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■ココアを作るぞ!

私は余所者。平凡無価値の大和撫子。
容姿は平凡、度胸は皆無、頭の悪さは際限なし。
それこそ数字の理解能力はエリオットを下回り、要領の悪さはピアスの上を行く。
そんな私は、なぜか舌だけは人より少し敏感だったらしい。
そのおかげで、どうにかこの世界でやっていく余地が切り開けた。
けれど、それは一生関わっていたくない人の関心まで引いてしまった。

塔の窓の外は、きれいな夜空だ。
「今度こそ出来ました」
専用厨房にいる私は、煎ったカカオ豆をようやく火から下ろす。
カカオ豆の焙煎温度は約120度なので、慎重な作業が必要になる。
この時点で数回失敗し、貴重なカカオ豆を無駄にしてしまった。
でも失敗の甲斐あって、どうにか完了した。
私は弱火からフライパンを下ろし、汗をかいた。
まだチョコレートの香りなんて全くしない。そら豆大の黒っぽいビーンズ。
けれど、これが世界中の人を魅惑するチョコレート、そしてココアの原料なのだ。
ナイトメアが用意してくれた厨房にこもり、私はココア製作に入っていた。
グレイにココアを淹れると決意してから本当に長かった。

こっそり街に出、マフィアの爆発に巻き込まれた私はショックで記憶喪失になった。
それでまあ……偉い目にあった。
ボリスとピアスのような友達と知り合えたのは幸運だったけど。
でもエースとは……エースとは……とりあえず死ぬほどボコりたい。
ただ、会合の際は、常に私に有利な方向に票を入れてくれたらしい。
(城の人間として、マフィア側につく理由がないというのもあるんだろうけど)
なので、わずかに、ほんのわずかに失地回復はしてやる。

そしてマフィアとは……もう思い出したくも無い。
幸い、ピアスたちをどうにかするというのは脅しだったようで、二人は無事に森に帰ったそうだ。
私はほとんど奇跡のように彼らの手をかいくぐり、逃げ延びることが出来た。
今、私は安全な場所で守られている。
あんな最低な連中、生涯関わりたくもない。
「ナノ、大丈夫か?」
「っ!」
声をかけられ、驚いた。
専用厨房にグレイ=リングマークが来ていた。

「険しい顔をしていた。やはり、まだ……」
「ぐ、グレイこそどうしたんですか?もう私の議題は終わったんでしょう?」
そう。私の滞在地を決める議題はようやく終わった。
元々暇つぶしのような会合だったから、私の話は格好のネタだった。最初のうちは。
けど、次第に私への被害が見られるようになり、他勢力による人質事件にまで発展した。
私が塔に滞在すると意思表示をしたことも区切りになり、この議題は取りやめることになったらしい。
今は領土がどうこうという、無難な議題を淡々と進行させているらしい。

「今は簡単な議題だから書類仕事が終わるのも早いんだ」
「そうですか。でもすみません、まだココアは完成していないんです」
完成どころか試作一号さえ出来ていない。
肩を落とす私に、グレイは慌てて、
「違うんだ。その、ナイトメア様から聞いたんだ。
君が、俺がココアを大好きだと勘違……いや知ったと。
それで、その……」
グレイにしては珍しく沈黙し、思い切ったように、

「お、俺も一緒にココアを作らせてくれないか」

「え!?」
私は驚いた。珈琲にしろ緑茶にしろ、今までほとんど一人で作っていた。
お料理ではないのに誰かと作るなんて。本当に意外な申し出だった。
「ナイトメア様が用意されたこの専用厨房が、君の聖域とは知っている。
だが、君が俺のために頑張ってくれていると知って、いても立ってもいられなかったんだ」
「でも、お仕事があるんじゃ……」
「ああ。もちろん全力で終わらせてきたよ。
力仕事などは男の俺の方が役に立つ事もあると思う。
ぜひ手伝わせてくれ」
そう頼もしく言われ、遠慮出来る者がいるだろうか。
グレイはこの世界で最も信用出来る人と言っても過言ではない。
名前を出すのも嫌な最低野郎の、対極に位置する人だ。
彼と一緒なら、きっと楽しくココアが作れるだろう。
「はい、それならお願いします!」
私が微笑むと、グレイさんも最高の笑顔になった。
「あ、ああ。頑張るよ」
あまりにも輝いているグレイに、『本当にココアがお好きなんだなあ』と私はちょっと驚いた。


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