仲間であるということ




「このお菓子、テーブルに置いてくれる?」
「はいよー。」

簡易キッチンからエレフへとお菓子の乗ったお皿を渡す。

ホテルの1室。
とても広く造りのお洒落なこの部屋はこのホテルのスイートルーム。



私がみんなとの話し合いの為に借りた部屋だ。



















「エレフが来るとは思わなかったわ。あまり楽しいお茶会にはならないわよ?」

ティーカップを人数分テーブルに並べながら私は苦笑した。

「キルアって子の事もあるし、俺もあの人達と話してみたいからね。」
「それだけじゃないくせに。」

大きい窓から見える街の景色に感心しているエレフの背中に呟く。




『ゴン、クラピカ、レオリオ。この後、時間ある?お茶でも飲みながらお話しない?』

『・・・・・』
『もちろんだぜ。俺もそのつもりだった。』
『俺もだよ!』

『ありがとう。このホテルのスイートルームを借りてるの。ゴンはハンター講習残ってると思うからそれが終わったらみんなで来て。』



ハンター講習が終わったあと、私は彼らに声を掛けた。
その時のぎこちない空気をエレフは鋭く察したのだろう。

『なに、お茶会?いいなぁー、俺も参加させてよ。』

にっこりと笑ってそう言ったエレフに一度は断りをいれたものの、『中途半端に関わりあるの気持ち悪いしちゃんと挨拶したい』との言葉に私は迷いながらも頷いたのだった。



「それにしても、いつの間にこんなお茶とかお菓子買ってたの?」

すぐ近くで聞こえたエレフの声にハッと顔を上げる。
横を見上げれば、エレフがハーブティの入れ物を持ち上げ見ていた。

「メンチちゃんと試験前にお買い物に行ったの。その時に買ったのよ。」

私がそう言えば、エレフは眉を寄せ私の顔を凝視した。
そんなエレフの顔に思わず首を傾げる。

「なに?」
「いや・・・メンチ、さんってあの試験管の?」
「えぇ。彼女、私と同い年なの。それを知った時にさん付け禁止!って言われちゃって。」

でも同い年のお友達が出来たの初めてだから嬉しいわ。
そう言って笑えば、エレフは納得したように頷き微笑んだ。

「そっか、良かったな。」
「・・・・」

いつも思う。
エレフの私を見る眼差しはとても暖かくて優しい。
どこか慈しむようなそれを、私はずっと不思議に思っていた。

「ん?俺の顔に何かついてる?」

私がじっと見ている事に気付いたのか首を傾げるエレフ。
ペタペタとほっぺたの辺りを触るその姿が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

「ううん、エレフは優しい顔して笑うなぁーって思っただけよ。」
「・・・ルーエルにだけなんだけどね。」
「ん?」

ボソッと呟かれた言葉が聞き取れなくて首を傾げる。
そんな私に、エレフがそっと手を伸ばし左耳に触れた。
シャラン...と若草色のイヤリングが揺れる。

「風の精霊とも契約したんだ。」
「・・・えぇ。」
「俺を助ける為に、だよね。」
「きっかけはそうね。でも、いずれシルフとも契約するつもりだったわ。」
「身体、辛くない?」
「えぇ、全く!エレフとの修行のお陰ね。」

