続き→ トップへ 小説目次へ ■夢魔と話した話・前 「はあ。気持ちの良いそよかぜですねえ」 私は玉露の袋を抱え、不思議の国の街道を歩いていた。 空は青空、今は昼。 といっても夜が明けたのではない。 あれから一度『夕方』になり、それから『昼』が来た。 ……うん、最初はとにかく驚愕しました。 どう考えてもここは日本ではないらしい。 日本どころか地球かどうかも怪しい。異世界?不思議の国? ――さっきのお屋敷に泊めていただいた方が良かったのでしょうか……。 今さらながらに後悔する。 だって一般市民だもの。どう見ても通行人Aの容貌だもの。 異世界だー!とか、魔物を倒すぞー!とRPGの主人公のように豪胆じゃない。 けど残念ながら帽子屋屋敷の彼らは緑茶の魅力を理解しない愚か者どもだった。 そんな可哀相な方々と縁を切って、お屋敷を出て来たのである。 『だるい……まあ、残念だが出て行くのなら好きにしなさい』 最初はしつこく私を引き留めていたブラッド。 だけど時間帯が夕方に変わった途端、なぜかテンションが下がり、お茶会がお開きになった。 おかげで、私も切りよく出てくることが出来たのだ。 ……何となく無銭飲食をしてきた気分。 けれども、仕返しはされた。 『道?さあてね。客人になるのなら教えてあげてもいいが』 いや、意味ありませんて。 意地悪なブラッドは道を教えてくれず、家に帰る方法が見つからない。 相変わらず公衆電話やら何やらは見かけない。 思い切って人に話しかけもしたが、怪訝そうな顔をされるか、露骨に無視された。 ここは冷たい人が多い。 ――というより、何で『顔がない』人が多いのでしょうか……。 何だかよく分からない事が多い。 やっぱり不思議なところだ。 「そうだ。この国を『不思議の国』と仮に呼びますか」 一人合点し、歩く。そして歩きながら、私は間近に迫る大きな『塔』を見上げる。 「多分、私はあそこから歩いてきたんですよね」 なら、あの塔に行って記憶喪失の手がかりを探ると共に、お電話をお借りしよう。 私はなでなでと玉露の袋をなでる。 玉露は、今となっては私と故郷を結ぶ唯一の絆だ。 和紙を通してかすかにもれる、かぐわしき芳香、愛しの茶葉。 物言わぬ親友、見守る朋友、心の友。おまえのものはおれのもの。 ――今、何か入れてはいけない言葉が入っていた気が……。 恐らく私の失われた記憶に関する重要なキーワードなのだろう。 あまり気にしないようにし、私は大きな塔を目指した。 ………… 「おお!」 間近で見上げる塔は巨大だった。というか時計っぽい。 「時計塔……ですよね?」 普通、時計塔なら大きな時計がついているはずだ。 なのにそういったものは見当たらない。 芸術というかモニュメントのたぐいなんだろうか。 「その割には本格的というか凝ってますが……」 単なるアートというにはあまりにも威厳をたたえ人を寄せつけない雰囲気さえあった。 「入って、いいんですよね?」 私はキョロキョロを辺りを見る。 お昼時で、こんな大きな塔。なのに、なぜか辺りは閑散としていた。 道行く人は、まるでこの塔が見えていない……というか塔に近寄らない。 まるで意図的に避けているようだ。 「入ってはいけない……ということはありませんよね?」 確認するように呟くけれど、答えてくれる人はいない。 「ヤバそうなら、逃げますか」 玉露を抱え直し、意を決して、私は塔の重い扉を開いた。 1/4 続き→ トップへ 小説目次へ |