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■グレイとお買い物・上

会合後のナイトメアの部屋には、ココアの香りが漂っていた。
「美味い、本当に美味いよ。ありがとうナノ」
ソファに座るグレイは、そう言って、何杯でも飲んでくれる。
私はニコニコと彼を見守る。でもグレイは複雑そうに、
「まあ、完成に帽子屋が一役買っていたというのが気にくわないがな」
「あ……あはは。あまりにも切羽つまっていて」
私は冷や汗をかくしかない。
「とはいえ、酸っぱいなら、アルカリをぶちこめ、なんて豪快な発想、あいつ以外に出てこないだろうからなあ」
一緒にココアを飲んでいたナイトメアが遠回しに私を擁護する。
そしてグレイにじろりと睨まれ、肩をすくめた。そして私を見て、
「それにしてもナノ。ちょっとエプロンが汚れすぎじゃないか?」
「へ?」
私はエプロンを見る。真っ白なエプロンには、ココアパウダーやココアの染みが至るところに飛び散り、無残なことになっている。
放っておいたら汚れが戻る世界とは言え、それまでエプロンを使わないわけにはいかない。
「そうですね。エプロンを買い直しますかね」
ずっと忘れていたけど、前にいただいたお給料もまだ手つかずなのだ。
ちょっと高いエプロンを買えば、ちょうど使い切れるだろう。
「あ、でも外は……」
と私は言葉を切る。
あまり想像したくはないけれど、また爆発に巻き込まれたら……。
ブラッドもどうなのだろう。この間会ったときは、思っていたより普通にやりとりが出来たけれど、まだ私に飽きた感じではなかった。
「な、なら、俺が君の護衛をしよう!」
音を立てるかという勢いでソファからグレイが立ち上がった。
「え?で、でもグレイはお仕事が……」
「ココアの礼をさせて欲しい!それに、マフィアがまだ君を狙っているんだから」
ココアによほど感動したのか、グレイは熱い。
困って、彼の上司を見ると、夢魔は半眼で、
「グレイ。その邪念を全て現実にしようとか考えるんじゃないぞ」
と謎の釘を刺していた。
かくして急きょ、私はグレイと出かけることになった。

そしてよく晴れたお買い物の時間帯。
「すごいですね……」
会合中は商店街も華やかだ。
私はショーウインドを見てため息をつく。
中にはスタイル抜群のマネキンが、流行のファッションで優雅にポーズを取っている。
それに比べてガラスに映る私と来たら……。
「ナノ、何か欲しいものがあるのか?」
グレイがなぜか嬉しそうに私に聞いた。
「いいえ、別に」
――釣り合わないですね。
グレイはホコリ一つないスーツを完璧に着こなしている……付属品の刃物は視界に入れないことにして。
私は釣り合わない。ナイトメアから十分すぎる待遇を受けている私は、服などの品を新しく買う事を断っている。
その服が、ここ最近のココア製作で限界まで汚れきってるわけで……。
あ。通りすぎたお姉様が私を見てちょっと笑った。
「ココアのお礼もさせてほしい。何か買いたい服があったら……」
「ココアのお礼に護衛をしていただいてるんです。恋人でもない人に貢がせる趣味はありませんよ」
冗談めかして言ったつもりで、グレイも笑うと思った。
「そうか……」
なのに、グレイがしょげた。『しょげた』という表現は不似合いの人なのに、本当に他に言いようがないほど肩を落とし、がっくりしている。
私は慌てた。
――え、そ、そんなに落ち込む事、私、言いました?
もしくはよほど失礼なことを言って、なんて礼儀知らずな子だと嘆かれたとか。
そ、それならありそうな気がする。どうもグレイは私に保護者ぶるところがあるから。
「ぐ、グレイ。ほら、衣料品店の店が見えました!行きましょう!」
失敗をごまかすために私はグレイの手を引く。
向かう先は家族連れ向けの、生活感あふれる量販店だ。
「ナノ、そんなに引っぱらないでくれ」
急ぎすぎたのか、グレイが前のめりに歩きながら言った。
「あ、すみませんです」
慌てて手を離す。
するとグレイはスッと横に並び、慣れた様子で私の手を取る。
「これでいい。さあ行こう」
「はいです」
私たち二人は手をつないで店に入る。
――……て、別に手をつなぐ必要はないのでは?
でもグレイは妙に強く手を握っていて、振り払うのも失礼だ。
――うーん、これだけ外見レベルに差がある二人が手をつないでいると……。
恋人は論外。親子ほど歳も離れていない。補導される不良少女……ほどひどくはないと思う。
――兄妹ですかね。やはり。
そう思ったとき、私の中の何かが切なく痛んだ。

――ユリウス……。

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