元気だとアピールするように胸を張って笑えば、彼は少し切なそうに目を細め、そして、ゆっくりと私へと顔を近付けてくる。

「エレフ?」

彼の前髪が瞼に触れると同時、私は彼の名を呼んだ。
その瞬間ハッとしたように身体を強張らせ、エレフはすぐに手を離し私と距離をとる。

どうしたのか声を掛けようと口を開いて、しかしそれは扉のノックの音で遮られてしまった。

「ゴン達かしら。」
「かな。出てあげなよ。」

ケロッとした声音でそう言うエレフを思わず見上げる。
ん?と笑うエレフはいつものエレフで。
先程の雰囲気は気のせいかな?と首を傾げつつ私は扉へと向かった。




「・・・・はぁ。何やってんだ、俺。―――敵わないってのにな...。」




ーーーーー




「はぁーい!」

ガチャリと扉を開ければ、そこにはゴン・クラピカ・レオリオの姿が。

「お待たせ!思ったより時間かかっちゃって・・・ごめんね。」
「いいえ、お茶の準備をしていたし丁度いいタイミングだったわ。さ、入って。」

そう言ってリビングへと案内する。
テーブルを挟んで向かい合うように置かれたソファーの下座には既にエレフが腰掛けていた。
上座の方に三人を促す。

「お茶の準備をするわ。ハーブティでいいかしら?あ、ゴンはジュースの方がいいかしらね。」

そう聞けばみんな頷いてくれたので、準備をしに簡易キッチンへと向かう。
そしてポットにハーブティの茶葉とお湯を入れ、ゴン用にグラスにオレンジジュースを入れた。
それをトレーに乗せテーブルへと運ぶ。

「お待たせ。」

テーブルの中央にポットを。
ゴンの前にオレンジジュースを置き、私もエレフの隣へと腰掛けた。

「まず、みんなに紹介したい人がいるの。」

そう前置きして私はエレフに視線で先を促す。
彼は一つ頷くとゴン達に改めて向き合った。

「俺はエレフ。フレイヤと同じ魔族だ。ちなみに18歳ね。」
「エレフとは軍艦島で会ったのよ。魔族の事とか魔法の事、色々教えてもらっているの。」

エレフの自己紹介に一番に顔を明るくしたのはゴンで。
ソファーから身を乗り出しエレフへと手を伸ばす。

「俺はゴン!12歳!よろしくね、エレフさん!」
「エレフでいいよ、ゴン。君とは初めて顔を合わせるね。」

ゴンの手を取り握手を交わすエレフ。
次に手を差し出したのはレオリオだった。

「俺はレオリオだ。さっきはどーもな。ちなみに19歳だぜ。」
「呼び捨てで構わないか?」
「あぁ、もちろんだ、エレフ。」
「ありがとう。よろしくな、レオリオ。」

にこやかに握手を交わす二人。
そして、エレフの視線がクラピカを捉えた。

「・・・クラピカという。」
「よろしく、クラピカ。軍艦の時は会話の腰をおってしまって申し訳なかった。」
「・・・いや、気にしていない。」

そっけない態度のクラピカにエレフは苦笑する。
二人が握手を交わすことはなかった。

一通り自己紹介が終わり本題を切り出そうとしたところで、ゴンが躊躇いがちにエレフへと声を掛けた。

「あの、エレフ。・・その、キルアに刺された傷は大丈夫?
俺、サトツさんから試験の事を聞いて・・・。」

ゴンの言葉に、彼に試験の話をしたのはサトツさんだったのかと納得する。

(さすがサトツさん。ゴンが今自分の合格を受け入れて前を向いているのはサトツさんの話術のお陰ね。)

あとでサトツさんに会ったらお礼を言っておこうと心の中で決め、ゴン達の会話を見守る。

「傷はもう完全に塞がってるし、痕も残ってないよ。フレイヤの魔法のお陰でね。」
「そっか、良かった。フレイヤも、本当にありがとう。」
「友達の命を助けるのは当然だわ。それに私一人の力で助けたわけじゃないのよ。」

そう言って斜め後ろへと視線をやる。
何もない空間に、シュルンと現れた二つの人影。

「紹介するわ。この子達は私の契約精霊。
水の精霊ウンディーネと風の精霊シルフよ。」

私を挟むようにして後ろに立つ二人。
しかし彼等がゴン達に向けて言葉を発することはない。

「二人とも私の大切な友達なの。仲良くしてくれると嬉しいわ。」

そう微笑めば、ゴンは大きく頷いてディーネとシルフにも挨拶をしてくれた。
それにレオリオ、クラピカも続いてくれる。
精霊という人外な存在を当たり前のように受け入れてくれた彼等に改めてお礼を述べた。

