序4 *


****

「あはははは、ひっどいねこれは」


車を降りた途端に押し寄せた死臭は、思わず笑ってしまうほどに凄まじかった。続いて車を降りた相棒も、その尋常ならざる死の匂いに眉間に縦皺を刻む。
現場は車道から少し逸れた場所だった。低い灌木で舗装された道を無言で進むと、テレビなどでも見慣れた黄色いテープの張られた、小さな広場に着く。


「ご苦労様です、黒木警部、花房警視!!」


規制線の前に立っていた制服警官が、彼とその相棒−−黒木と花房に向かって敬礼する。その警官の顔が青い。


「見ちゃった?」

「・・・・・・はい」


黒木が聞けば彼は力なく頷いた。「そっか」力づけるようにその肩を軽く叩いて、黒木は規制線の向こうに消える。続いた花房も「無理はするな」と警官に声を掛けてから黒木に倣う。


「・・・あれか」


立ち止まった黒木の肩の向こう側にそれはあった。忙しく行き交う捜査員達のその先、ブルーシートで作られた5m四方の天幕。離れた場所で若い捜査員が体をくの字に折ってえづいているのが見て取れる。それも、一人や二人ではない。それだけで、中の惨状の程度に想像が付く。


「嫌だねぇ」

「なら来るな」


嘯く黒木を置いて花房はさっさと天幕を潜る。黒木も慌ててそれを追って


「うわっ」


壁のような物にぶつかった。


「痛った・・・」


強かにぶつけた鼻を押さえて見れば、それは花房の背中だった。その花房は、ぶつかられた事にさえ気が付いていないかのように、ある一点を凝視している。


「・・・・・・ああ、」


彼の肩越しにその視線を追って、黒木の視線が「それ」を捉えた。

黒く焦げた地面に横たわる「それ」は辛うじて人の形をしていた。男女の判別のつかないほどに黒く焦げた骸の、胸から股下にかけては大きく切り裂かれている。無残に破壊された人体、炭化するまでに焼かれたその体の部分は、他の部分の損壊が激しいだけに余計に目を引いた。
焦げたマネキンのようなその体の片腕、苦悶の形に開かれた口の中で濡れ光る赤い塊、開かれ焼かれた胸の中で、唯一黒く炭化していない肉の袋――その遺体の右腕と舌、そして心臓だけが何故か綺麗に燃え残っていた。


「あいつだね」

「ああ――間違いない。奴だ」


“奴”。黒木と花房がそう呼ぶモノの正式名称を「特殊案件一〇八号」という。一通り現場を検分して、車へ戻る彼らの足取りは重い。どちらからともなく喫い始めた煙草も、死臭で馬鹿になった鼻を持て余して全く味が分からなかった。


「・・・帳場が移るな」


まだ半分も灰になっていないマルボロを携帯灰皿に押しつけて、花房が重い口を開く。


「そうだね・・・場所は有明署かな?」

「去年までならな。今の管轄は―――」

「南湾岸か」


花房が頷く。南湾岸はできたばかりの所轄署だ。設備も充実していると聞いた。本庁の柔道場での雑魚寝から解放されると思うと、少しだけやる気がでる。


「とりあえず、一旦戻るぞ」

「そうだね。帰ろうか――僕らの『巣』に」




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