夜に咲く花のように




夜にしか咲かない花がある。

昼に咲く花に劣等感を抱く事なく見事に咲き乱れ、
凛と...だけどどこか儚く佇むその様は、正に夜闇の光。




夜に咲く花は、誰よりも自分の“居場所”を分かっていた。

















「――久しぶりだね、キル。」
「あ、にき・・・っ!」

変装を解いて現れた兄の姿に、キルアは見るからに動揺していた。

「キルアの兄貴……?」

レオリオが驚き呟いた言葉は思ったよりも会場に響き、しかし誰もがその疑問を顔に浮かべている。
そんな疑問が渦巻く中、それらを全く気にも止めないイルミは無機質な目でキルアを見下ろした。

「キル、母さんとミルキを刺したんだって?」

その言葉に思わずギョッとする。
キルアを見れば、彼は額に汗を浮かべながらゆっくりと頷いていた。

「まあね。」
「母さん泣いてたよ。」

淡々と述べるイルミに、キキョウさんとミルキさんは生きてるんだな、とホッと息を吐く。
しかしその横でレオリオは信じられねぇと憤った。

「そりゃ実の息子にそんなひでーめに合わされちゃ泣きたくもなるわな。やっぱとんでもねぇガキだぜ!」

そんなレオリオに、私は頭の中で一度だけ会った事のあるキキョウさんの姿を思い浮かべ苦笑した。

(キキョウさん、おそらく悲しくて泣いたんじゃないんだろうな・・・。)

そんな私の想像は見事に的中し、

「立派に成長してくれて嬉しいってさ。感激してた。」

イルミのその言葉に、憤っていたレオリオはひっくり返っていた。

「だけどやっぱり外に出すのはまだ心配だから、それとなく様子を見て欲しいって頼まれたんだけど・・・」

そこで言葉を切ったイルミの空気が、少しだけ変わる。
その変化に私は反射的に顔を上げイルミを見た。

「奇遇だね。まさかお前がハンターになりたいと思ってたなんて知らなかったよ。実はオレも次の仕事の都合上資格を取りたくてさ。」

さらさらと口から流れる言葉は、しかしその一つ一つが鉛のように重く感じられる。
直接言葉を受けているキルアなら尚更だろう。
その証拠に、

「別にハンターになりたいってわけじゃない。ただ何となく受けてみただけだよ。」

そう答えた声は少し震えていて、いつもの強気なキルアからは想像できないほどに弱々しい。
そんなキルアに、イルミは追い打ちをかけるように身に纏ったオーラをざわりと揺らした。

「――そうか、安心したよ。これで心おきなく忠告できる。
お前はハンターに向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから。」

深い闇色をした瞳は捉えた者までもを闇の中に引き摺り込むかのように暗く、冷たい。
そんなイルミから視線を離せないキルアは呼吸を忘れたかのように肩を揺らし、ガクガクと震えていた。
その様子に気付いているはずなのに、イルミの言葉の刃は尚もキルアを突き刺していく。


「お前は熱をもたない闇人形だ。
 自身は何も望まず、何も欲しがらない。
 陰を糧に動くお前が唯一喜びを抱くのは人の死に触れた時。
 お前は、オレと親父にそう育て(つく)られた。」
 

重い空気が会場を包む中、イルミの発する言葉の数々に私は先程から驚きを隠せないでいた。
試験の中で接したイルミは、少なくとも私には優しくて思いやりのある人だったから。

(どうしてキルアにそんな酷い事を...)

キルアを追い詰めるような言動。オーラ。
まるで言う事を聞かせようとするかのように威圧的なそれ。

「闇人形であるお前が何を求めハンターになるっていうんだ?」

自らの肉親、弟を“闇人形”だなんて...

