side:シャルナーク





カタカタと部屋にパソコンの音が響く。

「―――!」



画面に出た情報に俺は満足気に笑った。









4










「団長、俺ちょっと外出てくるね。」

街外れの大きな廃墟の中。
窓から差し込む日差しが部屋を照らす、そんな午前のこと。

リビングのソファに座っていた団長にそう声をかけた。

「ルーエルか?」

さすが団長。お見通しのようだ。

「うん。さっき昨日で試験が終わったっていう情報が出てた。おそらく午前中に講習受けて午後には解散になるはずだよ。」

「迎えに行くのか?」
「もちろん。」

当たり前でしょ、と言うと団長は可笑しそうに笑った。

「ちゃんと連れて帰って来いよ。」
「・・・どういう意味?」
「朝帰りは許さん。」
「・・・親父かよ。」

久しぶりに父親っぷりを発揮した団長に思わず溜息が出る。
そんな俺の背中を思いっきりバシッと叩いた人が一人。
「ルーエルに手、出したらソレ・・使いもんにならなくさせるから。」

そう言って俺の下半身に目を向けるマチ。
そんなマチに頬が引き攣るのを感じながら、俺はハハッと笑った。

「肝に銘じておくよ。」






ーーーー・・・





ここは最終試験が行われている街の一角。
最終試験場所を特定した俺達は、数日前からこの街に滞在していた。

「確かこのホテルだよね。」

携帯を取り出し確認をする。


(この建物の中に、ルーエルが・・・)


きゅっと手に持った携帯に力を入れた。

4年という長い時を経て、今、ルーエルにもっとも近い場所に俺は立っているんだ...。

喉に、熱いものが込み上げてくる。
今すぐこのホテルに駆け込みたいという衝動を必死に抑え、俺はゆっくりと息を吐いた。
辺りを見回し、少し歩いたところに大きな広場がある事に気付く。

(あそこなら分かり易いし、時間も潰せるかな。)

俺はホテルに向けていた足を横へと動かし、歩き出す。
ホテルを背に、彼女との再会に思いを馳せた。






 * *







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フレイヤ様


最終試験会場のホテルを出て右にある広場のベンチ
にてお待ちしています。


シャルナーク

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カタカタと打ち込んでいた手を止め、文章を読み返す。

(この書き方で分かる、よね。ルーエルだって成長してるだろうし、こんな短距離で迷子になるってことは...)

そこまで考え、過去に一度おつかいを頼んだ時のことを思い出す。

あれは確か商店街で買い物をしていた時だった。
ルーエルに、すぐ角を曲がったところにあるパン屋さんで食パンを買ってきて欲しいと頼んだのだ。
元気よく頷き駆け出していったルーエル。
平和な街だし、すぐそこだからと俺は安心しきって残りの買い物を済ませていたのだが...

食パン買うだけなのに、30分経っても戻って来ない。
おかしいなぁーと思ってパン屋に行ったらそんな女の子来てないって言われて。

(すっごい慌てて探し回って、結局1時間後にパン屋とは真逆の方向で見つかったんだよねぇ。)

その時のことを思い出して苦笑する。
見つけた時のルーエルの顔が面白くて...


『ルーエル!どうしてこんなところにいるの?!俺、心配したんだよ!』

『ねぇ、シャル。パン屋さんなんてどこにもないよ?』


少しキツめに怒った俺に対し、ルーエルは謝るどころか頬を膨らまし、不満そうに『シャルの嘘つき』と俺にそう言ったのだ。

その後『パン屋は真逆の方向だよ』と教えれば、彼女はしまった!とばかりに、慌てて俺に謝ったのだった。


(ま、今回はちゃんと右って書いてるし大丈夫だよね。)

うん、と納得し送信ボタンを押す。
小さく息を吐き、俺は空を見上げた。




――再会したら、まずどんな言葉を掛けようか...




そんなことをボーッと考える。
時計の針が進むにつれ、俺の鼓動がどんどん速くなっていく気がした。








・・・ーーーー







陽がだんだん傾き始めた頃。

(もう講習は終わってると思うんだけどなぁ...)