「・・・丁度いい時間ね。」

壁に掛かった時計を見やり、私はポットへと手を伸ばす。
4人分のカップにハーブティを注ぐと、部屋にローズフラワーの良い香りが広がった。

「さ、本題に入りましょう。あなた達が聞きたい全てに答えるわ。」

ピリッと空気が変わる。
姿勢を正し、私は彼等からの質問を待った。

「・・じゃあ、俺から行くぜ。」

先に動いたのはレオリオ。

「フレイヤはあのイルミとかいう野郎と随分親しいみたいじゃねーか。どうしてキルアにアイツの存在を教えなかった?」

レオリオからの質問はイルミの事だろうと想像はついていた。
私は予め用意していた言葉でそれに答える。

「イルミは、というよりゾルディック家の人達は情報屋のお得意様よ。まぁ、イルミと顔を合わせたのは三次試験の時が初めてだったけれど。」

私の言葉に全員が目を見開く。
まさかキルアの家族全員を知っているとは思わなかったのだろう。

「キルアにイルミの事を教えなかったのは、イルミが変装をして試験を受けていたからよ。
おそらく仕事の都合でライセンスが必要なんだろう事は分かっていたわ。
だからこそキルアに正体がバレたら試験がやり難いのかと思って私もバラすようなことはしなかったの。」

だけど・・・と、そのことを後悔するように目を伏せる。

「キルアには話すべきだったのね。まさかイルミがキルアの監視目的で正体を隠していたなんて思わなかった・・・。」

それと同時に、キルアが家出中だったということも予想外だった。
家族の了承を得て試験を受けているのだとばかり思っていたから。

「私が判断を誤ったばかりにキルアを深く傷付ける結果になってしまった。本当にごめんなさい。」

そう言って三人へと頭を下げる。
そんな私にレオリオは慌てたように顔を上げるよう言った。

「別にこうなったのがフレイヤのせいだとは思っちゃいねーよ。ただ、あの野郎と仲が良いことを疑問に思っただけだ。」

吐き捨てるような言い方にレオリオがイルミを嫌っているのだと分かる。
だからこその疑問なのだろう。
私はそんなレオリオに苦笑した。

「イルミも、少し不器用なだけで優しくて良い人なのよ?」
「はぁ?!んなわけねーだろ!あの野郎がキルアに言った言葉をお前も聞いただろ!?ありゃ人の言葉じゃねぇ!!」

激昂するレオリオと、それに同意する眼差しを向けるゴンとクラピカ。
そんな三人に私は三次試験で起こった事を話した。

「少なくとも私はイルミに助けられたわ。イルミだって人を大切にしない人じゃないの。
キルアにおいては過保護すぎるだけ。あんな言い方だけど、その心根はキルアが大好きだから。
素直に“キルアが大切だから危ない目に合わせたくない”って言えばいいのにって言ったら、イルミ、“キルアは今反抗期だから伝わらない”だって。」

お兄ちゃんは結構傷付いてるんだって。
そう言って笑うと、三人は信じられないように顔を見合わせた。

「だからね、ゴン。」

あえて、ゴンへと語りかける。

「キルアの家族を悪く言わないであげて。ゴンがキルアをとても大切に思っているように、キルアの家族だって同じくらいキルアを大切に思っているの。」

私の言葉を真っ直ぐな目で受け止めるゴンに微笑みながら、私は言葉を続ける。

「ゴンはキルアを連れ戻すって言うけどね、キルアの家族からしたらゴン達は自分達から家族を引き離そうとする悪者なのよ。」

その言葉に全員がハッと目を見開いた。

「あなた達は出て行く側だから分かりづらいかもしれないけど、キルアはまだ12歳の子供なのよ。
親からしてみたらそんな子供を外の世界に出すことはとても怖いことだと思うわ。
だって、いつどこで死んでもおかしくないんですもの。」


「(・・・ミトさん。)」


――だってまだゴンは12歳の子供なのよ!?

