続き→ トップへ 小説目次へ ■敬語大戦・上 「女王陛下に謁見したい?」 「ええ、ぜひ」 けれど私の願いを聞いたペーターは嫌そうな顔をした。 ペーターの情報によれば、エースは迷子癖が悪化中で、すぐに戻れる場所にはいないらしい。 彼がいない間に、私は最高権力者にあいさつしたいと思った。 「あんなヒステリー女、あなたが会う価値などありませんよ」 上司を悪し様に罵るペーターに私は眉をひそめる。 「滞在させていただいていますから、ぜひお礼を申し上げたいんです」 どうしても、と頼み込むとペーターは心配そうな顔になった。 「僕も出来る限り守りますが、どうかご機嫌を損じないよう気をつけてくださいね」 「大丈夫ですよ。敬語には少し自信がありますから」 笑ってみせたのに、ペーターは逆に憂鬱そうで、 「いえ、だからなおさらなんです。女王陛下はそういう堅苦しいの、お嫌いですから」 でも、私に敬語を使うなと言われても困る。 ペーターは私を謁見室に案内しながら、さらに言った。 「ナノ。女王だからとあまりへりくだったりせず、いつものように、あいさつしてくださいね。普通にですよ、普通に」 「はい、ペーター」 私はうなずいた。 ……そして、謁見室にて。 「え、えと……あの……」 ハートの国の王、女王、宰相の三人に見下ろされ、私は緊張で固まった。 私はこういうのには弱い。すごく弱い。 そしてハートの女王様が私に横柄に言葉を投げる。 「おまえが噂に聞く余所者か……何か話してみよ」 「は、はい……」 私は声を震わせながら、ペーターの言葉を反芻する。 ――普通に普通に、普通にあいさつすればいいですよね。 それで私は深く頭を下げ、普通にあいさつすることにした。 「王陛下並びに女王陛下の偉大なる御代に於きましては国家隆昌の極み、誠に欣快の至りに存じ上げます。 かような下賤なる身には拝顔の栄に浴しましたこと恭悦至極に存じあげ――」 「やめい!!」 女王陛下が錫杖を振りかざし、苛立ったように遮った。 驚いて顔を上げると、ペーターが目に手を当て『やっぱり……』という様子だった。 女王陛下はいかにも苛々した様子で、 「珍しい余所者と聞いていたが、そのような凡百の美辞麗句しか言えぬ俗物だったか。 ええい、誰か首を斬っ――」 「へ、陛下!!ナノは僕の愛しい人なんですよ!!」 「よ、よさぬか、ビバルディ!!」 ペーターと王陛下が慌てて止める。 本当に普通に挨拶しただけなのに。身分の高い御方はどうもよく分からない。 二人になだめられ、ようやく収まった女王陛下は、 「だがおまえはわらわの紅茶を盗んだ剛胆な娘だったね。 なら、その厚くまとった猫を剥いで、普通にお話し」 「? 私めには常態の話し方でございます。女王陛下」 女王陛下は冷酷に首を振る。 「まずはその堅苦しい呼び名を改めよ。わらわはビバルディ。ビバルディとお呼び」 「いたしかねます。せめてお后様、もしくは后妃様でご容赦願えませんでしょうか」 私はキッパリと拒否する。けれど陛下は、 「ダメじゃダメじゃ!ビバルディ!そう呼ぶのだ!!」 「なら刀自(とじ)様、御方様で……」 「首をはねるよ!」 どこかの領主ではないけど、これでは駄々っ子だ。 私は必死で妥協案を模索する。 「御新造様、奥方様、奥様!ビバルディ様、ビバルディさんっ!」 「ビバルディ、じゃ!」 「というか、刀自と御新造だと意味が逆ですよ、ナノ」 別の敬語使いからツッコミが入った。 しばらくして語彙もつき、私とビバルディは息も荒く睨み合った。 「………ビバル、ディ……」 私は言った。すっっっごく嫌そうに。 女王陛下はやれやれ、と、 「全く変わった子だね。本当に首をはねてやろうかと思ったわ」 「そうですか……ビバ、ルディ……」 私はどうしてもたどたどしくなる。 するとビバルディはニヤリと笑った。 「もちろん、わらわを呼び捨てにするからには敬語も禁止じゃぞ、ナノ」 「――っ!!」 「さあ、敬語無しで普通に話してみい」 1/6 続き→ トップへ 小説目次へ |