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■騎士とドア

その人は獣耳も尻尾もない、私と同じ人間だった。
「久しぶりだね。ナノ。元気……でもないか。
爆発に巻き込まれたって噂は聞いたけど」
その人は私の頬に手をやり、傷に貼られたガーゼをそっとなでる。私は、
「あなたは、私の事をご存じなんですか?」
すると赤いコートの人は、驚いたように私を見た。
「ええ、また記憶喪失になったのか?」
「恥ずかしながら」
何がどう恥ずかしいのか分からないけど。
そうしたら、その人はドアをチラリと見て、私に視線を戻した。
「いいね、君は。大事なことを何でも忘れられて」
その声にはどこか皮肉が混じっている気がした。
「で?怪我をして記憶喪失にまでなった君が、今までどうやって生きてきたんだ?
この愚鈍なハートの騎士エースに教えてくれないかな?」

私たち二人は、ドアの木立から少し離れた木の根元に、並んで座っていた。
耳を澄ますとまだかすかにドアの声が聞こえる。
本当は聞こえないくらい遠くに行きたかったけど、エースがそこに腰を下ろしてしまったので、心細い私も従った。
「……なるほど猫くんとネズミがかんでいたのか。
会合じゃ、いけしゃあしゃあと『俺たちも森をしらみつぶしに探している』とか言っておいて。
本当に動物っていうのは悪知恵だけは働くな」
「私の看病をしてくれてたんです。そんな風には……」
思わず抗議すると、
「ネズミが?『ユリウス』の仕事を邪魔する奴なのに?」

「――っ!!」

心臓の鼓動がはねあがる。
その名前は知っている。
そして、名前を聞いた瞬間、記憶の扉がなし崩しに開かれようとした。
……でも、開かれようとしただけで、それは再び音をたてて閉じてしまった。
だから私は少し気まずく思いながら、私の反応をじっと見つめるエースに聞いた。
「その……ユリウスって、誰ですか?」
「さあね」
用意していたような返事だった。
私はエースをうかがう。最初は爽やかそうな人だと思ったのに、よく見るほどに、彼はどこか憂鬱そうに見えた。
私が話している間も、今も、ときおり思い出したように扉の方を見る。
「あのドア、一体何なんですか?」
「ん?行きたい場所に行けるドアだよ」
「え!?そうなんですか?」
アッサリした返事に驚いた。
不気味な声だったので、ドアの言葉は嘘ではないかと思っていたから。
「良かった。それならドアを開けないと」
私は喜び勇んで立ち上がる。
「え?君はドアを開ける気なのか?」
エースは私を見上げていた。
「ええ。ボリスとピアスに会いたいですし、寝泊まりしていた場所に戻りたいですし」
つながっているのはどちらでもいい。
マフィアとやらのいる『会合』に出たとしても、あの二人がいてくれればきっと大丈夫なはず。
けれどエースは静かに続けた。
「一番の場所、一番に会いたい奴。ドアの先にいるのはそういうものなんだぜ?」
「…………」
私の足が止まる。振り返って、立ち上がったエースを見つめた。彼は私を止めたいように見えた。
「なら、あなたはなぜドアの前に立っていたんですか?」
「ん?ドアを開けたら、君に会えないか。そう思ってたんだ」
「私に?」
エースは大きくうなずいた。
「もちろん。だってずっと行方不明だっただろ?友達として、心配してたんだ」
私は首をかしげる。その割に、エースが私と会ったときの反応は淡泊だった気がする。
そして、エースはやはりドアのある方を見つめている。
――やっぱり私ではないですよね。
彼は開けるべきか開けないべきか、という顔だ。
私が声をかけなければ、永遠に迷っていそうな。
彼がもし私と会いたかったのなら、もう目的は果たされたはずなのに。
「もうドアは開けないんですか?」
「君がいるのに?俺が会いたかったのは君だけだよ。
今開けても、きっとどこにも通じない」
「そうなんですか。じゃあ、私はドアを開けてみますね」
おいとまの挨拶のつもりでそう言って、ドアの方に行こうとした。
「……っ」
痛みを感じて足を止める。
エースが私の手首をつかんでいた。
まだ怪我が治りきらないで包帯が巻かれている場所だ。
「あ、あの、痛いんですが」
「君だよ。俺が会いたかったのは。そのはずなんだ」
「え?」
ささやかれた言葉を聞き返そうとしたとき、私は地面に引き倒された。


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