――いつでも帰って来なさい。待ってるからね、ゴン...。


「(・・・そっか。キルアにも...)」


自分の手元をじっと見つめていたゴンが顔を上げる。
何かを決意したような表情に、私はそっと微笑んだ。

「それでも俺は、キルアのところに行くよ。俺達と来るかどうかはキルアが決めることだ。
俺もだけど、家族だろうとキルアの意志を、気持ちを、抑えつけて良いはずない。
だから、俺はキルアに直接確かめる。」

真っ直ぐにそう言うゴンの言葉に私はゆっくりと頷いた。

「えぇ、その通りね。私もキルアが自分自身で答えを出すべきだと思うわ。
私もキルアのところには行こうと思っていたの。・・・ご両親の説得も兼ねて、ね。」

そう言ってウィンクをすれば、ゴンはパッと顔を明るくさせる。
レオリオも驚きつつ安堵の表情を浮かべていた。
クラピカだけは複雑そうな表情だったけど・・・

「ちなみに俺も行くから。」

エレフが片手を上げながらそう言う。
そんなエレフにレオリオが驚きの声を上げた。

「おめぇもか?!刺されたってのに..その、怖かねぇのかよ?」
「怖くはないよ。まぁ、刺されたからこそ一発くらいは殴っとこうかなぁーってね。」

そう言ってニカッと笑ったエレフの意図に気付いたのか、レオリオは目を見開き、そして苦笑した。

「それでチャラに出来ることでもねぇだろーに。ありがとな、エレフ。」
「いやいや、フレイヤ独り占めした詫びも入れとかなきゃだしね。」
「―――っ!」

その言葉にバッと顔を上げてエレフを見上げる。
彼は目を細め悪戯に笑んでいた。

(エレフは・・・一体どこまで知っているの?)

私がエレフと行動を共にする事をキルアは良く思っていなかった。
でも、そのことをエレフは知らないはずなのに...

「じゃあ、キルアの居場所はフレイヤが知ってるんだね!アイツに聞いたけど教えてくれなかったから・・・。」

その時の事を思い出しているのかギリッと拳を握るゴン。
そんなゴンに苦笑して、私はキルアがいるであろう場所を言った。

「おそらくキルアは自宅に帰ってるはずよ。そして、キルアの家があるのはパドキア共和国デントラ地区のククルーマウンテン。」
「パドキア共和国・・・」
「ゾルディック家は有名だからパドキア共和国に入ったらすぐに分かるわ。まぁ、簡単に会うことは出来ないと思うけどゴン達ならきっと大丈夫ね。」

私の言葉にゴンがえっ!?と驚く。

「フレイヤ一緒に来ないの?!」
「ごめんなさい。私この後に仕事の依頼が一件入っているの。
隙を見つけてキルアに会いに行く予定ではあるんだけど、ゴン達と一緒には行けないわ。」

眉を下げてそう言えば、ゴンも残念そうにそっか...と項垂れた。

「エレフは?」
「うーん、俺もフレイヤと同じタイミングで行くかな。ゴン達から俺を紹介ってのもおかしな話だし。」
「そっかぁ。残念だけど仕方ないね。」
「またキルアのところに行く時に連絡するわ。」
「でも俺携帯持ってないよ。」
「俺が持ってるぜ。後で連絡先交換しとくか。」
「そうね。じゃあレオリオに連絡するわ。」
「うん!よろしく!!」

一通りキルアのことについて話し終わったところで、私はハーブティに口をつけた。
会話が途切れ、部屋に静寂が訪れる。
今までの会話で挨拶以外の言葉を発していない人物――クラピカに、私はチラッと視線を向けた。

