続き→ トップへ 小説目次へ ■会合・下 ナイトメアが私を見ている。 グレイという人も沈黙している。 会合中の人たちも、会場の中央に立つ私を見ている。 私は痛いほどの視線を自覚しつつ、それでも足の震えを止められない。 「ええと、ナノ、その机の前に立ちなさい。あ、ああ別に座ってもいいぞ」 そう言われて座れるはずがない。 指された場所は、ナイトメアのそばの、参加者に向かいあう席の一つだった。 緊張するナイトメアの気持ちが痛いほどに分かった。 大勢の人の前に立たされ、私は真っ青だった。 「それでは、早く終わらせよう。ナノ。質問は簡単で答えたらすぐに終わる」 グレイという人が言った。そう言われて、私は少し勇気が湧いてきた。 「君が希望する滞在場所はどこだ?答えて欲しい」 緊張で、息が止まりそうになる。 簡単だ。ナイトメアの言うとおり、塔に滞在すると言えばいい。 ナイトメアを見ると、『そうだ、そう言え』とばかりに何度もうなずく。 ――で、でも……。 ブラッドの言った事は本当なんだろうか。 それでまた捕まったら、今度は何をされるか。もっとひどい目に遭うかもしれない。 ピアスやボリスが傷つけられることになったら。 「そんなことは気にするな。奴らも伊達にこの世界を生き延びていない。 動物というのは君が思うよりしたたかで強く……」 「主催者と言えど、私語は慎んでいただこうか」 ブラッドが冷酷に遮る。 「さあ、君の希望する滞在場所を教えてくれ、お嬢さん」 ブラッドが私を見る。 その瞬間、残っていた勇気が全て消し飛んだ。 そうだ。短い間に思い知らされている。いつだってこの人の思うままになってしまう。 逆らって、また捕まって、どうにかされるよりは。 親しい人が傷つくよりは。 この人のペットになって可愛がられる方がまだマシなのではないか。 そんな気がしてきた。 「ナノ、そんなことでは……!」 「ナイトメア様、どうかお静かに!」 諫めるグレイという人も苦しそうだった。何か言いたげに私を見る。 けれど今度は何の勇気も湧かなくて。 「わ、わ、私の希望する滞在場所は……」 主催者に負けない緊張した声で、ゆっくりと言葉が紡がれる。 全ての意思を無視して。 「滞在場所は……ぼ……」 銃声がした。 「え……!?」 一瞬、よく分からなかった。 ハッと気がつくと、私は見た事のない顔なしの人に、後ろから首に腕を回され、銃をつきつけられていた。 ついていけない私に対し、会合中の人は、とうに反応している。 ブラッドたちも含め銃を持ち出し臨戦態勢だ。 だけどなぜか撃てずにいる。 なぜかというと彼らの銃口の先。その顔なしが銃をつきつけているのは私であり……。 ――ええと、ひ、人質……? 戸惑う私に構わず、銃を突きつけた顔なしの人は大声で叫ぶ。 「我々は役持ちの支配に対し正義の断行をする執行者であり……」 以下省略。よくあるテロルというやつらしい。 それで、私にはよく分からないけれど、その後、顔なしの人は何か過大な要求をした。 そしてナイトメアはそれは不可能だと却下する。 役持ちの人たちは圧倒的多数でありながら誰も動けない。 「要求を拒否するならば!この小娘の顔がこの場で吹き飛ぶぞ!!」 顔にめりこみそうなほど銃をつきつける。 私は恐怖のあまり……言いたくないけれど、失禁寸前だった。 「人質を撃った瞬間に、己の全身が粉々になると分かっていてもか?」 ブラッドの言葉は、聞いた事がないほど冷たかった。 けれど顔なしは動ぜず、 「要求が通らねば死したも同じこと!」 と引き金に指をかける。 会合中に緊張が走る。 知っている全ての役持ちが、それぞれに武器を取り、けれど何も出来ずに状況を見ていた。 「さあ、要求を呑むか、この娘を見捨てるか!」 顔なしは狂気さえにじませる声でナイトメアに迫る。 私は怖くて怖くてもう息をすることさえ困難だった。 ナイトメアも汗をかきながら、何か言おうとした。 そのとき。 「ナノさーん」 空気を破る、やけに呑気な声が響いた。 会合の入り口からだ。だけど聞いた事のない声。 誰だろう。 というか、会合の人は皆立ち上がって戦闘態勢なので、誰が来たか見えない。 「あ、会合中、申し訳ありません。ナノさんに重要な連絡が……」 「今取り込み中だ、後にしろ!!」 エリオットが獰猛に叫ぶ。声の人もすぐ悟ったようで、 「あ、す、すみません。ではこちらも急ぎですし、ここからお伝えしますね」 「いや。そういうことじゃ」 けれどエリオットが止める前に、その人の声は私の耳に届いた。 「ご注文のカカオ豆が入荷されましたよ!厨房にありますから!」 「え……?」 その声は私の口から漏れた。 カカオ? 何だっけ。 うん、すごく大事な物。 カカオ。何だっけ。 「こ、答えろ、夢魔!我々の要求を呑むか、この小娘を見捨てるか!」 私に銃をつきつけた人は私を拘束しながら言う。 けれど私はその中で考えていた。 カカオ。アオギリ科高木。 種子はチョコレートの原料となる……チョコレート? チョコレート、ココア。 ココア。嗜好飲料。 嗜好飲料、紅茶。珈琲。 ココア。 ココア。ココア……ココア。 全てがつながった瞬間に、私は叫んでいた。 「どけえぇっー!!」 悪漢が宙に吹っ飛んだ。 4/5 続き→ トップへ 小説目次へ |