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■ドアの向こう。そしてマフィア

「まあ、ドアの近くでやろうとした俺の自業自得でもあるんだけどな」
エースはそう言ってコートを着た。
「もしくは、あのときみたいに別の奴の名を呼んでくれてたらな。
そうしたら、俺は余計興奮するだけで、今頃君と結ばれてたんだけどね」
身なりを整えたエースは立ち上がる。
まさかごめんなさいと言う場面でもなく、私は一糸まとわぬ身体でエースを見ていた。
よく分からないけど『ユリウス』の名を出した瞬間にエースが止まり……ええと、まあ続行不可能になったわけである。
「さて、行くか。君もそろそろ服着た方がいいぜ。ああ。身体を洗いたいなら、確か向こうに川があったはずだ」
「は……はあ」
言われてみると。ドアの声が邪魔になっていただけで、耳を澄ますと確かに川のせせらぎがする。
……エースが指したのと正反対の方向から。
「じゃ、今から間に合うか分からないけど、俺は会合に行ってくる。またな、ナノ」
それ以上、私に執着することなく、エースはあっさりと私に背を向け、去って行く。
最後にドアを一瞥して。

エースとユリウスという人の関係はよく分からない。
彼の名を出した瞬間にエースが止まった理由も。

でも彼が何を考えてドアを見ていたか。
彼が開けたドアの先に誰がいるのか。
私は分かった気がした。


ドアを開けてボリスとピアスに会う前に、私は身体を清めることにした。
「うわ、冷たいですね……」
エースに教えられた(?)川に素足を浸し、私は冷たさに悲鳴を上げる。
だからといって止めるわけにも行かず、私は念入りに身体を洗い始めた。
「……包帯も、つけっぱなしで洗うわけにはいかないですね」
他の傷が治ったのだから、残りの傷も、もうすぐ治るはずだ。
私は包帯やガーゼを全て取って、完全に全裸になる。
改めて見ると血がにじむ箇所もあって、かなり痛々しい。
こんな自分を本気で抱こうとしたエースも、かなりのつわものだ。
傷を洗おうと水をかけると、当たり前だけれど染みる。
「いたぁ……」
――ボリスたちに会ったら、もっときれいな水のあるところを教えてもらわないと。
猫やネズミは優しい。それに比べて、初めて会った人間のエースはとても怖かった。
ボリスはあんなこと言ったけど、私は絶対に森に帰る。
――森でずっと暮らして、人間の街なんて行かないです。
猫耳や尻尾はないけれど、お魚料理が上手くなったら、ボリスは私をお嫁さんにしてくれるかな?

それから川の水にも慣れ、私は少し泳いで遊んだ。
「さて、そろそろドアのところに行きますか」
遊び疲れ、私は川から身を起こす。そして岸辺に行こうとしたとき、
「……?」
間違いない。すぐ近くに人の気配を感じた。
――そ、そうだ……!私を探してる人がいるんでした!
エースのことで完全に忘れていた。
ボリスが『会合』で私のことを報告し、そうしたら『マフィア』という怖い人が私を探しに来るらしい。
呑気に水遊びしていた私は本当に馬鹿だ。
私は慌てて、水しぶきをあげて川岸に上がる。
それで逆に音が立ってしまった。本当に馬鹿だ。
そして、誰かが走ってくる音がした。
服を身につける間もなく。

彼は現れた。

「ナノ!?」
「――!!」

薔薇つき帽子をつけた、黒いスーツの男性。
全裸で、傷だらけで、髪から水をしたたらせるずぶ濡れの私。

夕暮れの森の中、私はそうして、『初めて』彼に会った。

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