「クラピカ。」

ゆっくりと、その名を呼ぶ。
ピクリと彼の表情が僅かに動いた。

「何か、私に聞きたいことがあるんじゃない?」

苦笑しながらそう聞けば、彼はギリッと唇を噛む。
その瞳に怒りを滲ませながら、彼は一番聞かたかったであろう事を口にした。

「フレイヤは、幻影旅団なのか?」

ピリッと空気が張り詰める。
ゴンもレオリオも薄々は気付いていたであろうこの疑問に、私はゆっくりと目を閉じ、そして真っ直ぐに彼らを見返した。

「半分正解で半分間違いね。私は幻影旅団と関わりがあるけど、幻影旅団のメンバーではないわ。」

その言葉にレオリオは息を呑み、ゴンは全てを受け止める瞳で私を見た。
クラピカは目を細め更なる疑問を口にする。

「どういう事だ。」

もう偽る事はしない。
彼らには真摯に向き合うと決めた。

私は心の中の不安を掻き消すように手をぎゅっと握り、小さく息を吐く。
そして、私がずっと彼らに隠してきたことを口にした。


「幻影旅団は、私を育ててくれた大切な家族よ。」


今度こそ、全員が息を呑んだ。














15年間、私の時は止まったままだった。
きっと彼らが私の手を引いてくれなければ、私は寒いということすら知らずに生涯を終えただろう。

彼らは私に沢山のものを与えてくれた。
空っぽだった知識がどんどん増えていく事はとても面白くて、楽しくて。
色んな感情が私の中に生まれ、私の中の世界はどんどん広がっていった。

彼らが私に与えてくれた最上のもの。

それは、“世界” ――。

目の見えなかった私に、彼らは世界を見せてくれた。
初めて目に飛び込んできた鮮やかな色彩に、その美しさに、私は心を震わせた。

私が成長していく中で、彼らは私に善悪を教えた。
悪を教えた上で、私には善を行うようにと教えたのだ。

彼らと一緒に過ごすのはとても心地よくて幸せだった。
だけど彼らと過ごした約2年間、一度として私は彼らが何者であるかを知ることは無かった。

そして、運命の日。
4年前のあの夜に、私はヒソカによって彼らと離れ離れになった――。








「・・・そして私は師匠と出会って、彼らに会いに行く為に強くなることを決めた。
これが、私と幻影旅団との関係よ。」

そう話を締め括る。
部屋には何とも言えない空気が漂っていた。
それを破ったのはやはりクラピカで。

「・・・何故だ。――っ、フレイヤは奴等と離れた後に奴等がしてきた事を全て調べたのだろう?!
奴等がしてきた事を知った上で何故まだ会いに行こうと思うのだ!!
奴等は私の同胞を皆殺しにした!フレイヤならば知っているであろう!!クルタの緋の目を奪う為に奴等がクルタを虐殺した事をっ!!
そんな極悪非道な奴等をまだ信用しているというのか?!」

クラピカの瞳が怒りで緋色に染まる。
そんなクラピカの怒りを真正面から受け止め、私もまた揺るぎない瞳で彼を見つめ返した。

「彼らがどれ程酷いことをしてきたかは知っているわ。勿論、クルタ族の事も。
彼らのしてきた事は決して許される事じゃない。だからこそ、私は彼らと同じ生き方はしないと決めた。
でも、彼らの生き方を否定もしない。その上で一緒に生きていけるなら、共に生きたいの。」

「何故なんだっ!フレイヤならば裏の世界でなくとも生きていけるはずだ!!
それこそゴン達と共に世界を見て回ればいい!陽の当たる世界で醜い争いなどない世界で生きて行けるはずだろう!?
何故自ら奴等のところへ行こうとするのだっ!!」

クラピカの言葉に、そっと目を伏せる。

――彼らとは別の世界で生きる。

そう考えたことは、沢山あるのだ。
私は彼らと同じ生き方をすることは出来ない。
それなのに彼らの傍にいたいと望むのは身勝手でとても迷惑な事なのではないかと・・・。

だけど、それでも彼らの傍を求めたのは―――


「大好きだからよ。彼らが大好きで、私が傍にいたいから行くの。」


目を閉じれば今でも鮮明に思い浮かぶみんなの優しい笑顔。
愛に溢れていて、とても暖かな場所だった。

彼らを想うと自然と心が暖かくなり、口角が上がるのが分かる。
どうしようもなく大好きなのだと、実感するのだ。


「私がね、彼らの傍じゃないと幸せになれないの。」


そう、蕩けるように笑う。
私をこんな笑顔にしてくれるのは、やはり旅団のみんなしかいないのだ。

そんな私に、全員が目を見開いた。
何と言えばいいのか分からない――そんな空気を破ったのは隣りにいるエレフの盛大な溜息だった。

「・・・はぁー。こんな笑顔見せられたら一縷の望みも粉々だな。」
「?なに、一縷の望みって。」
「俺からは絶対に言わない。・・・全く、旅団の人達も随分優しい顔でルーエルのこと話してたけど、ルーエルも相当だね。」

