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■会合にて・中

人が倒れ、動かなくなった。
「っ!!」
私は身をすくめて反射的にブラッドに抱きついた。
「エリオット。お嬢さんが怯えている。事を荒立てるなと言っただろう」
あわてて身体を離そうとする私を抱き寄せながら、ブラッドが言った。

会合の会場でのことだ。
私たちは入るなり会合中の人に注目された。
ブラッドは静まりかえる会場を、私を伴って悠然と歩いていた。
そして、ある顔なしの参加者のかたわらを通るとき、その人が聞き取れないほど小さく何か言った。
けれどウサギ耳のエリオットには聞こえたようで、その人が呟いた瞬間に、その人を撃った。
「考える必要はねえだろう。『役持ちが取り合っている割に大したことは……』ってナノのこと侮辱しやがったんだぜ」
「ふむ。それなら仕方がないな」
「だろ!」
エリオットは訴えが認められ、満足そうに銃をしまう。
使用人さん達も異論はないようだし、双子に至っては『自分たちが切り刻みたかった』とエリオットに食ってかかっている。
私はワケが分からない。
顔なしの人が言った事は本当だ。実のところ、ブラッドが私に執着する理由が分からない。
絶世の美人でも、才気に優れたわけでもなく、むしろ逆方向を疾走しているのに。
けれど、エリオットが撃ったせいで、重い緊張に静まりかえっていた会場にざわめきが戻った。
私も周囲を見る余裕が出てくる。
赤い服の人が多い席では……エースが、堂々と私に手を振り、かたわらで何かウサギ耳の人が私の名前を連発している。
煙草を吸う女性も私に軽く手を振る。『幸運を祈る』と言いたげに。
そして、別の席から、
「ナノ!」
「ナノ!ナノ!会いたかったよー!」
「ボリス、ピアス!!」
私の顔がマフィアに囚われてから初めて輝いた。
二人のいる席に駆け寄ろうとして……ブラッドに後ろから腕をつかまれ引き戻された。
「痛……」
「君の席は我々のところだ。間違ってはいけないよ、お嬢さん」
エリオットも、こちらに走ってきたピアスに銃をつきつける。
「エリーちゃん……」
「おまえは当分出入り禁止だ!それくらいで済んだことをナノに感謝しろよ!」
「ちゅう……」
ピアスは悲しそうだったが、ボリスに何か言われ、こっちを何度も見ながら席に戻る。
そういえばピアスはマフィアの下っ端だったということを思い出す。
ボスに私のことを隠していた事で、何か制裁を加えられるのではと不安になってきた。
「あ、あの。ピアスにお咎めは……」
と恐る恐る聞くと、
「聞いていただろう。考えてはいない。君を匿った主犯は、独占欲の強いチェシャ猫
だと聞いているし、本人も会合でそのような発言をした。ピアスへの制裁はない」
ボリスは上手くごまかせたんだ、と私はホッとする。けれど、ブラッドはささやく。
「だが、君が私を失望させる発言をすれば、私の怒りの矛先がどこに行くかは分からない」
「……っ」
ブラッドは巨大な組織の長だ。まさか、そんな卑怯な脅しをかけるとは思わなかった。
「私はマフィアだよ、お嬢さん。愛と情熱だけで強情な君をなびかせられるとは思っていない」
考えを読んだような嘲笑が返ってきた。
私は顔色が真っ白になり、皆に注目される中、ブラッドの横に座らされた。
――だ、大丈夫。な、ナイトメアが、来てくれれば。
夢の中で何度も励ましてくれたミステリアスな夢魔が来てくれれば。
彼は私の最後の希望だった。
そして、その人は最後に会合に入ってきた。

「そ、そ、そ、それ、それで、それでは会合を、は、はじめ……ゴホっ!」
希望はあっさりと打ち砕かれた。

けれど、私を助けるために駆け回ってくれたグレイという人が誰なのかはすぐに分かった。
他の誰とも違う、まっすぐな雰囲気と私を案じる黄の瞳。
彼を見ると、不思議に心が落ち着いてくるのが分かった。そしてナイトメアが
「そ、それでは、ナノの処遇について話し合いを、は、はじめる」
私に劣らず、緊張にどもりながら何とか言い切った。
すかさず脇のグレイという人が立ち上がり、
「まずナノの滞在場所について、塔が最適であるという根拠を……」

「必要ない」

そう発言したのはブラッドだった。
決して大きな声ではないのに彼の声は会場を静まり返らせた。
「お嬢さんがこの場にいるんだ。本人の口から希望する滞在場所を述べさせれば良い。
それで今回の会合は終了だ」
「帽子屋……いつもは嫌がらせのように余計なことを言って会合を長引かせるくせに……」
ナイトメアが悔しそうに言った。ブラッドの言う事はいちおう正論らしい。
「前回は補佐官殿が、ナノの意見を聞くべきだと強引に主張されたではないか。
実際にナノがこの場に来たというのに、わざわざ別の滞在地が良いという根拠を延々と話す必要はあるのか?」
そういえばナイトメアの話によると、私を会合に連れてこさせるため、かなり強引な採択をしたらしい。
ブラッドの態度はそれに対する嫌がらせもあるのかもしれない。
けれどグレイという人も、すぐ気を取り直したようで。
「そうだな……本人が一言、希望する場所を述べれば終わりだ」
まるで私に言い聞かせるように、わざと大きな声で言う。
そしてナイトメアを見た。
ナイトメアもうなずき、私を見た。
ブラッドが意味ありげに私の首筋を撫でる。
私の心臓がドクンと鳴る。
会合の主催者は無慈悲に言った。

「ナノ、皆の前へ出なさい」


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