携帯を取り出しメールを確認する。
相変わらずルーエルからの返信はない。

(もしかして見てない、とか?)


・・・・有り得る。


あれは仕事用のアドレスだろうし、そもそも電源を入れてないという可能性もある。
4年経った今ルーエルがどう成長してるか分からないが、4年前のルーエルは間違いなくどこかしら抜けていた。

(それとも、何かあった・・・?)

じんわりと心に広がった不安に首を横に振る。
ルーエルはあの情報屋フレイヤだ。達成率ほぼ100%で仕事も速い。
裏の世界にあれだけ名を響かせている彼女が弱いわけがない。

(念も覚えてるし試験に不合格ってこともないはず...。)

ただ一つ、頭に過ぎったヒソカの存在。
ヒソカはあの時ルーエルに攻撃されたと言っていた。

『今のボクじゃ、彼女に触れることすら出来ないからね。』

そう言って笑ったヒソカの言葉に嘘はなかっただろう。
だからこそ、ある一つの可能性を否定できない。

――戦闘狂の奴のことだ、試験中にどこかでルーエルに戦いを挑んでいるんじゃないか?

ヒソカの強さは俺達がよく知っている。
例えルーエルが強くなっていたとしても無傷では済まないだろう。

(・・・どこかで動けない状態になっていたらどうしよう。)

もしかしたら最終試験にすら参加出来てないかもしれない。
一度生まれた不安は心の中で徐々に大きくなっていき、携帯を握る手に力がこもる。


その時――、

ザァァァアアア...っと一陣の風が広場を駆け抜けた。

風に巻き上げられた髪を手で抑える。
突然の強風に驚きながらも、俺はなんとなく風の吹いてきた方向へと顔を向けた。


その瞬間、視界を埋め尽くしたのは輝く白金色。


澄んだ水の色をそのまま写したかのような空色の瞳が、驚いたようにこちらを見ている。
まだあどけなさの残るその顔は自分がよく見知ったもので...。


「シャ...ル――――っ!」


鈴が転がるような声が、俺の鼓膜を震わせた。


時が止まったかのように、その場から動く事が出来ない。
気付いた時には腕の中に懐かしい温もりがあった。



『久しぶりだね!』『元気にしてた?』『会いたかったよ。』

ルーエルを待つ間ずっと頭の中でシュミレーションした言葉も、本人を前にすると上手く出てこなくて...

ただただ、俺の腕の中で肩を震わす彼女を強く抱きしめる事しか出来なかった。
いや、違うな...。
強く抱き締めた方が、言葉にするよりも伝わると思ったんだ。

腕の中にすっぽりと収まってしまう彼女の小さな――けれど、4年前よりも成長した身体。
温かくて、柔らかくて、ふわりと鼻を掠める懐かしい香りに愛しさが込み上げる。

愛しくて、愛しくて。


あぁ、やっと『戻ってきたんだ』と、心の底から安堵した。







 * *







どれだけそうしていたのか・・・。
とても長い時間に感じられたけど、実際はものの数分だったのかもしれない。
俺達はどちらからともなく身体を離すと、お互いに少しだけ照れ笑いをした。
何にしてもまずは話をしなきゃ、と俺は今まで座っていたベンチへとルーエルを促し、俺もその隣に腰を下ろす。

改めて見るルーエルはとても美しく成長していた。
子供らしさが抜けて大人の女性になったように思う。
そんな彼女の姿に、僅かに鼓動が速くなった自分に気付き内心苦笑する。

何か喋らなきゃ、と思って咄嗟に出た言葉は『元気にしてた?』という何ともありきたりなもの。
俺が言いたいのはそんなことじゃないだろうっ...!と脱力した。
しかしそんな俺の言葉にもルーエルは笑顔で答えてくれて。
そんな彼女に、少しだけ緊張が解けた気がする。

「シャルは?」

そう聞き返した彼女に、元気だったよ、と言おうとして・・・だけど咄嗟に『内緒』と言ってしまった。
全然平気だったと格好を付けたかったのに、何故か嘘はつけなくて...。

「なにそれ!・・・病気?」

はぐらかした俺にムッと頬を膨らませたルーエルだけど、次には心配そうに俺の顔を覗き込んでそう聞いてくる。
4年前と変わらない彼女の姿に、何故か泣きそうになった。

「はは、病気はしてないよ。・・・ルーエルが心配でしばらくは元気なかったかな。」
「―――!・・・ごめん、なさい。」

そう言って俯いた彼女に、何をやっているんだ!と自分を殴りたくなった。
ルーエルに謝らせたいわけじゃない。
逆なんだ...俺が、俺が一番に彼女に言わなきゃならない言葉だろっ!