イルミが何を考え、どういう思いでその言葉を言っているのか。
じっとイルミの瞳を見てみても、私には分からなかった。


「……確かに、オレはハンターになりたいってわけじゃないけど...」

ポツリと、キルアが零した言葉。

「オレにだって欲しいものくらいある。」

キルアの瞳に小さく灯った光。
その光にゴンを見た気がした。

「そんなものないね。」
「ある!今望んでることだってある!」
「なら言ってみなよ。何を望んでるのか。」

イルミのその言葉に、キルアはびくりと身体を強張らせた。
そのまま視線を宙に彷徨わせ、俯く。
そんなキルアにイルミは少しの挑発を笑みに込め、追い詰める。

「どうした?本当はそんなものないんだろう?」
「違う!」

そう叫んだキルアは、絞り出すように、ゆっくりと、自分の望みを口にした。


「ゴンと……友達になりたい。
 もう人殺しなんてうんざりだ。
 普通にゴンと友達になって…、普通に遊びたい。」


――胸が、ぎゅっと締め付けられた。

きっと、それは初めてキルア自身が望んだ事で...。
殺し屋一家という檻の中で育ち、殺しの技術だけを教わり、友達すら作らせてもらえなかった環境の中で。
そこから抜け出して初めて自分の足で見つけた、たった一つの望み。

(なんて純粋で、愛おしい・・・)

必死に絞り出した想いは、しかし、イルミには届かない。
イルミは自分を見つめるキルアに容赦なく氷の刃を落とした。


「無理だね。」


キルアの顔が、絶望に歪む。

「お前に友達なんて出来っこないよ。
お前は人というものを殺せるか殺せないかでしか判断できない。そう教え込まれたからね。
今のお前にはゴンが眩し過ぎて、測り切れないでいるだけだ。友達になりたい訳じゃない。」
「違う…」
「彼の側に居れば、いつかお前は彼を殺したくなるよ。殺せるか殺せないか試したくなる。

――何故ならお前は根っからの人殺しだから。」


「イルミっ!!!」

思わず、叫んでいた。
イルミがゆっくりと私の方を向き、首を傾げる。

「なに?」
「イルミ、キルアが苦しんでいます。これ以上、彼を傷付けないで。」

懇願するようにそう言えば、イルミはうーんと考える素振りを見せたあと、やはり無機質な瞳で私を見返し、

「これは躾だよ。家族として、兄としてキルに必要な事を教えてるんだ。」

口出しするな、と言うように彼は目で牽制をかけ、それ以上私に何も喋らせてはくれなかった。
グッと黙り込んでしまった私に、次に動いたのはレオリオで...。
瞳に怒りを宿したレオリオは、キルアとイルミの方へと一歩踏み出す。

「先ほども申し上げましたが――」
「分かってら!手は出さねぇよ。」

前に立ちはだかる試験官を手で制し、レオリオはキルアに向かって声を張り上げた。

「キルア!そいつがお前の兄貴だろうが何だろうが言わせてもらうぜ!
そいつはクズでクソ野郎だ!!そんな奴に聞く耳持つことはねぇ!
いつもの調子でぶっとばして合格しちまえ!」

予想外なレオリオの言葉に、私は驚き彼を見上げた。
その横顔はとても真剣で、誠実で。
心から仲間を想って、今、声を張り上げているのだと分かった。

「ゴンと友達になりたいだ?馬鹿か!
 お前らはとっくにダチ同士だろうが!
 ゴンはもう、その気だっつの!」

キルアの肩がぴくりと跳ね、その瞳に少しの光が宿る。
そんなキルアを横目に、イルミはレオリオに関心の目を向けた。

「え、そうなの?」
「あったりめーだろが、バーカ!」

怖いもの知らず、なわけではないと思う。
レオリオは誰よりも常識人で、言い方は悪いが一般人だ。
そんな彼が殺し屋であるイルミにこんな暴言を吐いている。
おそらく、それ程までにイルミの発言が許せないのだろう。

(誰よりも仲間思いで、優しいレオリオだものね。)

「そうか、まいったな。あっちはもう友達のつもりなのか。」

そんなレオリオの言葉に怒ることなく、イルミはうーん、と顎に手を当てて少し悩む素振りを見せた。
そして、

「よし、ゴンを殺そう。」

ピンと人差し指を立て、そう呟いたのだ。
その一言で部屋中に緊張が走る。

「殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだから。」

言うが早いか、イルミはキルアに背を向け扉へと歩き始めた。

「彼は今どこにいるの?」
「ちょ、待って下さい。まだ試験は……」

トン

ビキビキッ!!

「あ。あ……?アイハハ」
「どこ?」
「とナリの控え室ニ」
「どうも。」
「あ……ァあ……」

そのままバタリと倒れた審判に駆け寄ろうとして、しかしそれはネテロさんの殺気によって阻まれた。
私にだけ向けられた殺気。
それに驚いて私は何故?とネテロさんを見た。

彼の目が私に語る。


“手出しはするな”


と。
私は倒れた審判の人を見て、唇を噛み締める。

(命に別条はない。だけど...あの歪んだ顔は、私には元に戻せない...)


