年が明けても、関係が変化することはなかった。青峰は後ろから黄瀬のマフラーを引っ張ったり、珍しく雪が降れば開始の合図なしに雪合戦が始まったり、新年の挨拶より先に相手からの「まいった」を聞くことを楽しみにしていた。デパートやコンビニで装飾されたお菓子の棚が目立つようになり、黄瀬はバレンタインデーが近付いていることを思い出した。毎年大量のチョコを貰うことは、素直に嬉しい反面、処理に困るし正直面倒くさい。今年は減っていますように。黄瀬は世の男性が一般的には望まないことを考えながら、生徒の姿がぐんと減った放課後の廊下を歩く。教師が戸締りの確認をするこの時間帯まで残っている生徒は少ない。
 その時、曲がり角からひらめいたスカートの裾が現れた。変なことしてないといいんスけどねぇ…。帰宅を促さそうと黄瀬が足を踏み出した。女の子のすすり泣くような声が静まりかえった廊下に響いた。
「でも好きなの……」
 うわ、告白だ。ベタすぎると思いながらも、野次馬心がうずいて相手が気になる。向かいに立っているだろう相手の顔を覗き込むため、そっと身を乗り出した。黄瀬の切れ長の瞳が、驚きで大きくなる。心臓が大きく跳ねた。ちょうど今日の昼も、一緒にバスケをした、もはや見慣れてしまった姿。真顔だとそれなりにかっこいいんスね。場違いなことを考え、気を紛らわそうとする。それでも手の平にはじわりと汗がにじんだ。
「…付き合ってほしい」
 女子の震えた声を聞いて、黄瀬は思わずその光景に背中を向けた。返事を聞く前に、ここから逃げなきゃ。その思いだけが心を支配して、足早にその場を離れる。違う階のトイレの中に駆け込んで、ようやく自分を取り戻した。薄暗い中で鏡に写った自らの面持ちを見て、黄瀬は苦笑する。
「なんだよ、その顔……」
 自分が告白された時よりはるかに焦りを表した表情。弟や時には友達のように接し可愛がってきたつもりだったのだが、全く違った感情を持っていたのかもしれない。青峰が頷くところは決して見たくなかった。とくとくと脈を刻むこの気持ちが一番の本音なのかもしれない。確かに入学したばかりの頃の青峰は、教師から問題視され、生徒からは距離を置かれていた。しかし、今では友達だってあんなに増えた。それを一年間、見てきたのは自分じゃないのか。黄瀬は鏡の中の同じ瞳に責められている気がして思わず手で目元を覆った。
 縛っていたのはどっちだ。よこしまな感情をいつの間にか抱いていた。あいつだってそこらへんのガキと同じ。馬鹿みたいに今を一生懸命生きる高校生だった。忘れていた。あまりにも毎日が楽しくて、直視しないようにしていた。
「情うつりかけてたかも」
 自嘲したような乾いた笑いが反響した。あぶなかった。まだ大丈夫だと、言い聞かせては本心の上から塗り重ねていく。息が出来ないと叫ぶ気持ちを無視して、何度も何度も。闇が濃くなっていく冷えたその場所で、黄瀬は必死に鼓動を落ち着かせようとした。


 休み時間に他の教師と話をする黄瀬を、青峰は目で追った。周りが気付き始めるずっと前から気付いていた。最近黄瀬が俺に絡んでこない。こちらから話しかけても、他の生徒と同じ仮面のような笑顔であしらわれるだけ。機嫌でも悪いのかと放っておいたのだが、今しがた声をかけた時に、はっきりと拒絶された。青峰くん、と呼ばれた。授業中以外に聞いたその響きに厚い壁を感じた。あいつはあんな風に小綺麗に笑わない。大口開けて、バカみたいな声を出して、ガキみたいに笑うんだ。青峰は後ろ姿から無理やり視線を外した。無自覚に眉が小さく震えた。
 こっち向けよ。青峰っち、バスケしよって、人に物を頼む言い方じゃなくていいからついてこいよ。本人は言えない気持ちが心の中でうずまいた。壁を壊すことも出来なければ、伝えられもしない。あっちは大人で教師で、たぶん、誤魔化してたけど、俺は構ってもらえて嬉しかった。これが同級生だったら同じ立場だったらと空想してしまう。ためらわずに引きとめられたのかもしれない。
「…だって、いきなりすぎんだろ」
 近寄るなと、グレーのスーツに牽制されているような気がする。毎日が物足りないと感じている自分が確かにいた。


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