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■クローバーの塔への帰還

それから少し経った朝の時間帯のこと。
私はトランクケースに荷物をまとめ、城の正門近くに来ていた。
「そ、それじゃあお世話になりました……」
正直、ペーターと目を合わせるのも辛い。
頭痛と果てしない後悔と気まずさ。私がペーターに頭を下げると、
「ええ。これ以上はとどまらないのがいいでしょうね。
どうもあなたは陛下にとても気に入られたようだ。
一夜と言いつつ、ここにいればまた襲われるでしょう」
ペーターも疲れた顔をしている。
あの浴室の後、彼も彼で別の部屋にこもり、ずいぶん長い事帰らなかったものだ。
私たち二人はあの鮮血の女王陛下に完全に振り回された。
――ハートの女王ビバルディ。恐ろしい女……。
「ほほ、またいつでも遊びに来るといい」
『っ!!』
私とペーターは凍りつく。
最強の女王陛下が、いつの間にかペーターの部屋にいた。
「ああ、女王陛下。ご機嫌麗しゅう。今朝はより肌が輝いておりますね」
ペーターが投げやりな讃辞を口にする。
「ふふ。若い女の精は何よりの美容の秘薬よ」
「は、ははは……」
私は乾いた笑いを返すしかない。女王陛下への一夜の奉仕と引き替えに得た何冊もの蔵書(もちろん『あの』本は処分
させてもらい、入っていない!)はトランクの中に大切に収まっている。
「おっと、そろそろ迎えが来たようじゃの」
緩慢に振り向くと、門の向こうから、グレイが塔の職員さんを何人か伴って歩いてくるところだった。
私を見つけてグレイが目を輝かせるのが見える。
けどめっきり汚れの度合いがひどくなった私はぎこちない笑みを返すしか出来ない。
虚ろに手を振る私に、ビバルディは耳元でささやいた。
「わらわが教えた舌使いを覚えておおき、あれで男は何でもしてくれるからね」
「あ……あはははは……」
グレイを見ながら言っている気がするのは気のせいか。
「ナノ!」
グレイに声をかけられた。
「それじゃあ、ビバルディ、ペーター」
「ナノ。今回は僕の不覚でした。次はちゃんとババア……陛下に愛人をあてがって、あなたに手出しをさせないようにしますから!」
ペーターは私の両手を握って言う。そしてビバルディは最後に私の頬に触れ、
「また会おう、ナノ……また、な」
ビバルディは妙に意味ありげだった。
私はありきたりのお礼とお別れを述べ、グレイに先導されて、ハートの城を後にした。
「ナノー、いつでも遊びに来て下さいね!」
ペーターは私が視界から消えるまで手を振っていた。

こうして私は……苦難の道を経てココアの資料を手に入れたのだった。

――ていうか、チョコレート、また食べられる日が来ますかね……。

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