「まいったなぁ。仕事の関係上オレは資格が必要なんだけどな。
ここで彼らを殺しちゃったらオレが落ちて自動的にキルが合格しちゃうね。」

イルミの言葉にハッと顔を上げる。
イルミの方を見れば、扉の前に立ち塞がるハンゾー、レオリオ、クラピカ、数人の試験官の姿が。
その光景に、私はチラとネテロさんを見た後にゆっくりと立ち上がった。

「ルーエル、俺はもう大丈夫だ。ありがとな。」

回復の魔法を解かない私に、エレフは行っていいよ、と笑う。
その笑顔がまだ痛みに引き攣っていたことに少し胸が痛んだが、ありがとう、と私は甘えた。

ゆっくりと扉へと歩いて行き、イルミの真正面へと立つ。

「イルミ、ゴンを殺しても同じですよ。今誰かを殺すという事は、イルミの失格を意味します。」
「あ、そうだった。うーん。………そうだ!まず合格してからゴンを殺そう。」
「イルミッ!」
「それなら仮にここの全員を殺してもオレの合格が取り消されることはないよね?」

私の声を無視してネテロさんへと問うイルミに、私は拳を握り締めた。

「うむ。ルール上は問題ない。」
「させませんっ!!」

何としてもゴンを殺そうとするイルミに、私はとうとう声を荒げた。

「イルミ、何故です?何故そんな事を言うのですか!」
「何故って?キルに必要な事だからだよ。」
「私はそうは思いません。キルアにはゴンが...友達が必要です!!」
「殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだ。」
「では何故キルアは今、こんなにも苦しんでいるんです?ゴンといる時のキルアは太陽のように眩しい笑顔を見せていました。
イルミは、そんなキルアの笑顔を見た事がありますか?!」
「はぁ...分からない?キルにそんな感情はいらないんだよ。
感情が豊かになればなるほど人は弱くなり傷付く。
その弱さが、隙が、死に繋がるってことくらいフレイヤなら分かるだろ?」
「―――っ、」

イルミのその言葉に、そこに隠された彼の心に、私は口を閉じざるを得なくなった。

(キルアが大切だから、言ってるんだわ。)

言っている事がどれだけ酷い事でも、そこに込められているのは純粋な愛情...。
全ては、キルアを守る為。

(キルアが裏の世界で死んでしまうリスクを限りなくゼロにする為に...)

口を閉ざした私に、イルミは背を向けキルアの方へと歩き出す。
そんな彼の背中に向かって、私は咄嗟に叫んでいた。


「では...では――っ!イルミにとって私は何なのですか!
私は、私はイルミを友達なのだと...気を許せる人なんだと思っています!」


ピタリと、イルミが歩みを止める。
そしてゆっくり振り向くと、

「信頼出来る仕事仲間。」

何の感情を込めることなく、そう言った。
そして再びキルアへと歩みを進める。


「・・・ーーな...っ、そ、そん...っ」

イルミのあまりのあっけらかんとした言葉に、私の拳がぷるぷると震える。
そして、

「そんなの屁理屈じゃないですかああああ!!!
信頼出来る仕事仲間って、そんなの、そんなのっ、言葉を変えればっ、友達と一緒じゃないですかっ!!!」

私は駄々を捏ねる子供かのように地団駄を踏んだ。
うがー、と吠える私を周りの人が呆気に取られたような顔で見てくる。

(あんまりだ・・・。)

確かにゴン達は弱い。
裏の世界の怖さも、そこで戦う術も、基礎である念すらも知らない。
そんな彼等と一緒にいたら確かにキルアが命を落とすリスクは高まるだろう。

だけど――、

(きっとこの先、彼等は強くなる。そして必ずキルアにとってのライフラインになってくれるわ。)

その可能性すら叩き潰してキルアに独りきりの人生を歩ませようとするなんて、あんまりよ...。

もう振り向いてすらくれないイルミに、唇を噛み締める。
きっと今のイルミに何を言っても無駄だろう。

そしてキルアにも...
もう、私達の言葉は届かない。

私はそっと目を伏せ、肩の力を抜いた。


「聞いたよね、キル。オレと戦って勝たないと、ゴンを助けられない。
友達の為にオレと戦えるかい?できないね。
何故ならお前は友達なんかより今この場でオレを倒せるか倒せないかの方が重要だから。
そしてもうお前の中で答えは出ている。

