今より昔に値する、めんまが生きていた時からわたしはゆきあつに恋をしていた。幼いながらに真面目で意地っ張りで優しくてたまにつんとしていて、少しだけじんたんに当たりが強いところもあるけれど、すきだなあとおもっていたのだ。
 あの頃はわからなかったけれど、今ならわかる。ゆきあつはめんまに恋をしていた、今も昔も恋をしている。恐らくじんたんも、めんまに恋心を抱えている。わたしも含めてみんなみんなめんまを大切におもっていることに変わりないのだとおもう。
 だけれど、死んでも尚ゆきあつの想いを独り占めするめんまがひどく妬ましかったのは事実であるし隣に並ぶつるこを羨んでいたのも事実でしかない。
 わたしはめんまにはもちろんつるこにだって適いっこない、それが蛇のように心に脳に絡みついて離してくれはしなかった。

「放課後の午後四時半に、駅前の時計塔に来てね。きっとよ、ゆきあつ」

 ランドセルを背負ったゆきあつに一方的に約束を押しつけたのはわたしだった。なにを言いたかったのか、だとかどうして約束を紡いだのか、だとかはよく覚えてはいないけれどどきどき恐々とクリーム色のリボンで髪を結んで、チェック柄の赤いワンピースに着替えて約束の場所に走った時の風や夕方へと変わる空気やにおいを忘れられていないわたしは女々しいのかもしれない。
 例えばわたしが時計塔へ行けなかったら、だとかゆきあつが時間になっても来なかったら、だとか交通事故に遭ったら、だとかこれっぽっちも考えなかったし必ず守られるものだとおもっていた。
 結論的に言うとゆきあつとは会えなかった。テレビ塔にも時計がついていたことをうっかり忘れていたわたしがわるいのだ。ゆきあつはそっちに向かった。
 たった一度きりのあの約束はどこかに消えてしまっても、変わらずただの幼なじみで伝えることのないであろう気持ちがひそりと息を潜める。

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 ゆきあつ、すきよ。
 声にならない気持ちはいつもわたし心を這う。

 伝えたいことがあるの、放課後の午後四時半に、駅前の時計塔に来てね。きっとよ、ゆきあつ。

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 ゆきあつがめんまを想い続けるように、わたしもいつかまですきでいるのだろうとおもう。
 松雪集に恋い焦がれたこの想いはじりじりと心を這い、記憶に脳に気持ちにそっと跡を残していってわたしはきっと、一方的な約束をしたことも夕方の空気もぜんぶ覚えたまま生きていく。

「ねえ、松雪くん。めんまのおねがい叶えに行くよね」
「ああ」
「だとおもった。あの秘密基地に来てね、きっとよ」
「わかってるよ、苗字。今度は間違えないから、だいじょうぶ」

 間違ってもめんまのことだもんね、と声に出すのははばかられた。ゆきあつはめんまだけじゃなくてつるこやあなるやわたしとも約束は守ってくれるとおもう。ぽっぽやじんたんとはわからないけれど、一方的な約束すら守ってくれる律儀なひとだ。それを、わたしは、嫌なおんなだなあ。
 心臓がざわざわと波を立てる様に気持ちわるさを覚えて、眼球の奥がずきりと鈍く痛む。
 つんとわたしを見た彼は笑わず瞳の奥を歪め「そんな顔するなよ」と紡ぐ。へらりと「そんな顔ってどんな顔してる?」なんて聞けば「微妙な顔してる」と言う。わたしは今フクザツな気持ちなのかとそこで改めて気づいた。いっそ幼児のようにじたばたとわめき散らすことが出来たなら楽なのに、わたしは大人に片足をかけているのだからそんなみっともないことは出来ない。

あれからずっと宙ぶらりん

 めんまがいなくなってから超平和バスターズはばらばらになった。ちぐはぐな七人を細い糸で繋いでいたのはめんまだったのかもしれない。自分も声に出してはあだ名で呼べなくなっている癖に、ゆきあつに苗字で呼ばれることが寂しいなんてわがままを抱く。
 昔に「約束ね、きっとよ」が自分の口癖のようなものだと気づいたけれど、止められてはいない。ゆきあつに恋することもめんまのおねがいを聞いて成仏させようと動いていることも止められはしない。また、超平和バスターズがあだ名で呼び合える日が来る。
 告げることのない二文字の言葉はスライムのようにぐにゃぐにゃと変形したまま伝わる術も与えられず、火傷の跡のように完全に消えることはないだろう。わたしはこの宙ぶらりんな気持ちを抱えて誰かに唇の端や目尻を歪めて、さもしあわせそうに笑いかけ続けるのだ。そうやってなんともないように「大人」をこなしていくのだとおもう。

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 めんまを含めた超平和バスターズでかくれんぼをしていた、もういいよーう、めんまみいつけたあ。みるみるうちに成仏してみんな泣いた。わたしも涙が溢れてぐずぐずと鼻を啜った「めんまぁずっと仲間だからね」誰がともなく口々にあの子のなまえを呼んだ。
 性別は関係なくみんなから愛されてたのは彼女である。近いうちにめんまがすきだったものを持ってこよう、花束を手向けにこよう。瞼を片手で覆ったゆきあつやしゃがみ込んだあなるたちに「わたし、次くる時、家からお花持ってくる。めんまがだいすきだった花束にする、きっとよ」と呟けば「おまえの家、花屋だもんな」なんてゆきあつが喉を震わす。
 この雰囲気に恋心だとか存在しないも同然だけれど、それだけでも覚えていてくれてなんだか嬉しくおもったよ。不謹慎極まりなさすぎて、申し訳なさと悲しみで涙が溢れた。


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