朔間先輩と恋対戦 | ナノ


「嬢ちゃんや」


最近突然お爺ちゃん口調になった朔間さんに呼ばれる。"なんですかお爺ちゃん"そう返事をして彼の方を見ず、目の前の桜の雨を眺めていると木陰に横になっていた彼が体を起こして私に近付いた。彼も私と同じように桜の散っていく様を見ているらしい。

暫く沈黙した後にまた彼が口を開いた。


「もうすぐ、3年だな」

「...そうですね」


彼、朔間零と出会ってから約1年が経とうとしている。
普通科にいて憧れであった彼を眺めていたのは少しの間だったが一つ歳上の彼と同じ学年になるなんて誰が想像していただろうか。まあ、彼は元々留学して世界のあちこちを飛び回っていたから留年も仕方ないことなのだが。五奇人事件もあって随分と濃い1年だった。


「朗報。新しくプロデュース科が出来て、ここに女子が転校してくるらしい」

「え」

「良かったな、もう女子1人じゃなくなるから隠れて過ごさなくても、アイドル科だってことも隠さなくてもいい」

「...う、ん」


前の口調に戻っている朔間さんには目も暮れず、はぁ...そうなんだ、と何処か他人事の様に受け止めると同時に現れた黒いモヤモヤした感情に自分でも戸惑ってしまう。女の子が増えるのは凄く嬉しい、筈なのに...私、今"嫌だ"と思わなかった?


「....どうした?」


歯切れの悪い私に、朔間さんが下から顔を覗き込んでくる。いつもと違う真剣な顔をした朔間さんと目が合って、誤魔化そうとした口が止まってしまった。なんだか気まずくて目を逸らしながら、"何度も流され続けた本音"を紡ぐ。


「...女の子が増えるのは嬉しいんだけど....さ、朔間さんが取られたら嫌だなぁって」

「....じゃあ付き合うか」


"思って...なーんてね"
いつもの様に流されると分かっているから傷付かないようにそう予防線を張ろうとーーーーえ?


「へ?」


聞き間違いかと思い、パッと顔を上げると少し照れたような顔をした朔間さん。さっき朔間さん何て言った...?と無言になり頭でぐるぐる考えていると彼は私の反応を見て不満そうな表情を浮かべた。


「んーだよ、お前が嫌だって言ったんだろ。彼女になったら朔間零ちゃん独り占め出来るぞ〜」


そう言って朔間さんが私の横髪を掻き分けてそのまま後頭部に手を移動させて笑うから。


「っ...!」

「な...おま、顔真っ赤」

「や、見ないで...はずかし」


顔どころか全身が熱い。じわじわと涙が出てきた。
なにそれなにそれ、朔間さんってそんな顔して笑うの。
ずっと今まで好きって言っても流され続けてたのに。

嬉しくて、恥ずかしくて、情けなくて、必死に顔を背けて腕で顔を隠して朔間さんから逃げようとする。しかし、男女の差...直ぐに男らしい手に捕まって隠していた腕を抑えられた。痛くないように優しく掴むなんて、ずるい。伝われと言わんばかりに涙目で睨みつけてやる。


「何それ、エッロ」

「えええエロくない!」

「泣いてんの?お前泣かすのも悪くね〜な」

「なにそれ変態じゃッ!」


言い終わる前に強い力で引き寄せられた。
頬に制服が当たり、後頭部と背中に手が回されている。
最後に朔間さんの匂いがふわっと鼻腔を擽り、抱きしめられているのだと分かった。彼の匂いと体温で肩から力が抜ける。ホッと息を吐いてから彼の体温に集中すると、ドクンドクンと少し早めの鼓動が聞こえた。


「流架」

「(あ...名前....)」


彼が言葉を発する度に胸の辺りに声が響く。
初めて呼んでもらえた私の名前も響いて聴こえて、朔間零の全身で私を呼んでいるようで、さっき引いていったはずの涙がまた溢れてくる。


「俺と付き合って」

「...待たせすぎだよ、ばか」

「その分いっぱい甘やかしてやるよ」


クク、喉を鳴らした彼はそのまま顔を近付けてくる。
あ...待って、これは。
思わず朔間さんの口を手で抑える。
彼は眉間に皺を寄せ、口をモゴモゴ動かした。


「オイ、この流れはキスするだろ」

「手が早いよ朔間さん!」

「いつ"朔間さん"呼びやめんの、流架?」

「ひぇ!」


慣れない名前呼びに耐えられなくなって耳を塞ぐ。
その反応が面白かったらしく彼は思いっきり声を上げて笑った。


「慣れるまで時間がかかりそうじゃの」

「若い子は飲み込みが早いんだよ、おじいちゃん」

「じゃあ今すぐでも大丈夫じゃろ」

「むっ..無理無理無理!顔が良いのが近付くのはまだ無理!」



彼の心と交差する時



これから、新しい関係になった彼と新しい物語を紡いで行く。



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