低く迫る空

高層ビル群に切り取られた空の下を、足早に歩く。夏の盛りの午後、通常のものより目の粗い、
風通しの良いはずのグレースーツが、滲んだ汗で体に張り付く。脇の下に蟠る不快感を振り払うかのように、シゼレは歩調を速めた。規則正しい足音に合わせて揺れる銀の髪から、ほの薄く血の匂いを棚引きながら。

部下のしでかした不始末の、後始末の帰りだった。取引に値しない組織との契約、土壇場での反抗。暴を以て利を奪いに来た輩の粛正に手古摺った挙句、妙な意地を張り救援を求める機を逃した。結果、増長した相手組織の粛正と負傷した部下の回収にシゼレが狩り出されることになった。
アサルトライフルと機関銃を駆使して立ち回ること四半時、組織が根城にしていた廃ビルの地下に屍山を築き、死にかけた部下を手配した車で病院送りにする片手間、上司に報告と【掃除屋】の手配を依頼する。端末で外部と連絡を取っている間、シゼレの爪先は経った今自分が骸にした男の頭、頭蓋を半分吹き飛ばされた頭部からはみ出た灰色の蛋白質を弄んでいた。

服を汚すような立ち回りはしなかったが、硝煙の匂いが染みついた背広を着続ける趣味もない。念のため、と持ち込んでいた着替えに袖を通し外に出た頃には、すでに陽が高く昇っていた。地下に乗り込んだのは明け方であったので、後処理に少々時間をかけすぎたらしい。真夏の日差しが、容赦なく気力と体力を奪っていく。正直、先ほどの戦闘よりも堪える。車を手配しようにも、今使えるものは先ほど部下を運んだものが最後だった。もとよりじっとしていたい性分でもないので、嫌々徒歩で本社へと向かう。

ビル風は強いものの生ぬるいばかりで余計に苛立ちが増す。空が青いのも雲が白いのにも苛立つ。空の青さと雲の白さ、そういったまともなものの下を、死臭を引き摺りながら歩く己に苛立つ。
良心の呵責などといった高度な感情ではない、ただ一般的に言う「正しい人々」と同じ青の下に身を晒しているのに、何となく違和感がある。苛立ちを募らせる彼の横を、手を繋いだ母と娘が通り過ぎていく。オフィス街に勤める父の元を訪ねた帰りだろうか、そこはかとなく気合の入った身だしなみが微笑ましい。少女の足を包むエナメルの赤い靴は、舗装された道しか踏んだことがないだろう。そんな「正しい」足跡に並んで、人の骸を弄んだシゼレの足跡も、同じ地面に刻まれていく。それが、何となく不愉快だ。

四角く切り取られた空の青が、密度を増しているような気がする。あまりにも鮮やかに網膜を焼くそれから身を隠すように、シゼレはビルの作る影の中だけを選んで歩いた。


お題:「低く迫る空」より

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