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■塔の夜・上

※R12

窓から月明かりが差し込み、暗い厨房の私たちをかすかに浮かび上がらせている。
「ん……」
私はグレイに抱きしめられながらもがく。
必死に身をよじってグレイを離そうとする。
けれど、そうするほどにより強く抱きしめられ、深く口づけられる。
そして酸欠するかと思うほど口内を探られ、唾液を引いてグレイが顔を離した。
「ぐ、グレイ……どうして」
彼のしたことが信じられず、私は目を見開く。
これまで私を深く案じ、マフィアのボスにされたことに激しい怒りを見せて同情してくれていたのに。
「俺だって……こんなことは……」
グレイは苦しそうに言う。
「けれど君は……俺が何もしなければ、したたかな他の連中に持って行かれてしまう」
「っ!」
足払いをかけられ、もちろん身体を支えるヒマもなく、私は床に背を……打つ前にグレイが私の身体を支えた。
そして、そっと床に横たえる。
けれど礼を言う気にもなれない。
急いで身を起こそうとしたけれど、その前にグレイが両手で私の両腕を押さえる。
ナイフの重量もあり、とても振り払えない。
声も出ず、見上げていると、
「俺が君を守り君の心を安んじられることが嬉しかった。
守っていれば、いつか君は俺を見てくれるだろうと、汚い計算までしていた。
けれど君の心には……もう、ダメなんだ。俺は」
私は頭が悪い。グレイの言う意味が全く分からない。
でもグレイの目には真剣な苦悩があった。
自制心を持つ大人の顔を取った、素の表情だった。
「俺が突っ立っているのを嘲笑うように、他の連中は隙を見つけて君に近づく。
帽子屋、騎士、双子、チェシャ猫、眠りネズミ。時計屋まで……」
「それは……」
完璧な誤解だ。ボリスたちは純粋な親切で助けてくれたし、ユリウスだって私を口説いたことはない。
エースに至っては、ほとんど八つ当たりで手を出されかけたようなものだ。
「グレイ……」
「最初から、昔の俺のように行動していれば良かった。
物わかりの良い大人を演じようとせず、君を手に入れていれば……」
何か言う前に、もう一度唇を塞がれた。
普段のグレイから想像もつかない、荒々しく強引な口づけだった。
床に押しつけられる背中が痛い。そしてグレイの膝が私の足の間に入り込み、手が上着の隙間から……
「や、やめて、やめてください、グレイ!」
成り行きに呆然としていた私は正気に戻って叫ぶ。
グレイがおかしくなった理由はさっぱり分からないけれど、されようとしていることには覚えがある。
けれどグレイは私の抵抗をせせら笑うように手を進める。
「君が泣いても、止めるつもりはない。ナイトメア様はルールによる仕事で別の場所におられる。
君が助けを求めようと来られる事はない」
「……っ」
ここは塔の最奥と言っても過言ではなく、マフィアのボスでさえ立ち入れない場所だ。
それだけに、出口を塞げば完璧な密室になる。
私は身体が震えるのを感じた。
グレイはそんな私に気づいているだろうに、両手を私の上着にかけ、下まで一気に引き裂いた。

暗闇の中、私は必死に自分の口を押さえていた。
――何も、何も言わないです。泣き言とか、そういうことは何も。
グレイは私の胸から顔を上げ、そんな私を静かに見た。
「声を抑えなくていい。いくらでも俺を罵って、叫んでいいんだぞ」
けれど私は必死に首を振る。
グレイは何か言いたそうな顔をし、けれど欲望に抗しきれなかったのか、私の胸を愛撫する作業に戻った。
「ん……」
舌が敏感な箇所を這い、手が別な箇所をまさぐる。
グレイの手は優しい。
快楽を優先して私の痛みを無視したり、所有を示そうと痕をつけたりすることはない。
――だから、我慢していればいいです。ずっと我慢を。
私は一切グレイに抵抗しないで、ただ耐えた。

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