『オレの力では兄貴を倒せない』」


イルミが左手をキルアに向けながら、一歩一歩近づいていく。

「『勝ち目のない敵とは戦うな』
オレが口を酸っぱくして教えたよね?」

その一言にキルアは目を見開き、無意識に足を後ろへ下げようと動かした。


「動くな。」


ピタリ――。

動きかけていた足が止まる。


「少しでも動いたら戦い開始の合図とみなす。
同じくお前とオレの体が触れた瞬間から戦い開始とする。
止める方法は一つだけ。わかるな?
だが、忘れるな。お前がオレと闘わなければ、大事なゴンが死ぬことになるよ。」

精神的にキルアを追い詰めていくイルミ。
額に汗を浮かび上がらせガクガクと震えるキルア。

「やっちまえ、キルア!!
どっちにしろお前もゴンも殺させやしねぇ!
そいつは何があってもオレ達が止める!
お前のやりたいようにしろ!!」

必死に叫ぶレオリオの声は、しかし、今のキルアには届かない。
そして、あともう少しでイルミの指が触れるという、その時――、




「まいった。」




会場にハッキリと響いたそれは、




「オレの...負けだよ。」




キルアの、心の壊れる音だった――。








「あーよかった。これで戦闘解除だね。」

ぽん、とわざとらしく手を叩くイルミ。

「はっはっは、ウソだよ、キル。ゴンを殺すなんてウ・ソ・さ。
お前をちょっと試してみただけだよ。でもこれではっきりした。
お前に友達を作る資格はない。その必要もない。」

そしてイルミはキルアの頭を撫で、まるで呪縛かのように言った。

「今まで通り親父やオレの言うことを聞いてただ仕事をこなしていればそれでいい。
ハンター試験も必要な時期がくればオレが指示する。今は必要ない。

――分かったね?キル。」




――パキン...




何処か遠くで、硝子が砕けるような音がした。












そして、

事は起こった。




「レオリオvsエレフ、始め!」





――ドスッ





「――っが、...ぉ、前...ゴハッ!!」






鮮やかな赤が舞う。


堕ち行く緑色と、

背を向けた小さな銀色。



目の前の光景がゆらゆらと、何処か別次元で起こっているかのように見える中。
気付いた時には、私は“緑の彼”の元へと駆け寄りその身体を支えていた。

「エレフッ!!!エレフしっかりして!!!!」

ぐったりと力の抜けた身体。
浅い呼吸。

止まらない、赤。

私の全身から、血の気が引いた。



「シルフッ!!シルフいるんでしょ?!私と契約して!!!

・・・―――っ、はやくッ!!じゃないとエレフが死んじゃう!!!」



悲痛な叫び声が、会場内に響き渡る。




「シルフっ!!!!」




そこに、銀色の少年の姿はなかった。








ー・・





・・・・・ーーー









「や。身体、大丈夫?」
「問題ありません。」
「そ。彼、死んだ?」
「・・・生きてます。」
「え、そうなの?なんだ、死ねばよかったの――」


―――パンッ


「・・・・」
「・・・ーーキルアも、関係ないエレフまでもを傷付けて、あなたは満足ですか。」


明かりのない暗く長い廊下。
等間隔で並ぶ窓から差し込む月明かりだけが、私とイルミを照らしていた。

キルアがエレフを刺してから、数刻。
日が傾き夜闇が辺りを包む頃、やっとエレフの容態は安定した。
刺されたのが心臓ではなく腹部だった為なんとか私の魔法で処置が出来たものの、これが心臓だったらと思うとゾッとする。

そっと振り上げた手を下ろす。
その時、左耳に揺れる若草色のイヤリングが月明かりに煌めいた。

『シルフ、私と契約して!!』

あの後、私はシルフと契約をして“癒しの力”を手に入れた。
そうしなければ...精霊の力を借りなければ、助けられなかったから。

エレフとの修行のお蔭か、二人目の精霊との契約にもなんとか身体は耐えてくれた。 
まだ少しフラつきはするけど、休むより先に私にはどうしても話さなければならない人がいたから。

事の元凶である、イルミと――。


「満足?うーん、彼が死んでくれていたら満足だったかな。
キルも甘いよね。敢えて急所を避けるなんて。」
「――っ、キルアは!もう、人殺しなんてしたくなかったはずです。
あの小さな手を、真っ赤になんて染めたくなかったはずです!」
「それはキミの憶測だろう?」
「いいえ。彼がエレフを刺すことで自分の心を傷付けたのは確かです。」

イルミを睨み上げながらそう言えば、彼は可笑しそうに目を細め、口角を上げた。

「キミがそれを言うの?あの時キルを一番傷付けたのはキミなのに?」
「ーーえ?」

イルミの問い掛けに、目を見開く。

――私が、キルアを傷付けた?

