虹色硝子


夜の仕事を生業としている女は、その日珍しく日が高いうちに外に出た。装いも仕事の時の男好きする露出の高い服ではなく、女の盛りを過ぎた年齢に見合った落ち着いたものを纏い、化粧にいつもの派手さはない。夜毎歓楽街で男達に夢を見せる夜の蝶は、陽の光の下では少し綺麗な顔をした、年相応のただの女だった。

予定の時間に少し遅れて待ち合わせ場所に向かう。果たして、無理を言って付き合わせた相手は嫌な顔一つせずいつも通りの無表情で彼女を迎えた。

「待たせたわ。ごめんなさい」
「問題ない。女の支度に時間がかかるのは世の常だ」

真顔でそうのたまった男は、彼女の営む店に通う客の一人だった。通う、というには足を運ぶ頻度が少ないが、整った容貌と漂わせる薄暗い色気のせいか店の娘達からの支持は厚い。何より齢に見合わず遊び方が非常に上手い。お前それどこで覚えた、と詰問したくなるほど綺麗に金を使い、気持ちよく酒と女を嗜んで帰る。いわば上客であった。

「悪いわね。私的な用に付き合せて」
「構わん。美人の頼みは極力受ける性分だ。気にするな」

どちらともなく歩き出して数分、口を開いた女の譲歩を男はやんわりと拒絶した。こうやってさり気なく女を立てる所も、彼を慕う女の多い一因だろう。恋人のように触れ合うでもなく、雑踏の中を並んで歩く。

私的な用、と女は言った。まさにその通りである、と彼女は自嘲の笑みを唇に乗せる。
女には齢の離れた弟がいる。姉と違い、真面目で誠実な人柄の彼はこの春、その気質を見出した中小企業に就職が決まった。上場こそしていないものの、名の知れたグループの子会社にあたる企業の末席に名を連ねるにあたり恥ずかしくないように、と、彼女は弟に贈り物をすることにした。
とある有名ブランドのスーツ一式。首都の商業街に建つ本店では、完全オーダーメイドの注文のみを受けている。女には金はあるが、権威がない。一見の客を断る敷居の高さに対抗するため、彼女が白羽の矢を立てたのがこの男だった。

「家族思いで結構なことだ」

事情を説明した夜、皮肉とも本音ともつかない言葉で喉を鳴らした男が纏っていたのが、その店で仕立てた物だった。聞けば、彼の上司の紹介で半ば無理やり一着作らされたのだという。駄目元で紹介してくれと頼んだところ、あっさりと承諾が下りた。日取りや予定その他を軽く打ち合わせて、報酬に夕食を奢ることを約束し、至る、現在。

「知り合いのテイラーに連絡を入れた。細かい用件は奴が聞いてくれるそうだ。今から直行しても少々時間が余るが、どうする」
「そうね……昼に外出るのも久し振りだから、ちょっと買い物でもしようかしら。付き合ってくれる?」
「……荷物持ちは御免被る」

休日の昼間、街は老若男女様々な人間でごった返している。二人して器用に人の間を擦り抜けながら、目についた店を冷かしていく。何件目かの宝飾店を後にして暫く、幅の広い歩道の脇に並んだ一軒の露天商の前で、女の足が止まった。

「どうした」
「ふふ……ねえ見て、これ」

怪訝に思って覗き込んだ男に、女が示したのは展示台の上に吊るされた多面体の硝子球だった。胡桃大の硝子球が、風鈴のように幾つかの装飾品と纏まってワイヤーで吊るされている。遮るものなく球にぶつかった陽光が、多面体の中で分化して七色の光を散らす。

「サンキャッチャーか」
「ねぇ、買ってくれない?」
「はぁ?」

理解できない、といった風に男が眉間に縦皺を刻む。

「あんたの稼ぎなら金剛石でも買えるだろう。何故に俺が」
「わかってないわね。格の高い男に安いもの買ってもらうって、とても素敵なことよ?」
「……わけがわからん」

ぼやきながらも財布から紙幣を引き摺り出す男を眩しそうに眺めて、女はころころと笑った。

「それにね、法務次官サマにただのガラス玉を買ってもらった女なんて、世界中探してもきっと私しかいないわ」

誇らしげに笑う女の手の中、陽光を反射する硝子の塊が、まるで何かの勲章のように輝いていた。


お題:「虹色硝子」より


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