第六回 | ナノ


▽黄色い声援を打ち消して


 広報も担当している嵐山隊は大学の中でも人気で、基本ボーダーの話になると嵐山隊が話の中心になる。嵐山さんがどうとか、嵐山さんがかっこいいとか。そんな話をしているのがよく耳に届く。そして、面白いことに、それが准が居る前でそれを言う人が多いということだ。そうか、要するに准にこっちを向いてもらいたいだけか。下らんな。
 参考書やプリント、電子辞書などを抱えて、遠くで囲まれている友人であり、交際関係にある嵐山准を呼ぶ。そうすれば、人ごみの中から頭一つ飛び出た人物が、周りの人を押しのけてこちらに走ってきた。
 後ろにいる女子は詰まらなそうな不満そうな顔をした。嫉妬か。気にすることもなく、踵を返し廊下を蹴った。

「なあ、名前」
「何よ。のんびりしてると講義に遅れるよ」
「ははっ、分かってるよ」

 かんかんと踵を床に叩きながら呟いた。嵐山の腕に抱えられたパソコンが不安定に揺れる。危なっかしい。機械類の扱いには気を付けろと言っていたではないか、と名前は彼を一瞥して窓の外を見た。校門を入ったところに駐輪場がある。しかし名前も嵐山も駐輪場を使用することはない。理由なんてものは容易に想像が付くだろう。登校するときに自転車を使用せずに徒歩で来るからだ。

 今日の講義は何だっけ、と唐突に嵐山は尋ねた。名前は何だっけな、と頭の中で思考を巡らせた。国際だっただろうか。曖昧だ。ファイルに教科別にプリントを入れているが、全教科入っているためよくわからない。おそらく国際だ、と伝えれば満足そうにありがとうと返してきた。
 講義室に入ればすでに何人かの人がいた。二人でばたばたと席についてルーズリーフを取り出す。名前の前にはボールペンや電子辞書などの必需品は揃っていたが、嵐山のもとにはルーズリーフやシャープペンなどは揃っているものの電子辞書などはなかった。携帯端末は鞄の中に入れっぱなしにしたそうだ。少しだけ項垂れていた。
 准の足なら直ぐだと思うけどもしものことがあったら困るな。名前は溜息を吐いて嵐山の肩をたたいた。

「一緒に使おう。…ていうか、あんなふうに囲まれてるからこういう時困るのよ」
「おお、ありがとう名前!お礼に今度どこか行こうぜ」
「はいはい、いつかね」

 相槌を打って前に向き直る。嵐山は少しだけ驚いて真面目だな、とくすりと笑って名前と同じように黒板に向き直った。
 赤と黒のチェックのシャツとベージュのズボンを着こなして嵐山は講義を聞いていた。たまに名前の電子辞書を借りたりしながらルーズリーフに書き込みをしていく。同じように名前は薄いグレーのカーディガンを羽織り、黒いスキニーパンツを穿いていた。かりかりと音が嵐山の耳に届いていた。
 二人は大学内でも優秀で周りからは「良く出来た子」として認識されていた。名前も嵐山もそれを鼻にかけることなく過ごしていた。それに二人はボーダー隊員だ。片方は広報担当もしている三門市でも有名な人気者。もう一人はボーダー内でトップクラスの戦績を持ち、トリオン怪獣の雨取千佳をも凌ぐトリオン能力を持つ近界民の人物。最近では近界民だとかで何かを言われることは無いらしいが。そんな二人はやはり大学でも目立つ存在だった。
 特に嵐山。毎日のように、ラブレターと呼ばれる恋文を貰い、女子に囲まれる。男子も成績が良く、かっこよく、強い彼を尊敬する人も多いらしく男子からも好かれている存在だった。しかし、名前はそうではなかった。ボーダーで強いと言っても、市民の目の前で圧倒的な強さを見せたわけではない。テレビに出ているわけでもない。強いといわれる彼女も大学では、ものすごく頭のいい端正な顔立ちをした女性でしかないのだ。それでも男子に囲まれる日々も少なくはないが。
 だらだらと講義をする先生も鐘の音で目が覚める。はっとして片付けをし始めた。名前はかたんと立ち上がった。

「ほら、准。この後、防衛任務入ってるじゃない。私も入ってるし」
「そうか!じゃあ、基地に行かないとな」
「当たり前でしょ」

 がさがさと道具をかき集めて抱えた。嵐山もそれに続いて物を片付けた。
 扉を開けて教室を出ようとすると、女子が一斉に嵐山のもとへ集まった。うわ、と声をあげて驚いた顔をする嵐山。名前ははあ、と深く溜息をついて先に行くね、と不満そうな顔をして走って行った。何となくその顔が寂しそうに見えて嵐山は追いかけようとしたけれど、女子が邪魔でどうにも行こうとすることができない。この後にも防衛任務があるから、退いてもらおうとする。その時にとある女子が呟いた。「あの子、本当にボーダーなのかな。あんなに弱そうなのに」
 その声を聞いて、嵐山は強く女子を退けた。きゃあ、と甲高い声をあげて女子は呻く。構っていられるか。嵐山は女子全員に声をかけた。「生憎、俺は名前のことが好きでね。構ってあげられないんだ」
 そう言えば、女子は寂しそうな顔をした。これでいいのだろうか。ボーダーの顔がこんな風に市民を突っぱねて。

「名前!遅れて悪い」
「准…、もう、遅いなあ。遅れたらどうすんのよ」
「…市民を突っぱねちゃったよ」
「……はあ?」

 何を唐突に言うのだろうか。呆然としている名前に嵐山はへらりと笑った。ボーダーの顔が、市民を突っぱねた?何を言うか。がん、と嵐山をロッカーに押し付けた。どうしてそんなことをしたのか。問いただす前に鐘が鳴り響く――鐘が鳴り終わっても耳にずっと残っていたその音。ごめん、とへなへなと呟いた。

「名前と市民では、俺の中では、名前のほうがずっと大切だからさ」
「意味わかんないよ!何してんだよ、ボーダーの…」
「だって、あの時名前、すごく悲しそうな顔をしてたからさ。悲しい顔はさせたくないからさ」
「…馬鹿野郎。城戸さんに、怒られるぞ」

 分かってるよ、と言いながら嵐山はかたかたと震えている、自分を掴んでいる名前の手を掴んだ。
 前から知っていた。名前はボーダーが傷付いたりすることが大嫌いで、どうにかその引き金にならないようにと無理をしていたのを、知っていた。そして、少し嫉妬深くて可愛らしいところ。
 俺たちはテレビとかにも出ているボーダーの顔としても過ごしてきた。だから、大学でも告白されることとかも多くあった。それが気に喰わなかったり、したんだろうか。睨み付けるようにこっちを見つめているのに気付かないと思っていたのだろうか。おれはいつもお前を見ているからわかるのにな。黄色い声よりも、お前がおれを呼ぶ声のほうがずっとずっと良いというのに。鈍感なのか、阿呆なのか。疎いだけか、やはり。

「防衛任務行こ。今日、突っぱねたって言ってたけど、それは忍田さんに言わないから」
「…俺は、何度でもそういうことしそうだけどな。名前がこっち向くまで。なんてね」
「…知らんよ」

 黄色い声なんて聞き飽きてしまった。君が俺の事呼ぶのも、もう、何年も聞いているけれど、それでもお前の声は別格のようで、何度聞いても飽きないんだ。それくらい、好きで堪らないんだ。多分、きっと。

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