どこか諦めたようにそう笑ったエレフに首を傾げる。
しかし、私が疑問を口にするより早く口を開いたのはレオリオだった。

「ちょっと待て!エレフも幻影旅団の奴等と面識があんのか?」
「あぁ、6年程前にな。幻影旅団の人達が魔族の住む村に訪ねてきたんだ。魔族であるルーエルをどう育てていけばいいかを知るために、ね。」
「さっきから気になってたんだけど、その・・・ルーエル、って・・・」

ゴンの疑問に、私はあぁ...と声を漏らした。
そういえばゴン達には仕事名しか教えていなかったと思い至り、改めて自己紹介をする。

「フレイヤは情報屋の時の名前なの。本名は、ルーエル=シャンテ。
ハンター試験で出会う人達とは仕事名の方が関わりを持ちやすいと思ってこっちを名乗っていたのよ。
ずっと黙っていてごめんなさいね。」

そう謝罪する。
ゴン達に咄嗟に仕事名を教えたのはヒソカへのカモフラージュだったのだけど、あえてそれを言う必要もないだろう。

「ルーエル・・・か。いい名前だね。俺、こっちの方が好きだな。ね、これからはルーエルって呼んでいい?」

ゴンの言葉に私は笑顔で勿論、と頷いた。
喜ぶゴンの姿に救われる。

(私が幻影旅団と関わりがあると知っても、前と同じように接してくれるのね。)

信じようと決めて...だけど、本当はずっと不安だった。
今まで私に向けてくれていた笑顔がなくなってしまうのではないかと。

(どっちとも仲良くしていたいだなんて、本当に都合のいい話なのにね...。)

幻影旅団と共に生きるなら嫌われて当然なのだ。
だからこそ、クラピカの私を見る目が変わってしまった事は当たり前のことであり、その事を悲しく思うのは間違いなのである。

(クラピカに対する、最大の裏切りだものね・・・。)

意図していなかったとはいえ、幻影旅団と接点のある私がクラピカと出会うべきではなかった。

だけど、それでも―――


(クラピカと出会えて良かった...って、思ってしまうのよ。)


彼と過ごした時間も私にとっては大切で。
一緒に過ごしていくうちにクラピカも私にとって大切な人となっていった。

それは友達としての大切だけど・・・
それでも、じゃあさようなら、と切り捨ててしまう事が出来ない程には、好きなのだ。


「んじゃ、俺もルーエルって呼ぶかな。なんかこっちの方がしっくりくるし。」

うんうんと頷きながら私の名前を口にしてくれるレオリオ。
彼の眼差しも、以前と変わらず暖かいままで。

――話して良かった、と。

そう思うと同時に、“このまま諦めたくない”と強く思った。
それは、クラピカとの間に出来てしまった溝のことで・・・。

(このまま別れてしまったら、もう一生笑い合えない気がする。)

二人だけで、話し合うべきなのかもしれない。
それこそ腹を割って、本音で。

そう心に決めて、私は改めてゴン達に向き直った。

「ゴン、レオリオ...本当にありがとう。
あなた達が今も変わらずに私と接してくれている事、本当に嬉しく思うわ。
・・・私は、まだあなた達の仲間でいてもいい?」

私の中の僅かな不安を吹き飛ばすかのように、二人は満面の笑顔で頷いてくれた。
その事に涙が出そうになるのを堪え、私はクラピカへと向き合う。

「・・・クラピカ。少し、二人だけで話しましょう。
我儘だけど、やっぱり私はクラピカとも仲間でいたいの。」

私の言葉に小さく肩を揺らしたクラピカ。
その瞳には困惑の色が浮かんでいる。
それでも、彼は一つ息を吐くとその色を消し去り私を睨み据えた。


「分かった。二人で話そう。」





二人きりになった部屋を、静寂が包んだ。





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