続き→ トップへ 小説目次へ ■ドアの前の昼食・下 ドアの前に、私たちはシートを広げて座っていた。 「うん。美味しい、美味しいよ。ナノ。君って料理が上手かったんだな」 「分かって言ってるでしょう……エース」 低い声で返すと、おにぎりを頬張るエースはあはは、と笑う。 絶え間なく私たちを呼ぶドアの前。 私はエースと一緒に、厨房の人に作ってもらった昼食を広げていた。 私が来たとき、エースはじっとドアを見ていた。あの背中には既視感があった。 ――記憶喪失だったときですね。あのときもエースはドアの前にいて。 そして思い出す。 確かあのとき……。 「てめえーっ!!人が記憶喪失なのを良い事に好き勝手やりやがってっ!!」 「い、痛い!な、何するんだよ。ナノ」 ヤられかけたことを思い出し胸ぐらつかんで揺さぶると、 「あはは。君って罵ってても可愛いなあ」 「痛い!痛い痛い痛いです!!冗談です!本当にすいませんでした!」 腕を強くつかまれ、三倍返しされた。 後で覚えてろよ……この犯罪騎士が。 と、仕返しは後に回すことにして、私は改めて思い出す。 ユリウスだ。 クローバーの国になってからエースがおかしい理由はユリウスだという気がする。 「ユリウスに、会いたいですね」 本人は認めない気がしたので、こちらから言ってみた。 「ああ、そうだね」 エースはそう言って、またドアを眺める。 そしてシートに座る私を抱き寄せた。 何となく、今はひどいことをされる気がしなかった。 なので、私も黙って抱き寄せられる。 でもそうすると、調子に乗るのがエースだ。 「なあナノ、俺を慰めてくれる?」 「まさか」 胸にのびてきた手をぺちんと叩き、水筒を取る。 なみなみとカップに注いだのは、煎茶だ。 「どうぞ。晩成品種で甘みがあるんですよ」 エースは『俺は君の方が良かったな』とまだ言いながらも受け取る。 そして一口飲み、 「ええ、どこが甘いの?全然苦いじゃないか」 「素人ですね。このほのかな香りと味わいが分からないなんて……」 憐れむ目つきでエースを見る。すると、エースはクッと笑った。 「はは。何だか、ユリウスがいたときみたいだな」 「え?」 「ほら、覚えてないか?時計塔の最上階で、三人でよくお昼を持っていって」 「…………」 覚えている。時計塔にいたころ。三人でときどき珈琲や軽食を持っていって最上階で過ごした。 強風で珈琲は冷めるわ、食べ物は吹っ飛ぶわ、緑茶は不評だわと、毎度ろくな記憶がない。 でも今思うと、それさえも良い思い出だ。 私は扉を見る。 一番の場所。 一番に会いたい人。 それが目の前に出てくる扉。 クローバーの国になった直後ならきっとユリウスのところに帰れた。 記憶喪失のときならボリスとピアスのいるところ。 今は……分からない。 開けるのが怖い。 ――タイミングが悪いですよね。私は。 扉を開けるには時期がずれ、好きになりたい人を好きになれず。 逆に好きになりたくない人を好きになってしまう。 ――……? 自分で考えたことに疑問符がわく。 好きな人なんていたんだろうか、自分は。 内心戸惑っていると『さて』と私の横でエースが立ち上がる。 「もうすぐ会合だし、俺はそろそろ行くよ。楽しかった。ごちそうさま、ナノ」 エースはお茶をあおって最後の一滴まで飲み干すと、カップを返してくれた。 「あなたの気が少しでも紛れたのなら」 「うん?俺を慰めてくれるなら、やっぱり君が身体で」 やはりこちらにのびてくる手をぺしっと叩き、私も片付けを始める。 エースがなぜドアの前にいて、それを開けないのか。 分かるようで分からない。本当に身体で慰めるほど親しくもない。 でも一杯のお茶でエースの気が紛れたのなら。 わずかでも、ユリウスがいない憂鬱を忘れさせたのなら。 それなら良かったと思う。 苦いお茶にも意味はある。 私がここに来た意味も。 ――あ、そうだ。 ふと、ある考えが浮かぶ。 でもその前に。 「エース。お礼です」 「ん?お礼なら――うわぁっ!!」 私はドンッと階段を下りかけたエースの背を押す。 見る間に階段を転げ落ちる騎士。 遠ざかる悲鳴を聞きながら私は考えた。 エースに感謝だ。おかげで良い事を思いついた。 ――私にも、皆に出来ることがあるかもしれませんね。 そしてバスケットに荷をまとめ、迷路の出口に向かって歩き出す。 階段の下からはエースの抗議の声が聞こえたけど気にしない。 これくらいで許してもらえてありがたいと思え、この卑猥騎士。 5/5 続き→ トップへ 小説目次へ |