「ううん。俺の方こそ...守れなくてごめん。」

本当に、何をやってるんだ俺は。
ルーエルと再会したら今度こそ、その手を離さずに君をリードしていこうと決めていたのに。
相手に向かって駆け出したのも、謝罪の言葉も、そして―――、

「自分を責めないで。それに、シャルはちゃんと守ってくれたよ。」

固く握り締めた拳にそっと手を添えて、心のしこりを溶かしてくれるのも...

全部、ルーエルが先だ。

――あぁ...本当は全部俺が君にしてあげたかったことなのに。


目の前で俺が贈った指輪に触れ、嬉しそうに微笑むルーエル。

「ヒソカに捕まった時にね、この指輪が私に勇気をくれたの。シャルの言葉を思い出して、私は冷静になれたんだよ。ちゃんと正しく、自分の持つ力を使うことが出来た。」

――いつだって、シャルは傍にいてくれたんだよ。


その言葉に、今まで張り詰めていたものが一気に崩れた気がした。
込み上げてきた感情に咄嗟に俯いてルーエルから顔を逸らす。

「ルーエル・・・。本当に...っ、生きてて良かった。」

やっとのことで絞り出せた言葉は、これだけだった。
頭の片隅で、もっと気の利いた言葉があるだろう!と叱咤する自分がいたが、今は言葉に出来そうにない。
この時俺は初めて、いや...改めて、と言ったほうがいいだろうか。

自分がどれ程弱っていたのかを知った――。



不意に、涙を堪えるためにグッと握りしめていた手が温もりに包まれた。
ハッとして俯いていた顔を上げる。

「心配をかけて、本当にごめんなさい。これからはずっと傍にいるよ。
・・・ううん、傍にいさせて下さい。」

しっかりと俺を見つめる空色の瞳。
その大きな瞳に僅かな不安が見え、俺は小さく目を見開いた。

(あんなことがあって・・・この4年間、ルーエルが不安にならなかったわけがないじゃないか。)

はじめに俺が弱さを見せてしまったから...
ルーエルだってきっと不安を吐き出したいはずなのに。

(いつまでウジウジしてるんだ俺!)

弱った心に喝を入れ、しっかりとルーエルと向き合う。
そしてルーエルの言葉に頷き返し、ニッと悪戯に笑った。

「もちろん。ルーエルが嫌だって言ったって、もう絶対に離さないんだから。」

からかい口調にそう言ったけどもちろん本気。
シリアスばっかりなんてらしくないよね。
きっとこれが、いつもの俺だ。
そんな俺にルーエルの表情が緩む。

「私もよ。これからは、何があっても離れずにいようね。」

嬉しそうに笑ってそう言ったルーエルに、先程見えた不安はもうない。
その事に俺も嬉しくなった。
自然と二人の距離が縮まり、コツン、とおでこ同士が合わさる。

――懐かしい感覚に、4年前のあの日が頭を過った。


「ねぇ、シャル。4年前のあの日も、こうして笑い合ったね。」

ルーエルも同じように思い出したのだろう。
そう、4年前の――

「・・・そうだね。俺達が、両思いになった日。」

そして、俺達が離れ離れになってしまった日。

敢えて口にはしなかったけど、ルーエルも同じことを思っていると思う。


あの日、確かに俺達は両思いになった。
だけどあの日に交わした約束を、伝えるはずだった言葉を、俺はまだ君に伝えることが出来ていない。

(あの時の約束が果たされない限り、きっと俺達は前に進めない。)

