「これは名前のためなんだよ」

いつからかはわからないけど、昔からイルミの口癖はそうだった。

私が弱音を吐いたり、泣き出したりしたら二言目にはこれ。でも、こんな言葉は慰めにも宥めにも不十分で、幼い私にはどこか押し付けがましくも聞こえていた。

でもあるいは、もしかすると彼自身言い訳だったのかもしれない。
歳の離れた幼馴染みというだけで他の弟達と同じように稽古をつけてやらねばならず、イルミ自身も不本意なところが多かったかもしれない。
訓練以外では彼は面倒見のよいただのお兄ちゃんだったから、尚更そう思った。
きっとイルミだって好きでこんなことをしているわけじゃないのだ。
昔の私はイルミを嫌いにならないように、自分で自分を納得させていた。

「名前は暗殺者になるために生まれてきたんだよ。今は辛いかもしれないけれど、必要なことなんだ」

けれども毎日のようにそう言われ、毎日のように訓練をし、いつしか私は「名前のため」という言葉に疑問を抱かなくなった。
当たり前のように課される訓練や修行が、本当に当たり前だと思うようになった。
「いい子だね」そしてそれは彼が褒めることもまた得意だったからなのだと思う。

痛みと苦しみを与えるのがイルミならば、その手当てをして褒めてくれるのもイルミだった。
飴と鞭、なんて言葉があるけれど、まさにそれだ。キルアと違って私はいとも容易く懐柔されて、どんなことをされてもイルミに嫌悪感を抱くことはなくなっていた。それどころか一回りほど歳の離れた彼にほのかな恋心さえ抱くようになっていた。

技術が上がれば当然イルミは褒めてくれるし、言葉少なにでも彼は甘やかしてくれた。昔は嫌いだった暗殺者という肩書きは、彼と同じだと思うと特別名誉なことに思えたし、いつか彼のお嫁さんになるんだなんて可愛らしいことも思っていた。「うちに嫁ぐなら強くなくちゃ」その言葉は「名前のため」なんて言葉よりは遥かに魅力的で、私はより一生懸命に訓練に明け暮れた。

そして私はそれをいつしか約束として、心の拠り所とするようになっていた。


「名前、よく頑張ったね」

「うん」

「まだまだもっと鍛えれば伸びると思うけど、これならゾルディックも安泰だね」

「……え?」

ははは、と無表情のまま声を上げたイルミはこれでもおそらく上機嫌。ぽんぽん、と私の頭を撫でると、血がついてるよ、なんて指先で頬を拭ってくれる。足元にはターゲットの死体が転がっていて私は彼の同伴の元、見事に任務を遂行したのだった。

「イル兄、ほんと?私のこと認めてくれるの?」

「名前は才能あると思うよ。このまま頑張ってくれたらオレも安心かな」

憧れの彼に才能があると褒められて、気恥ずかしいようななんだかむずがゆいような気持ちになる。才能があるのはいつだって彼の弟のキルアで、キルアがいる限りイルミの一番にはなれないのだと知っていた。
「……嬉しい」このまま頑張り続ければ、もしかすると彼は私に夢中になってくれるかもしれない。

けれどもここにきてふって湧いた一縷の望みは、次のイルミの言葉で呆気なく潰れてしまった。


「名前にならキルを任せてもいいかな、って思うんだよね」

「え……」

イルミはうーん、と顎に手をやり、考えている様子だった。その綺麗な横顔はどこまでいっても無機質で、そこで初めて彼を理解することはできないのだと思い知らされた。

「キルはちょっと気分にムラのあるタイプだから、名前みたいに堅実な相手でちょうどいいよ。オレが自分で鍛えたから信用も出来るしね」

「……待って、ゾルディックの嫁は強くなくちゃって、まさか……」

─全ては最初からその為に?


確かにどれだけ記憶を辿っても、はっきり結婚しようね、なんて約束したことはない。思いか返せば戯れにさえそんな言葉を貰ったことはなかった。

大体彼と私では歳が離れすぎている。もっと早く気づくべきだった。むしろ信じていた方がどうかしている。
けれどもこうして実際に現実を突きつけられるまでは、ずっとそれが真実なのだと思っていた。それくらい彼の飴は甘く、私を本気にさせていた。

「なんで泣いてるの?名前」

ぽろぽろと頬を伝った涙を、彼は拭ってはくれない。血は拭えども、涙は拭わず、私が泣いたときは決まってこう言うのだ。

「これは名前のためなんだよ」

いつからイルミはこの言葉を言うようになったんだっけ。もう昔過ぎて思い出せない。
憐れむわけでも慰めるわけでも、ましてや馬鹿にするわけでもなく、イルミは淡々と言葉を紡いだ。

「名前は立派な暗殺者になって、キルアと結婚するんだ。いいね?だってそれが名前のためでも、ゾルディックのためでもあるんだから」

それでも私はイルミを嫌いにならないように自分で自分を納得させていた。

彼にはきっと悪気はないのだ。自分のしたことは正しいと思っているに違いない。
本当に心の底から私の、いやゾルディックの為を思ってこうしているのだと。

End


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