「あの時、何故キルが刺す相手にアイツを選んだか分かるかい?」
「キルアにとって...一番関係のない人間だったから、じゃないんですか?」
「違うね。キルにとってアイツは“自分からフレイヤが離れていった原因”だからだよ。」

――私が、離れていった原因?

その言葉にハッとした。
最終試験の前、キルアは私に何て言った?


――『軍艦の時からだろ。フレイヤが俺達から距離を置くようになったのは。』


そうだ。キルアはずっと気付いていた。
私がエレフと出会ってからなるべくエレフの傍にいようとしていた事に。
彼等から、距離を取ろうとしていたことに...。

「キルはね、キミを試したんだ。自分と彼、どちらを選ぶか。
本当は自分に駆け寄って抱きしめて欲しかった。大丈夫だよ、と言って欲しかった。
なのにキミは迷いなく彼の元へと駆け寄った。

――ねぇ、そんなキミの姿にキルがどれほど絶望したか分かるかい?」




『怖がらなくて大丈夫。その手を取ってもいいのよ。
キルアにも、きっとキルアだけの幸せが見つかるはずだから。』

『ふざけんな!だったら最初から手なんて差し伸べんなよ!
お前の言葉にーーっ、・・・お前の言葉にどれだけ救われたと思ってんの...。』



あの時のキルアの言葉に、私が彼に言った言葉に。
自分がどれほど無責任な事をしたのかと泣きたくなった。
同時に、強く思う。

(キルアのところに、行かなきゃ。しっかりと会って話をして、そして・・・)

――“エレフは生きてる。殺してないよ。”

そう、伝えよう。
“呪縛に打ち勝ってくれてありがとう”って抱き締めよう。

そう心に決めて。
私は真っ直ぐにイルミを見返した。


「まるで、見てきたかのように言うんですね。」
「うん。試験の間、可能な範囲でキルの様子は見てたから。」
「過保護ですね。」
「大切だからね。」

迷いなくそう言ったイルミに思わず苦笑してしまう。

「あんな言い方じゃなくて、今みたいに“大切だから”って言えばいいのに、って思うんですけどね。」
「キルには伝わらないよ。反抗期だからね。」
「イルミが無表情だからじゃありません?」
「・・・・」

黙ってしまったイルミに、私はそっと月を見上げて言った。

「イルミは、“ツキミソウ”みたいですね。」
「“ツキミソウ”?」
「はい。人目を避けるようにして夜にひっそりと咲く白色の小さな花の事です。」
「それがなんで俺なの?」
「ツキミソウの花言葉は『無言の愛』。」
「・・・・・」

一瞬固まった後にふいっと視線を逸らしたイルミに私はふふっと笑う。
そんな私をじっと見て、イルミはポツリと言葉を零した。

「じゃあ、フレイヤは“月下美人”だね。」
「ーーえ?」
「聞こえなかったならいいや。」

そう言って窓の外に浮かぶ月を見上げたイルミに、私も同じように見上げる。
闇に呑まれることなく白金に輝く月は、夜空に咲いた花のようで。

「俺もだけど、キミも夜にしか咲く事の出来ない花だよね。」
「そう思いますか?」
「うん。ヒソカとの会話で確信したけど、キミ、ルーエル=シャンテでしょ?」

イルミから出たその名前に、思わず私は目を見開いた。

「どこで、その名を・・・」
「幻影旅団。」
「ーーーっ!」

ハッと、息を呑む。
そんな私にイルミは肩をすくめ、“直接関わりがあるわけじゃない”と言った。

「たまたま見掛けた掲示板に人探しの依頼があってさ。その報酬額があり得ないくらい高額だったんだよね。
ちょっと興味あってその依頼人の名前から色々と調べていったら幻影旅団に辿り着いた。
その時点でこの依頼に関わることはやめたんだけど、まさかハンター試験で会うとは思わなかったよ。」