小さく息を吐き、ルーエルから離れる。
首を傾げながら俺を見上げるルーエルに、俺は少し緊張しながら言葉を掛けた。

「ルーエル・・・指輪、借りてもいい?」
「?うん、いいよ。」

戸惑いながらも左手中指から指輪を抜き俺に渡すルーエル。
俺はその指輪を大切に受け取り、自分の左手に嵌っている指輪も抜くと手のひらに2つを並べた。

ゆっくりと息を吐き、改めてルーエルに向き合う。
俺の変化に気付いたのか、ルーエルも背筋を伸ばして真剣な表情になった。

「ルーエルに、話さなきゃならないことがある。」

その言葉にハッとするルーエル。
俺が何を話すのか気付いたのだろう、ルーエルはすぐに聞く体制に入ってくれた。
その事に感謝しつつ、俺は4年前に言えなかった事実を述べた。

俺達の正体・・・俺達が、何をしてきたのかを――。


「俺達は、蜘蛛――通称、幻影旅団。窃盗、殺人を活動の主とし、たまに慈善活動もする危険度Aクラスの賞金首。
それが、俺達の仕事だよ。」

ルーエルはもう既に知っているだろうが、ちゃんと自分の口から伝えたかった。
そして今から言うことはきっと...ルーエルも知らないこと。

「ルーエルは俺達の獲物ターゲットだった。だからあの日、俺達はあの城を訪れたんだ。
目的は君の『言霊』。詠使いの話を聞いた時、俺達はその能力は念によるものだと思っていたからね・・・。
だから、その能力を盗む・・為に君と接触した。」

俺の言葉に目を見開くルーエル。

「じゃあ、国の人達を殺したのはシャル達?」

おそらくただの疑問なのだろう、そこに責めるような感情はない。
だけど俺はこの質問に対して言葉を濁した。

『ルーエルが殺した』という事実を話すべきか、話さないべきか―――。

この時、俺は迷ってしまったんだ。

「俺達、ではないかな。
俺達が来る前に別の盗賊が城を襲っていたみたいなんだ。
俺達が国に着いた時には・・・そう、生きてる人はいなかった・・・・・・・・・・・。」

敢えてこういう言い方をする事、それが今の俺の精一杯だった。

だから――、


「それって...住民もって事よね?シャル達の前に来た盗賊達がやったの?」


そう解釈したルーエルに、俺は曖昧に笑うことしか出来なかった。
この時に本当の事を言っていたら、この先起こるあの出来事・・・・・を回避する事が出来たのだろうか...。

――今になっても、それは分からない。



「本当は城でルーエルの能力を盗んだら、ルーエルは置いて帰るつもりだったんだ。
だけど、君を見た団長が君に手を差し伸べた。本当に予想外だったよ。」

その時のことを思い出して思わず笑ってしまう。

「君を連れ帰った時、団長は言ってた。『こいつに世界を見せてやりたい』って。
それは俺達、旅団みんなの総意だった。
『寒い』って言葉すら知らない君に、その真っ白さに...曇りのないその笑顔に、俺達は惹かれたんだ。」

何色にも染まってない君がとても綺麗だと思った。
俺達が触れたら汚れてしまうのではないかと最初は怖かったけど、君が俺達に向けた笑顔にそんな心配は吹き飛んだんだよ。

「そんな良いものじゃなかったわ。ただの物知らずなお馬鹿さんだったもの...。」

そう言って少し顔を赤くするルーエルに笑みが溢れる。

「はは、可愛らしかったけどね。でもルーエルは馬鹿ではないよ。ただ物事を教えてもらって来なかっただけ。
俺達が教えたことはどんどん吸収していったし、理解も早かったもん。」

これは本当にそうだった。
教わってこなかったからこそ、その知識欲は底を知らなくて。
ルーエルは色んな本を読み、また分からないことは俺達に聞くことでどんどんと知識をつけていったのだ。

「それはみんなの教え方が良かったからだよ。
同じくらいの歳なのに、みんなはしっかりと自立して動いている。憧れだったわ。私も早くみんなみたいになりたいってずっと思ってた。」

