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■ハートの城の書庫・上

私はハートの城の巨大な書庫にいた。
年輪の浮かぶ古いテーブルに山のように本を積み、ページをめくる。
城の書庫はもちろん一般人は立ち入り禁止。
けれどペーターは快く入れてくれたばかりか、私に邪魔が入らないよう、逆に他の人を立ち入り禁止にまでした。いいと言っても聞かないまま。
ペーターは本当は私の司書役を買って出たかったようだけど、『どうしても外せないルールの仕事』とやらで泣く泣く城を出てしまった。
私は厚意に感謝しつつ、安心してココアについて調べることが出来た。
そして本を広げ、説明する。
「紅茶と緑茶が姉妹であるように、チョコとココアもまた兄弟なんです。
カカオ豆を焙煎し、脂肪を除去して粉末にするとココアになります。
で、粉末にせず、砂糖や牛乳、植物性油脂を加え、練り固めるとチョコレートです」
「くだらぬ。わらわは工程などに興味が無い」
隣に座るビバルディは、私の講義に全く興味を示さない。
きれいな指で、持ち込んだ板チョコの銀紙を破り、出て来たミルクチョコレートを形の良い歯でパキッと割る。
私は厳しい声で女王陛下に告げる。
「陛下……ビバルディ。書庫は飲食厳禁ですよ」
「おや、そうかい」
するとビバルディは私の顔を引き寄せ、口づけた。
「ん……っ!」
柔らかい舌が入り込む。そして甘くなめらかな、懐かしい味が流しこまれた。
「これでおまえも共犯だね。ふふ」
そう言って私の唇をなめ、妖艶に微笑む。
それだけなら、まあ、それはそれで終わった。

けれどビバルディは止まらず、長い指が私の胸を捕らえ、悪戯するように弄り出す。
同性、しかも女王のされることなので、私は表だって抵抗が出来ない。
――何だってこんな白百合な展開になっているんでしょう……。
ビバルディには嫌われていると思っていたのに。
対等の話し方を強要するビバルディと、無理にでも距離を置く私。
初対面がああだったし、第一印象は最悪だったと思う。
でもビバルディはわざわざ私の居場所を尋ねまわり、書庫を探し当てて見張りの兵士さんを追い払って入ってきた。
相変わらず完璧に出入り禁止状態にして。
まあビバルディがいてくれるなら、万一エースが来たとしても大丈夫だけど。
「ビバルディ、私は大事な調べ物の最中です。邪魔をしないでください」
「おまえは面白い子だから興味があった。男どもがおまえを取り合うのは少し分かる気がするよ」
いい加減、苛々してきた。
嗜好飲料が関わると、私は気が短くなるのだ。
「頭腐ってんのか、ババア。うぜぇから小汚ねぇケツまくって帰れよ」
「ほほほ。そういう、口汚い一面もじゃ。見ていて飽きぬな」
女王陛下はドスをきかせようと全く動じない。
相変わらず横から人の胸をもんでくる。いくら同性とはいえ、そろそろふざけすぎだ。
「ビバルディ。本当に止めて下さ……」
けれどビバルディは私の耳元に唇を寄せ、語りかける。
「なあナノ。わらわの愛妾にならぬか?」
「は……?」
「そなたは惰弱な男どもに譲るには惜しい。贅沢をさせてやるぞ?」
――百合が!ここにないはずの百合が!
何だか白百合の芳香がする錯覚に包まれる。というか本当に、どこからかそんな匂いが……
――ビバルディの香水?
気がつくと、私は本をどけられ、書庫の古いテーブルの上に押し倒されていた。
さすがに私は慌てる。
「その、申し訳ありませんが、そういう趣味はありませんので」
迫り来る女王陛下を必死に押し戻し、言葉を紡ぐ。
「おやそうかい。なら、その蔵書の閲覧および貸し出しは許可出来ぬな」
「え……っ!!」
固まる私に、城の最高権力者は含みのある笑いをする。
「だから、どうしても読みたかったら、ホワイトめが戻る前にわらわの願いをかなえておくれ」
「願い……?」
嫌な予感しかしない。
もうペーターにたかることにして、断ろう。
……しかし、この世界の人たちが意外に馬鹿力というのは女性も例外ではないらしい。
私は気がつくとビバルディに身体を押さえられ、まるで動けない。

誰も来ない書庫、白百合とチョコレートの香り、薔薇の女王。
古めかしい書棚の群れが私たちを見下ろし、禁忌を犯す背徳的な空気さえ漂ってくる。

まあお相手が私だから絵的には盛り上がりませんが……。


3/6

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