡単に解説することにした。
「いくつかランクのあるフラワリー・オレンジ・ペコーの中でも最高格付けの品なんです」
「そうなのか?」
「ええ。簡単に言いますと、オレンジ・ペコーの中でも若芽であるゴールデンチップの含有量が質、量ともに多いから、最高のランクを冠されているんですよ。
このゴールデンチップというのは、この若芽の先端の白っぽい産毛に由来して、これが発酵時に紅茶液の浸透で黄金色に輝くことからその名がついています。
ですが、もともと芯芽だけあって採取量は少なく、1ともなるとその中で茶園の評価が高いものがほとんどです」
「あ、あの、ナノ。そろそろ私は仕事があってだな……」
「ですが、SFTGFOP-1をそのまま淹れれば最高品質の紅茶になるわけではありません。
なぜなら若芽なので、香りや味わいは薄く、それだけで淹れれば単に薄い紅茶が出来るだけです。
ならどう使うかと言えば、主にブレンドですね。その瑞々しい新鮮な芽を、どうブレンドして最大限に味を引き出すか!
この最高級茶葉を生かすも殺すも、我々淹れ手のブレンド次第なわけです!」
だんだん興奮してきた私は、思わずテーブルにドンと靴をのせ、拳を握りつつ力の限りに叫ぶ。

「そう!ブレンドこそが紅茶の命を左右するんです!」

「……戻ってこい。ナノ」
えらい嘆かれた。テーブルの上に足を乗せたのがいけなかったのですか。
「それでは、私はさっそくこの紅茶を研究してきますね」
うきうきとナイトメアに頭を下げる。
とはいえ、時間はかかるだろう。
この難しい茶葉を上手く淹れることに比べれば、会合で淹れた紅茶など簡単なものだ。
勘ぐるに、ブラッドは単にお礼や好意で私にくれたのではなく……

――もっと上を目指せという意味ですか?

自分は座って飲むだけなのに、いい気なものだ。
それでは、と立ち去ろうとすると、何だかげんなりした様子だったナイトメアが、ふと不思議そうな声を出す。
「そういえば、あの玉露の袋はどうしたんだ」
「へ?」
「君がいつも持っている銀色の袋だよ」
ナイトメアに言われて私は腰を見る。
この世界に来たときからいつも持っていた玉露の袋。
とある異物の混入で飲めなくなってしまったが、元の世界から持ってきた大切な品だ。
最初は高価な和紙に包装されていたけれど、いつしかそれが剥がれ、ラベルも何もない銀色の袋になった。
また、当初はぬいぐるみのように腕に抱え、舞踏会のときまで持ち歩いていたものだ。
それもいつの間にか、ひもをつけて腰に下げるようになった。
でも最近は珈琲や紅茶を淹れるのに邪魔だと感じることも多く、部屋に置きっぱなしにすることも少なくなかった。
とはいえ時折腕に抱え、眺めたりなでたりして安心していたものだ。
「私の厨房にでも置いてあると思います。それじゃ」
ナイトメアにあいさつし、私は紅茶の缶をあのときの玉露のように抱えて歩く。
そして私の厨房に行き、玉露を探した。けれど、テーブルにもコンロにも流しにも、あのおなじみの袋は見当たらない。
「ないですね。じゃあ部屋ですか」
首をかしげ、自室に戻る。

けれど、玉露の袋はどこを探してもなかった。


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