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■敬語大戦・下

敬語を使うな。
これは、この世界に来て以来のピンチだった。
ブラッドに押し倒され、エースに貞操を奪われそうになったときすら、これほどのピンチは感じなかった。
「わらわに敬語を使うな、ナノ」
「し、しかし……」
「そうですよナノ。僕も以前から思っていたんです。
高貴なあなたが、あんな男どもに敬語など使う必要はありません!」
意外にもペーターが女王に同調する。
私は冷や汗をかき、身体が震えた。
ふ、普通に話せって言われても……。
――私、敬語を使ってないとき、どうやって話してましたっけ……。
分からない。敬語を使っていないペーターが想像出来ないのと同じくらいに。
以前、ブラッドに一度だけ、普通に話したことがある気がする。
けどそのときの記憶は完全に時の彼方だ。
「ほらほら、何か話して見よ。首をはねられたいかナノ」
ビバルディは私の焦りを知って楽しそうだ。今度はペーターの助けもない。
「ナノ、頑張って下さい!」
――普通に話す事を頑張れと言われましも……。
王様の方も、オロオロしつつ助け船を出してくれる様子はない。
――敬語を使わないで話す、敬語を使わないで話す……。
「ナノ、話してみよ」
「ナノ!」
権力者たちに見下ろされ、私はガクガクしながら、口を開いた。
「では……」

…………

「もう敬語で良い」
ビバルディは、杖を下ろし、疲れたようにそう言った。
「そ、それがいいですね。自分の好きな話し方で……」
ペーターが同意する。
見ると、二人だけでなく、王様、周囲の兵隊さんまで口元が引きつっていた。
「ほんにおかしな子だねえ。敬語を使わないとなると、そんな風に話すとは……」
私は敬語の許可が出た事でホッとして肩の力を抜く。
そしてビバルディに笑顔で、
「おいコラ姉ちゃん。ほざいてることがさっきと違うじゃねえか。
アゴかち割られたいか、こんのクソアマぁっ!!
次ふざけたこと抜かしたら、てめえのケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせんぞっ!!」
あ、ちょっと戻りきってないかもです。
「その小さな身体のどこに、そんな悪口雑言がつまってるんだろうねえ」
ビバルディは腕組みし、むしろ興味深そうだった。
「だが呼び方はビバルディだよ。でないと次は首をはねるからね、ナノ」
「はい、女王陛下!!」
私は元気よくお返事した。

そして、私とペーターは謁見を終え、部屋に戻って来た。
「はあ……見ていてハラハラしましたよ」
ちゃっかり私に膝枕させ、ペーターは珍しく私に苦言を呈する。
「女王陛下は首を斬ると言えば本当に斬る方なんです。もうあんな危ない真似はやめてくださいね」
私はペーターの耳にすりすりと頬ずりするので、聞いてない。
ああ、ビロードのような肌触り……。
「あ……だ、ダメですよ。ナノ、そんな大胆なことしちゃ……」
何か色っぽい声になるペーター。そういえばウサギのお耳は繊細な器官でしたっけ。
私は何か面白くてコチョコチョくすぐった。
「ダメ、ダメ、ダメです。そんなくすぐっちゃ……」
「くすぐってませんよ。コチョコチョなんてくすぐってませーん」
笑いながら言い、なおもペーターの耳をコチョコチョと、
――ん?コチョコチョ?コチョコチョコチョコチョ……チョコチョコ。

チョコチョコチョコ。チョコ。カカオ。……ココア。

「あっ。ああ!!」
私はソファから立ち上がる。膝から転げ落ちたペーターの嘆きが聞こえるけどあまり気にしない。
「ペーター!お城の書庫を見せていただけませんか?調べたい事があるんです!」


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