続き→ トップへ 小説目次へ ■ドアの前の昼食・上 厨房の入り口で、料理長さんがバスケットを差し出す。 「はい、ナノさん。どうぞ」 「ど、どうもです……」 敗北感に打ちのめされる私に、厨房の料理長さんは笑ってくれた。 バスケットの中にはおにぎりやタコさんウインナー、唐揚げと言ったお弁当が入っている。 ナイトメアに料理の腕を笑われた後。 私だってそこまでひどくはない、と厨房の一角と食材をお借りして、お昼ご飯作りに挑戦したのだが……。 「最初見たときは、劇物か毒薬を作ろうと思いましたからねえ」 料理長さんに笑われ、反論出来ない。実際に危険な匂いのする紫の煙を出してしまったので。 見かねて、他の料理人さんが手早くお昼ごはんセットを作ってくれた。 もちろんお礼に、私も会合のための紅茶や珈琲作りを手伝った。 もう厨房の人とはすっかり仲良しだ。 でも、それだからこそ気づくこともある。 「あの、この間いた人はお休みなんですか?」 顔なじみの料理人さんが何人か見えない。いつもはいるのに。 すると料理長は事もなげに、 「ああ、撃たれたんですよ」 「え……!?」 私はバスケットを落とすところだった。 「会合に紅茶を運びに行きましてね。 そうしたら淹れた紅茶が不味いと、帽子屋のボスに。 最近気が短くなっているから、気をつけろと注意しておいたんですけどね」 まるで皿を割った、程度に軽く話す。 人の存在が軽いことも衝撃だけど、それよりは帽子屋のボスだ。 気が短くなっている。それは私が彼を拒んだことも遠因なのだろうか。 言葉を失う私に、 「まあ、代わりなんかすぐ来ますよ。それじゃあ、楽しいお昼を」 そう言って、料理長さんは厨房に戻っていった。 私はバスケットを持ち、馬鹿みたいに立ち尽くしていた。 「どこでお昼を食べますかね……」 帽子屋のボスのことは考えないようにする。 とりあえずバスケットを持ち、私はふらふらと塔の中をさ迷う。 もちろん、会合の客のいるような場所には近づかない。 ナイトメアと食べようと思ったのに、珍しく仕事で外に出かけていた。 グレイは相変わらず外回りで姿が見えない。 一緒に食べる人も思い当たらず、私は適当に歩いていた。 「……ん?」 あれ、と私は周囲を見回す。 いつの間に迷い込んだのだろう。いつの間にか周囲は塔の廊下ではなくなっていた。 『おいで……』 『ドアを開けて……』 「クローバーの塔にこんな場所があったなんて……」 ドアの森ならぬ、ドアの階段が広がっていた。 けれど、記憶喪失のときほど怖い気はしない。 私は好奇心もあって、バスケットを持ったまま、階段の迷路に入っていく。 『さあ、入って……』 『望んだ場所に……』 「望んだ場所ですか……」 私は何となく立ち止まる。 すかさずドアたちが、私を誘うように声を上げる。 『さあ……開けて……』 「そうですねえ。ん……?」 そして顔を上げる。 視界の隅に、見覚えのある背中がうつった。 「あれは……」 私は気がつくと、走り出していた。 4/5 続き→ トップへ 小説目次へ |