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■記憶喪失再び

目を開けると森の中だった。
――天国の風景って森だったんですか。
それは目に優しいなあ。
すると、森に似つかわしくないピンクが、視界に入ってきた。
目に優しくない天使だ。ピンクの天使は、私に何か言っていた。
けれど私はまた目を閉じる。すると強く頬を叩かれた。
それでも起きられない。
でも最後に少しだけ天使の怒鳴り声が聞こえた。
「おい、ピアス!!もっと代えの包帯を――」
そこでまた私の意識は闇に沈んだ。

夢の中で、変な服の人がひたすら私の居場所を聞いていたと思う。
『と思う』というのは、耳がよく聞こえず、彼が何を言っているか分からなかったからだ。
私は夢の中で、ずっと赤い湖に浮いたまま、虚ろにその人を見上げていた。
変な服の人は、私が夢から出る瞬間まで必死に何か叫んでいた。
返答出来なくて、申し訳ないなと思った。

もう一度目を開けると、きれいな緑の瞳と目が合った。
珈琲の匂いがかすかにする。
クマのようなネズミのような耳がちょっと可愛い。
私と目が合ったとき、緑の瞳がパッと輝いた。
「あ、起きた!ボリス!ボリス!ナノが起きたよー!!」
騒々しい緑の人は、軽やかに木々を抜け、どこかに駆けていった。
私は起きようと身じろぎし、痛みにうめく。
ここがどこか分からないけど、とにかく全身が痛い。
私は森の中で、何かやわらかい場所に寝かされ、布団をかけられていた。
何とか起き上がろうと四苦八苦していると、
「ちょっと!ナノ、動いちゃダメだよ!!」
緑の人が駆け去った辺りから、ピンクの天使……改めピンクの猫さんが駆けてくる。
その後から、さっきの緑の人も走ってきた。
猫さんは私に身をかがめ、
「あんた、すっごい大けがしてんだから。ピアスが見つけてなけりゃ、危なかったんだぜ?」
「……?」
ピアス、とは緑の人のことらしい。目をやると得意そうに
「えへへ。俺が君を見つけたんだよ」
「何自慢してんだよ。おまえが爆発の後片付けして、大量の……の中にたまたまナノがいたんだろ?」
猫さんがピアスをこづき、ピアスがちょっと涙目になる。
『……』という部分はよく聞き取れなかった。それより
――爆発?
猫さんを見上げると、猫さんは何か勘違いしたのか、ニッと笑う。
「会うのは二度目だったよね。ボリス=エレイだ。覚えてる?」
全く分からなかった。だから私は首をかすかに横に振る。
すると猫さん……ボリスはショックだったのか、
「ええ−、ひどいよ、ナノ。ほら、騎士さんがあんたを抱っこして逃げてるとき俺が助けただろ」
そう言われて、そんなことがあったかと首をかしげた。
けれど、頭の中に白い霧がかかって何も分からない。
騎士様が私を連れて逃げるというのは夢のシチュエーションだな、とだけぼんやり思っった。ボリスは、
「ま、いいか。しばらく森で休んでてくれよ。
森と言ったって結構何でもそろってるんだぜ?」
後ろから緑の人も話に割り込んでくる。
「そうだよ。木の実でしょ、薬草でしょ、君が寝てるキノコのベッドでしょ、ええと、チーズはないけど……」
ピアスに言われて私はちょっと視線を下げる。
なるほど。私が寝かされているのはそれは大きな、平らなキノコの上だった。
――メルヘンですねえ……。
何だか痛みのさなか、のんびりしてしまう。
でもメルヘンなベッドに寝ている私は、頭から足先まで包帯でぐるぐる巻きだ。
ボリスはそんな私の頭をなでる。
「大丈夫。包帯は大げさでも完全に峠は越えた。
あんたも結構寝てたから、もう少し時間帯が経てば傷も元に戻ると思うぜ」
ボリスは満足そうだ。
ピアスも良かった良かったとはしゃいでいる。
どうやら、この二人がつきっきりで私の看病をしてくれていたらしい。
「ありがとう、ございます」
かすれる声でやっと言うと、ピアスは笑う。
ボリスも喉をごろごろ鳴らしファーをかけ直してくれた。
――ファー?
よく見ると、お布団の一番上にどピンクのファーがかけてあった。
「ああ、お守りに貸してあげたんだ。チェシャ猫のファーは滅多に貸さないんだぜ?」
「ふうん……?」
自慢そうに言われ、何となくうなずく。
さて、とボリスは大きく伸びをした。
「ずっとあんたにかかりきりだったけど、そろそろどこかに連絡しないとな。
あんた、帽子屋屋敷にもクローバーの塔にもハートの城にもいたんだよな。
どこに帰りたい?」
――どこに……。
「ナノ!ぼ、帽子屋屋敷はダメだよ!ボスが必死で必死で本当に必死で君の事探してるんだ。俺が知っててずっと連絡しなかったことがバレたら絶対に殺される!!」
「そりゃおまえの自業自得だろ?」
ボリスが呆れたようにため息をつく。
でもピアスも負けてはいない。
「ボリスだって、止めとこうって言ったじゃないか!
自分たちの縄張りにマフィアがズカズカ入るのは嫌だって!」
「だ、だって嫌なもんは仕方ないだろ……ああ、やっぱり塔に連絡した方がいいか。
夢魔さん、いちおう今の主催者だもんな。まあ会合ではこのチェシャ猫様がうまく言い訳するとして」
するとピアスは万歳をする。
「やったあ!ボリス、ありがとう!」
「おまえのためじゃねえよ、馬鹿ネズミ!!」
二人のやりとりは放っておくとどんどん続きそうだ。
「あの……」
やっと声をかけた。するとボリスが、
「何?どこがいい?俺は森をお勧めするけどな。平和でいいよ」
「そ、そうだよ、ナノ!塔とかお屋敷とか止めて、森で俺たちと暮らそうよ!」
息せき切って言われ、ちょっとたじろいだけど、私は何とか答えた。

「あの、私の名前、ナノって言うんですか?」

瞬間、二人が凍りついた。
私は申し訳なくてキノコのベッドの中で縮こまる。
何も思い出せなかった。


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