長期休暇が足踏みして待っている頃に、返却された定期テストの結果は、青峰自身も言い渡された補習参加を納得するものだった。しかし、青峰が教室に入ると誰も待たず、黄瀬が補習を開始したことには少し戸惑った。他に該当する生徒がいなく今日の補習は二人きりだと、黄瀬が何事もないかのように伝える。一番前の席に座わらされ、真正面に黄瀬が自分用の椅子を置いた。青峰は、普段の授業ではありえない距離に面食らいつつ動揺を察されないように、首元を手で覆った。プリントを配られ、
「まずはそれ読んでみて」
 とうながされる。たどたどしく全文読みあげた後に、黄瀬をうかがうと、ひどく残念そうな顔で青峰を見ていた。
「青峰っち…ほんとに英語苦手だったんスね…」
「うっせぇな」
 教師とは思えない失礼なコメントだったが、青峰はどこか気まずそうに反論した。青峰は、筆記よりもコミュニケーション系の英語の方が苦手だった。今まで勉強しようとした記憶もあまりない。
「分かった。俺の舌の動き見てて」
 一単語ずつ丁寧に発音して、黄瀬の舌が自由自在に動く。俯くことによってできた睫毛の陰が白い肌に目立って、真っ赤な舌が一段と映える。つんと尖った舌先を艶やかに見せつけられる。あらぬ想像をしてしまって目をそらした青峰を、黄瀬はじっと見つめる。
「NBA、行くんじゃないんスか。英語喋れるようになった方がいいっスよ」
 いつになく教師じみたセリフと真剣な声音に、青峰は顔をあげた。真剣なまなざしが青峰を見据えていた。
「せっかく青峰っちしかいないんだから、特別仕様で授業っスよ」
 茶化すように笑って、黄瀬は頬杖をついた。プリントも俺が作ったんスから〜と口を尖らせる姿に、翻弄されていると自覚して、青峰の心に恥ずかしさが募った。
「ありがとーございますー」
 ぶっきらぼうに言う青峰を見て、黄瀬は頬を緩めた。
「それとも変なこと考えちゃった?青峰っち、童貞っぽいっスもんね」
「せんせー、それセクハラだろ」
「顔赤いんスけど。まじで?若いっていいっスねぇ」
 ふざけた裏声を出しながら、ネクタイにかけた人差し指を左右に動かして、結び目を緩める。青峰と初めて会った時から何度も目にした仕草だ。
「ネクタイ緩めんの、癖?」
「あー…なんか締め付けられんの嫌いなんスよ。束縛する子とかも苦手で。気が緩んだら、つい」
 黄瀬は眉を八の字にして笑った。青峰は生返事を返しつつ、シルバーピアスをちらりと見た。あれもこれも防衛みたいなもんか。

 翌日、授業から職員室に帰ってきた黄瀬の耳に聞き慣れただるそうな声が飛び込んだ。
「先生〜忘れ物」
 教科書を机の山に乱雑に乗せられる。青峰のクラスに置き忘れていたらしかった。
「ありがと、青峰、くん」
 礼を伝え、続けていつもの癖で「青峰っち」と呼びそうになる。教師が特定の生徒を特別扱いするのは、教師生徒双方から見て褒められることではない。職員室にいることを思い出し、舌の動きを寸前で変えた。不自然なつっかえに青峰が目ざとく反応する。じっと見つめられ、気まずい。黄瀬は話をそらそうとしたが、高めの体温を頬の近くで感じ、驚きで口をつぐむ。
「…青峰っちって呼ばねえの?」
 案外気に入っている低音が、耳元で囁かれる。かすかに笑われて吐息が皮膚の薄い肌を刺激する。ぞわりと肌が粟立った。
「っ、単位!!」
「先生またそれっすか」
 真っ赤になった顔が恥ずかしくて、付け焼刃で脅しても、毛の先程も怖がっていない青峰が馬鹿にしたように笑う。そりゃ自分でも分かるくらい顔に体温集まってるし、多分こんな顔で怒られても全然怖くないんだろうけど。ここが職員室であることを少しは気にしているのか違和感の残る青峰の敬語も、黄瀬の動悸の加速を煽った。


 それから行事の度にどちらかが喧嘩をふっかけ、日常的にもふざけ合う姿が見られた。夏休みが過ぎ、秋が暮れ、いつの間にか季節は冬となっていた。


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