そう言って肩を竦めたルーエルに、後ろめたさが込み上げる。
俺達はルーエルに憧れられるような人間じゃないよと、思わず視線を逸らした。

「ルーエルに教えてきた事は、俺達の生き方とは真逆の事だった。いつかは言わなきゃって思ってたのに・・・。
ルーエルに拒絶されることを恐れて、俺達はずっと言えないでいたんだ。それが結果的にルーエルを傷付けることに繋がってしまった...。
4年前、ヒソカに聞いたんだろう?俺達が幻影旅団だと――人殺し、なんだと。」

確認するように問えば、ルーエルは否定することなく頷いた。
その事にチクリと胸が痛む。

(俺達が人殺しだってこと、やっぱりショックだったよね...。)

自分達がずっと隠してきたことでルーエルを酷く傷付けてしまった。
俺達は、ずっとその事を後悔していたんだ...。

「確かにヒソカから聞いた時は驚いた。だけどね、不思議と嫌だ、とか、怖い、とは思わなかったの。」

ルーエルのその言葉に俺は目を見開き、思わず顔を上げた。
目の前には俺を安心させるように微笑んだルーエル。

「浮かんだのは、目が見えるようになったあの日・・・初めて見た、みんなの優しい笑顔だったわ。
私にとってはどっちだって良かったの。みんなが悪人でも善人でも、私にとってはかけがえのないたった一つの家族なんだもの。」


『帰る場所は変わらないわ。』


その言葉に、ルーエルの笑った顔に。
俺は情けなくも顔をくしゃりと歪め泣きそうになったのだった。

そっとルーエルを抱き寄せ、耳元で小さくお礼を言う。
少し掠れてしまった『ありがとう』に、ルーエルは小さく笑って『どういたしまして』と返してくれた。

やっと、4年前のあの日と繋がった気がした。

抱き締めていた手を緩め、そっとルーエルから離れる。
改めてルーエルと向き合い、今から彼女に伝える言葉を頭の中で何回か繰り返す。
心臓がバクバクと煩い...こんなに緊張したのはいつぶりだろう?

小さく深呼吸をし、真剣にルーエルを見つめた。
 

「ルーエル、君が好きだ。こんな俺だけど、付き合って欲しい。」


4年前に言えなかった言葉を、今―――。


目の前のルーエルが驚きの表情になる。
しかしその表情は次第にくしゃりと歪み、何かに耐えるかのようにきゅっと目が閉じられた。
そして次にその目が開いた時、その瞳には喜びの色が。

「私も、シャルが大好きです。お付き合い、宜しくお願いします。」

そう言って幸せそうに笑ったルーエル。

――あぁ、俺はルーエルのこの顔が見たかったんだ。

なんて頭の片隅で思う。
4年間もずっと俺を想い続けてくれてありがとう。
俺達から離れて自分の足で立てるようになって尚、帰る場所がここだと言ってくれてありがとう。

生きていてくれて、本当に...


「ありがとう。」


俺は手の平に乗せていた指輪――蒼い宝石がついたもの――を一つ取ると、そっとルーエルの左手を持ち上げた。

4年前は中指に通した指輪。
今度は、薬指に――。

(・・・薬指は嫌、とか言われない...よね?)

薬指は結婚する人と、とか女の子は拘ったりするのかな。
なんてことが頭を過ぎり僅かに不安になる。

(まぁ、もう通しちゃったんだけど...)

チラッとルーエルの顔を伺う。
薬指を見つめるルーエルの表情に、そんな不安が過ぎった自分は馬鹿だな、なんて思った。

こんなに嬉しそうに...幸せそうに笑ってるのにね。

左手薬指に嵌った指輪を胸の前できゅっと握り締めるルーエル。
そんな彼女に、自分はとことんルーエルに関しては自信がないんだな、なんて苦笑した。

そんなことを考えていると、ルーエルが握り締めていた手を解き俺の手の平に残っているもう一つの指輪を手に取った。
そっと俺の左手を持ち上げたルーエルに驚きつつ、されるがままにしてみる。
緊張しているのかぎこちない動きで、だけど一生懸命俺の薬指に指輪を通すルーエル。

