第六回 | ナノ


▽緑の文字で綴った手紙


中等部の卒業式を控えた今日、あと数時間もすれば体育館へと向かうことになる。かくいうわたしもそのうちの一人で、いつもより少し早い時間に学校に来てこうして名残惜しむように足を運んだ教室を一つずつ回っている。そして最後に着いたのは、言わずもがなわたしが一年通った三年C組だった。

誰もいない、自分しかいない教室はやけにシンとしていて、色々と考えさせられる。ほとんどが内部進学をする生徒ばかりだから、きっと高等部に行っても会おうと思えば会えるんだろうけど、今この時、この瞬間を共に過ごしたこのクラスメイトとは、この日でお別れなんだと思えば、どこか切なさが込み上げて思わず唇を噛む。卒業式が始まる前から泣くとかないなぁと内心苦笑をもらしながらも、しんみりするのも仕方ないかなと思う。

席に着いて、最後の最後に九年間片想いをしていた彼に手紙を書く。なんでこのタイミングなのか、なんてわたし自身よく分からないけど、なんとなく、このタイミングじゃなきゃいけない気がして、でも直接はやっぱり恥ずかしくて緊張して言えないから、こうして手紙を書くことにしたのだ。もっと言うなら卒業式の余韻と相俟って本格的に泣きそうだからとも言うのだけど。

出だしはどうしようか、やっぱり拝啓…とかの方がいいのかな?いや、だけど彼のことだから堅苦しいのは嫌いそうだし、かと言ってあまりフランクなのもどうなんだろうか?ここはやっぱり、当たり障りのない文章から入るのが一番、かな?そう、まずは卒業おめでとうございますなんて文章から。

きゅっとペンのキャップをしめて、丁寧に手紙を封筒にしまう。少しずつ騒がしさを感じながら周りを見ればガヤガヤと騒がしい、いつもの喧騒がそこにはあって、本当に今日が卒業式なのかと疑うくらい変わらない日常が広がっていた。いつもよりきっちりと首元までしめられたボタンにネクタイを絞めて、着られた制服、普段と違う正装の先生にああ、やっぱり今日は卒業式なんだなと実感する。

「じゃあ、みんな廊下に並んで体育館に向かうぞ。騒ぐなよ!あと式中寝たりするなよ?あ、ただし泣くのは構わないからな」

そう言って教室を後にする先生に、次々と席を立って廊下に並ぶクラスメイトたち。その中に混ざって立って行く彼を呼び止めて、手紙を渡す。

「あ?苗字、あー…どうした?」

「あ、あの…この手紙、卒業式が終わったら読んで欲しくて、受け取ってもらえるかな?」

「?あ、ああ、いいけど…終わってからでいいのか?」

「うん、読んでもらえればそれでいいから…呼び止めてごめんね」

怪訝な顔をする宍戸くんにじゃあねと言って教室を後にする。早く並べーと廊下から叫ぶ先生にクラスメイトたちから先生うるさいなんて声が掛かって、最後に教室を出た宍戸くんが何か考えるような、そんな顔をしていて困らせたかなと少し反省した。それでも笑いながら先頭を歩く先生はいつもと変わらなくて、そんな小林先生が苦手だった宍戸くんは溜め息を吐きながら前を歩いていた。

卒業式は滞りなく厳かに行われた。鼻を啜る音、嗚咽混じりの校歌斉唱、先生や後輩たちの赤い目を見ていると涙が止まらない。すでにハンカチは、本来持っているハンカチとしての機能はすでになくなっていて、最早びっしょり濡れて使い物にならなくなっている。卒業生退場の司会進行を務める、新生徒会メンバーの声とたくさんの拍手に見送られ体育館を後にした。

教室に戻って、卒業アルバムにクラスメイト、先生、後輩、それから他クラスで仲良くなった子や委員会に部活で一緒だった子たちにメッセージを書いてもらって写真を撮って、高等部でもよろしくね、なんて挨拶を交わす。卒業証書を筒に入れて鞄鞄を片手に教室を後にする。

宍戸くん、手紙読んでくれたかな?いや、その前に読んでくれるかな?と泣いてぼんやりする頭で考えながら廊下をゆっくりと覚束ない足取りで歩く。玄関に向かいローファーに履き替えて、校舎を後にする。見上げた三年間通って中等部の校舎は、何故か幼稚舎の時よりも思い入れを強く感じた。



――宍戸くんへ
まず、卒業おめでとうございます。
そして、突然のお手紙失礼致します。

今年一年、同じ委員会、クラスメイトとして過ごせてとても楽しかったです。こう書くと中等部でお別れのような気がしますが、わたしは高等部にそのまま持ち上がりなので最後ではありません。紛らわしい書き方をしてしまってすみません。

ですが、宍戸くんにどうしても伝えたいことがあり、こうしてお手紙にて伝えることに致しました。どうにも直接言う勇気がなく、かつ、わたしにはとてもじゃありませんが顔を見てなんて恥ずかしくて緊張してしまうので文字に綴らせていただきました。

ずっと、ずっと幼稚舎の時から宍戸くんのことが好きでした。でしたと書くと今はもう好きじゃないのかと思われるかもしれません。今でも好きです。ただ、宍戸くんは部活、殊更テニスに懸ける思いは誰よりも強いと思うのです。そんな宍戸くんの邪魔をしてまで付き合いたいとか好きになって欲しいとか、そんなことは思っていなくて。ただ、わたしも人間です。欲を言えば、そんな間柄になれたらなぁとは思いますが、あくまでも“そうなれたらなぁ”という思いだけです。

ただ、わたしが宍戸くんを好きということだけでも知っていただけたらと、自分勝手に思っただけなのです。すみません。

宍戸くん、あなたを悩ませるようなことをしてしまったなら申し訳ありません。本当にごめんなさい。

それでも、この九年間、あなたを好きになれて良かったと思います。宍戸くんを好きになれて、恋をして幸せでした。ありがとうございます。

もし、高等部でも見掛けたら挨拶くらいはさせて下さい。改めてご卒業おめでとうございます。

苗字名前より


緑の文字で綴った手紙
(そんな文章で締め括られた手紙には、ぼやけて滲んだ後が残っていた。きっと涙で滲んだだろう。読み終わった手紙を握り締めて、教室を飛び出して行った俺をクラスメイトや担任の小林、テニス部のやつらが微笑ましげに見ていたなんて、その時の俺は知らない)


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