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■恋より玉露

「…………」
ひどい頭痛を感じて目を開けると、私の部屋の、ベッドの中だった。
窓からは昼の光が差し込んでいる。
私はぼーっとしながら起き上がり、
――んー、目覚めの一杯は何にしますかね。ここのところココア続きだったから、たまには番茶……
「っ!!」
そして正気に戻る。
あの歪んだ夜。互いに互いを求めながら、ついにつながらなかったあの異常な交わり。
「グレイ……」
どうやら、気を失ったんだか寝たんだかの私を部屋に運んでくれたらしい。
破られた服は、そっくり同じデザインの新しいものに着せ替えられ、身体も軽くきれいにされていた。
「本当に良かったのに……」
私はベッドの上で膝を抱え、布団に顔をうずめる。
触れてほしくない人は人の意思を無視して私に触れ、かまわないと思う人は自分を抑え、私から手を離す。
涙がこぼれる。何が悪いのか分からない。
静かな部屋には、ただ私の嗚咽だけが響いていた。


「グレイ!新作のココアを淹れましたよー!……あれ?」
「……大概、肝がすわってるよなあ、君も」
満面の笑顔で執務室に飛び込んだ私に、ナイトメアが言った。
起きてすぐ次の時間帯のことだ。
私はベッドから出て、シャワーを浴びてすぐ、作り置きのココアパウダーを使ってココアを淹れた。
けれどナイトメアの執務室に常にいるはずのグレイはいなかった。
「奴ならひどく落ち込んで、休む間もないほど仕事を入れてほしいと申し出てきた。
今は外回りの最中。その後もしばらく戻らないだろうな」
お目付役が上手い事消えたというのに、ナイトメアは黙々と仕事をしている。
大体の事情は知っているらしい。彼は立ち尽くす私に、
「言っておくが、私は君をこの世界に呼んだ立て役者の一人だ。
君を追い出すどころか、出て行くと言われたら、泣いて引き留めるさ」
「…………」
私はナイトメア用のココアを彼の机に置くと、残った二人分のココアをテーブルに置き、ソファに腰かけた。
そしてココアをすする。もう売り物と区別がつかない味。
「それ以上だな。金を出しても飲みたい奴もいるだろう。いつでも飲める私は幸運だ」
夢魔はそう言って微笑む。
「どうして……いろいろ上手く行かないのでしょうね」
私は言う。
マフィアから助けられた薄幸のヒロイン。
物語なら、助けたヒーローと結ばれ、幸せになるものではないのか。
なのに私はユリウスにもグレイにも、強い好意を抱きながら恋に至らない。
それなら、これまたロマンス物のお話のように無理にでも奪ってくれたら。
けれどユリウスは私に興味を示さず、グレイと来たら土壇場で正気に返ってしまった。
「いや。時計屋の方はな……まあ、いいか」
夢魔は何か言いかけて言葉を切る。
私は一杯目を飲み干し、二杯目に手を伸ばす。
「恋って難しいですね」
「ああ、難しいとも」
ナイトメアはうなずき、どこか寂しそうに私を見る。私は
「やはり恋なんて難しいものは私にはレベルが高いです。恋より玉露がいいですね」
「玉露が?」
「恋より玉露が好きです」
きっぱりと答える。そして立ち上がり、
「ナイトメア。グレイがいないなら、代わりに私がお世話しますよ。
何かお昼ご飯を作りましょうか?」
するとナイトメアがサッと青ざめる。
容態が急変したのかと密かに慌てると、
「い、いや、いい、いい!!君の料理はいい!!」
「でも昼食はまだなんでしょう?今から塔の厨房に行くより、私の専用厨房の方が近いですし……」
「いい!き、君の料理の腕はグレイ以上だろう!!」
「それはそうですよ。グレイに比べたら大抵の人は料理が上……」
「デストロイな意味でグレイより上という意味だ!!」
言葉を重複させつつ、ナイトメアがわめく。
女性に向かって失礼な。いくら何でもグレイより下手なんて。
「なら、この間、作ったあの卵焼きは何なんだ?」
「卵焼き……?」
勢い良く言われて思い出す。
ナイトメアが何か食べたいとごねるので、少し前に卵焼きを作った。
いやあ、よく焼けていた。
「焼けすぎだ!あれはどう見ても石炭だったぞ!!」
「そ、そうですか……?」
た、確かに。有機化合物が組成変化したときは感動したものだ。
もったいないので、とりあえずナイトメアに出してみたけど。
あのときナイトメアはガクガクしながら一口だけ食べ、いつもと違う口調で、
『お、お妙さん。俺が思うに、これ絶対に卵焼きじゃありませんから!』
一人称を変更した挙げ句、謎の台詞を吐いて、ばったりと倒れた。
「あんのときは三十時間帯ほど生死の境をさ迷った……」
「あはは」
真っ青通り越して真っ白なナイトメアに笑う。
「というか君、時計塔ではもう少しまともなものを作っていたんだろう?
嗜好飲料のレベルが上がるのと反比例して、他の能力が下がっていないか?」
「え……そ、そうですかね」
私自身が成長しているのではなく、他の生活能力を切り崩して飲み物へのレベルを上げている。
うわあ、人として終わってる気が。
「まあ、塔としてそんなダメダメな君を手放す気はないからな」
ダメダメな夢魔はそう言ってもう一度ココアを飲み、笑った。


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