そんな光景が夢のように感じた。

それほどに幸せで、ずっと待ち望んだもので、やっと手に入れられたものなんだ。


そっと俺から手を離し恥ずかしそうに俯いたルーエルの顔を覗き込む。

「照れてる?」

からかうように聞けば、

「だって...シャル、かっこいいんだもの。」

思わぬ可愛い返事が返ってきた。
あまりの不意打ちに一気に顔に熱が集まる。

「ルーエル、不意打ちはズルいよ。」

真っ赤になった俺を見てクスクス笑うルーエルになんだか悔しさが込み上げて、ふと思い付いた悪戯。
その悪戯に俺はニヤリと口角を上げた。

そしてルーエルに顔を近づけその耳元で――、

「そんな可愛いこと言う人は、キスしちゃうよ。」

少し吐息混じりに色っぽく言えば、予想通りルーエルの顔は真っ赤に。
ははっ、大成功!
あわあわと慌てるルーエルが可愛くて小動物みたいで...うずりと、心が疼いだ。

(あー、やばい。このまま二人で夜も過ごしたくなってきた。)

本当にキスしたらルーエルはどんな反応をするんだろう?その先は・・・?
なんて考えて、今朝の団長とマチの言葉を思い出す。

(・・・マジで使い物にならなくなったらシャレにならないな。)

今日は諦めよう。
せめても、と俺はルーエルの頬に軽くキスをしてから離れた。

「ずっとこうしていたいけど、俺だけ独り占めはみんなが怒るからね。そろそろ移動しようか。」

ぐっと伸びをしながら立ち上がってそう言えば、ルーエルは慌てたように俺に待ったを掛けた。

「シャルに紹介したい人がいるの。」
「俺に?それって、俺が蜘蛛だって知ってる人?」
「えぇ、会えば絶対に分かるわ!」

嬉しそうに頷くルーエルに首を傾げる。
俺のこと(正体含む)を知ってるってことは、俺もその人を知ってるってことだよね?
かつ、この様子だとルーエルとはかなり親しい...しかも『会えば絶対に分かる』?

(そんな人いたかなぁ?)

俺とルーエルの共通の知り合いなんて、いくら記憶を探しても見つからない。
まぁ、ルーエルが俺に紹介したいって言うくらいだから害はないんだろう。
疑問に思いながらも、俺は『分かった』と頷いた。

そんな俺に嬉しそうに笑い、ルーエルは『こっちよ!』と前を歩いていく。
そんな彼女の後ろ姿に心が暖かくなった。
大きく一歩を踏み出し彼女の隣に並ぶ。
そして、優しくその手を取った。

驚いたように俺を見上げる彼女に微笑む。
僅かに頬を染めたルーエルが可愛くて、握った手から伝わる温もりが幸せで・・・。

立ち止まったルーエルが背伸びをして俺の髪に触れる。
揺れた髪がくすぐったくて思わず目を細めると、ルーエルはクスっと小さく笑みを溢した。

「あの頃よりも背が伸びたね。」

そう言う彼女が愛おしくて、

「君の方こそ、綺麗になった。」

4年前より少しだけ短くなった髪を、そっと撫でた。




辺りが夕闇に染まり出す中、再びお互いの手を取り歩き始める。
チラリとルーエルを盗み見れば、彼女も俺を見ていて。
俺と目があったのが予想外だったのか慌てて目を逸らすルーエル。
そんな姿が可愛くてくすくすと笑う。

こんな時間が、とても幸せだった。



「あ、そう言えば...。
良い忘れてたんだけど、そのワンピースすごく似合ってる。
とっても可愛いよ、ルーエル。」



本当は君を見た時から思ってた。
4年前よりも成長した身体。
膝丈のスカートから覗く足はスラリと長くとても綺麗で、上半身の膨らみには自然と目が言ってしまう。
(俺も男なのでそこは許してほしい。)
そして、純白のワンピースはルーエルの美しさをより引き立てていた。

(うーん、これからずっと一緒にいて俺、我慢出来るかなぁ?)

無理強いはしたくない。
だけど、恋人らしいこと・・・・・・・をしたいのも事実。


――――男の見せ所だな!



なんて、気合をいれたのは秘密。








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