そこで言葉を切ったイルミは考えるような素振りで首を傾げる。

「でもキミ、裏の人間って訳でも無さそうだよね。
なんで幻影旅団と関わりがあるのか不思議なんだけど。」

イルミの目が私に答えを求めたので、私は簡潔に事の経緯を話した。

「幻影旅団は私の育ての親です。4年前に私がヒソカに襲われてから離れ離れになりました。」
「え、あの幻影旅団が子育て?それも裏の世界に関わらせないようにして?」

普段表情の変わらないイルミが軽く目を見開く程には衝撃的な事だったようだ。

「えぇ。意外でしょう?
彼等は私にとって何よりも大切な存在です。
だからこそ、イルミの言ったように私も夜にしか咲くことの出来ない花...。
だって、私が一番輝ける場所は彼等の傍ですから。」

そう言って笑えばイルミは軽く目を瞠り、ふっとどこか諦めたように息を吐いた。

「本当にキミは月下美人だね。」

ふわりと、イルミの手がゆっくりと私の頬へと伸びる。
しかしその手が私の頬に触れることはなく。
触れるか触れないかの距離でぴたりと止まった。

「一夜かぎりの月の下に咲く、美人のようなきれいな花。」
「ーーえ?」
「月下美人の花の名前の由来。フレイヤにぴったりでしょ?」
「え?!いやいや、それは過大評価し過ぎですよ!」
「そうかな?月下美人の花言葉の一つは“優しい感情を呼び起こす”。」
「ーーー!」
「あの極悪非道の幻影旅団がキミを大切にしてしまう気持ちが何となく分かったよ。」

頬に伸びていた手はそのまま上に行き、ポン、と優しく頭の上に乗せられる。
その温もりに思わずイルミを見上げれば、彼は小さく目を細め微笑んでいた、ように見えた。

「あの・・・イルミ。」

そんな彼に、私は思わず声を掛けていた。
余計なお世話だと分かっている。
私が突っ込むべき事ではないことも、分かっている。
だけど、一度出た言葉は止まることを知らなくて。

「キルアに、外の世界を見せてあげてくれませんか?」

ぴくりと、私の頭の上にある手が小さく震える。

「私は旅団の皆と離れてから、色んな風景を見てきました。
皆は私に裏の世界を見せなかったけど、私は裏の世界を知る事が出来て...皆の生きている世界を知る事が出来て良かったと思っています。
昼の世界も夜の世界も両方を知ったからこそ、私は自分が生きていきたいと思う場所を選ぶ事が出来ました。」

そっと、頭の上にあるイルミの手を取る。

「今のキルアは、殺し屋の仕事を残忍な人殺しぐらいにしか思っていません。だけど、そうじゃない。
イルミのこの手は人の命を奪うけど、同時に人を幸せにだってしています。
――ただ、奪うだけの手じゃない。」

大切に、大切に。
ひんやりとしたその大きな手を包み込む。

「ゼノさんもシルバさんも信念を持って殺し屋をしています。
だけどそれはきっと近くにいたら気付くことの出来ない事なのだと思います。
外の世界を見て、色んな人と関わって...。
きっと、自分が思い描いていたほど世界は綺麗じゃない事をキルアは知るでしょう。
それを知って初めて、彼は自分の家族と、そして殺し屋という仕事と向き合う事が出来るんじゃないでしょうか。」

ただの屁理屈なのは分かってる。
外の世界に行ったからって全てが見えるわけじゃない。
それこそイルミが危惧している様に、裏とは全く関わりのない世界だけを見て戦う術を失ってしまう可能性だってある。

でも、だからこそ――


「キルアを...自分達が大切に育てて来た家族を、信じてあげて下さい。」


必ずその目で真実に辿り着いてくれると。
上辺だけの肩書きだけで判断すること無く、しっかりとその本質を見極めてくれる事を――。


私の言葉がイルミにどう届いたかは分からない。
ただ黙ったまま、イルミはそっと私の手から自分の手を引き抜いた。

そして、そのまま彼は私に背を向け月明かりも届かない闇の中へと消えていった。



残ったのは、手のひらのイルミの体温だけだった。













こうして――、

ハンター試験はキルアの反則による失格で幕を閉じた。




それぞれの心に重い影を落として――。







end

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