隣でスヤスヤと眠るのは今回のオレのターゲット。

頬にかかる髪をそっと避け細くて真っ白な首筋に手をかける。


―この依頼が入ったのは約半年前。

『某マフィア幹部の隠し子を暗殺せよ。』

その隠し子こそが彼女だった。

依頼人は彼女の実父。
隠し子がいることが周りにバレて厄介事になるのはごめんなんだろう。

通常なら小指1本でも息の根を止められるこの哀れな女をなぜかだか殺すことが出来ず
気が付けばオレは半年もの間ほぼ毎日彼女の元へ通い詰めていた。


偽名を使い、表情のないこの闇に染まる顔を必死に隠して。

そして『愛している』などという嘘をつき彼女を騙し続けたんだ。

その嘘を言うと彼女はいつも嬉しそうにはにかんだ。

そんな彼女をもっと見ていたくて。

殺さなくてはいけないのに【あともう少しだけ】という邪念が任務遂行の妨げとなっていた。

この不思議な感覚が俗世界で言う【同情】なのだろうか?
身勝手な男の欲望の果てに生まれ、その男の都合で人生を終える事となる不運な彼女への同情。


しかしそれも今日まで。
まんまと騙され続ける馬鹿で哀れな彼女は今夜ここで命を終える。

ずるずると生かしてしまったが約束のタイムリミットは明日の午前0時。
それまでに彼女を殺し親父に連絡を入れなくてはならない。


オレは首にかけた手に力を入れる。

食事に毒を混ぜることだって出来た。
入浴中に溺死させる事だって出来た。

それなのにくだらない同情のせいで結局彼女が眠るまで何もすることが出来なかった。


「…ッ…!」


苦しそうな彼女を見て慌てて手を離した。
ぜえぜえと息を整える彼女は目を開きオレを見て微笑む。


「…ッハァ…どうしたの?殺さないの?」

オレは彼女から距離を取り針を構えた。
手は振るえ、狙いを定めることも出来ない。

「…私知ってたんだよ。
貴方が私を殺そうとしていることも…名前も職業も全部嘘だって事も。」

彼女は相変わらず微笑み両手を広げ目を瞑った。

「…不思議ね。これから殺されるのにちっとも怖くない。
ねえ。最後にひとつだけ聞いてもいいかしら?」


言葉の出ないオレはこくりと頷く。


「貴方の本当の名を教えてくれない?」


「…イルミ。イルミ=ゾルディック。」

フルネームを伝えたのは彼女を怖がらせる為じゃない。
ただ彼女には本当のオレを知ってほしかったから。

震える手で針を構えたオレに彼女は近づき
そしてオレの身体をぎゅっと抱きしめた。


「ありがとうイルミ。偽りでも私を【愛して】くれて。
天国でまた会う日までに、うんと綺麗になっているから。
貴方が本当に私を愛してくれるようにお空の上で頑張るわ。」


オレは「わかったよ」と頷きそのまま針を彼女に突き刺した。
痛くないように苦しくないようにと決めた位置。

オレは眠るようにゆっくりと息を止めた彼女をそのままずっと抱きしめ続けた。

涙腺を刺激するような針も打っていないのに涙が止まらない。
これが【同情】から来るものではないことはもうわかっていた。


日が昇り始め、オレは彼女をベッドに寝かせるとそのまま部屋を後にする。
朝になったら依頼人が遺体の確認に訪れるという事は事前に聞かされていたから。



【天国でまた会う日まで】



彼女の最後の言葉を思い出し目尻に溜まる少しの涙を拭う。


「やっぱり馬鹿だなキミは。
オレが天国になんていけるはずないじゃないか。最後まで騙されてやんの。」


最初からキミとオレは生きる世界が違ったんだ。
だからもう二度と会うことなんて出来ない。

仕事用の携帯が震え、次の依頼が舞い込んできた。

オレは上を見上げ眩しい太陽の光に手を翳す。

すっきりと晴れた青い空はいつもよりも高く見えた気がした。


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