私の生きる道




「ククッ、キミと戦うことになるとはねぇ◇あの時とは違って楽しませてくれるんだろう?」

「勘違いなさらないで?私はアナタを楽しませる気なんてなくてよ。
まぁ、傷めつけられるのがお好きな変態なのでしたら話は別ですけど。」




目の前の男は4年前と変わらない姿で私の目の前に立つ。
だけど、もう恐怖なんて感じなかった。


あるのは、ただただ、静かな怒り。


(旅団の皆を私を使って苦しめた。私が自分でちゃんと後始末をしなくちゃ。)

もう皆に助けてもらうだけの私じゃない。
しっかりとヒソカとケリをつけて、皆に会いに行こう。


















睨み合うこと数秒。
開始のコールと共に私達はお互いに目の前から姿を消した。

コンマ数秒単位で繰り広げられる攻防。

おそらく目で追えているのは試験官の方達とイルミくらいだろう。


「防御ばかりじゃつまらないだろう★攻撃してきなよ◇」

ヒソカの攻撃を躱すことなく受け流し続ける私に、ヒソカは挑発するようにそう言った。
そんなヒソカに私は小さく口角を上げる。

「では、遠慮なく。」

私がそう言葉を発した瞬間、ヒソカは真横へとぶっ飛んだ。
会場がザワつくのを感じながら、私は蹴り上げた足をそっと降ろす。

(・・・膝をつかせる事は出来ない、か。)

吹っ飛びはしたものの倒れることなく立っている目の前の男に、僅かに目を細める。
ヒソカは感心したように蹴られた左腕を擦ると、私を見てニヤリと笑った。

「うん、なかなかの攻撃だね◇速さも申し分ない。思わず反応が遅れちゃったよ★」

咄嗟に“堅”で防いだのだろう。
念を込めていないとはいえ渾身の力で蹴ったのに無傷なのは少し悔しい。

だけど、今ので分かった。

念が無くても私はヒソカをぶっ飛ばせる。
つまり、念を使えば・・・

そこまで考えて、私はふふっと笑みを溢した。
そしてヒソカに対して綺麗に微笑んで見せる。

「私はアナタに対して“どんな特殊な力”も使いません。」

その言葉にヒソカが僅かに反応を示す。

「私は体術のみでアナタに勝ってみせましょう。」

そう言った私にヒソカはクククッと面白そうに笑い、そしてあの、獣のような目で私を捉えた。

「ボクも、随分ナメられたものだね?でも、面白い。いいよ、ならボクも“奇術”は使わない★」

そう言って何処からかトランプを取り出し、それをパラパラと手放していく。
トランプが宙を舞い私とヒソカを隔てる。
最後の一枚が地面へとついた時、私達は再び戦闘を開始した。

しかし先程とは違いその決着は一瞬でついた。

ーー・・ヒソカが地面へと顔を打ち付ける形で。

会場に、異様な静寂が生まれた。
ヒソカは倒れたまま起き上がらない。

そんな中、倒れたままの彼に私は語り掛けた。

「4年前、アナタは私を大切な人達から引き離した。だけどアナタに殺されかけたのは私の力不足故・・・。
だから、今の一発はその時のお返しです。」

そこで言葉を切り、私はスッと小さく息を吸った。

「ヒソカ、立ってください。」

その言葉に従う様に、ヒソカはゆっくりと起き上がる。
ヒソカの目は焦点が合っておらず、にも関わらず口角は不気味なほどに上がり、壊れた人形のように何かを繰り返し呟いている。
そんなヒソカに受験生達が引いている中、私は真っ直ぐに彼を見据え、言った。

「今から殴る12発は、私の大切な仲間の分です。」

ヒソカの顔が私の方へと向く。
禍々しく異様なオーラを放つヒソカに、少しだけ手が震えた。

その手をきゅっと握る。
左手に確かに嵌っている指輪の温もりに勇気を貰いながら、私は目を逸らすことなくヒソカへと言葉を続けた。

「私の命を使って皆を苦しめた事は許せません。ですが、その原因は私にもある。
だから、今ここで精算しましょう。

皆がアナタを殴れないなら、私がアナタを殴ります。」


ーーそう。これで、4年前の事をチャラにしよう。


ヒソカを旅団に入れなきゃいけなくなったのは、私を人質に取られていたから。
きっと私が無事に戻れば皆はヒソカを殺すだろう。

(それでは、意味がない。命を奪うことは私が生きると決めた道に、反する。)


全ては無理でも、せめて、私に関わった人達の命だけは守れるようにしよう。


――そう、決めたから。





「ククック....キミは、実に面白い★最高だよ。
ボクを12発殴る・・か。“12発”ね。ククッ、いいよ。かかってくるといい◆」

狂気じみたヒソカの顔から目を逸らすことなく、私はゆらりと一瞬身体を左へと傾ける。
そして次の瞬間、私はヒソカの左頬を思い切り殴り飛ばした。


「1発目。」

――寡黙だけど、いつも楽しいメロディと踊りで私を笑わせてくれたボノレノフ。


間髪入れず、そのまま左足で右側頭部を蹴り上げ。


「2発目。」

――手先の器用なコルトピは、いつも私の髪を可愛く編んでくれたね。


すかさず背後に回りこみ、右足を後頭部へと打ち落とす。


「3発目。」

――フランクリン。あなたはいつもその大きな手で包み込むように私の頭を撫でてくれたね。


前へと傾いたヒソカの正面へと回り込み、下から上へと右頬を殴り上げれば。


「4発目。」

――人混みに行くといつも肩車をしてくれたね。ウボォ、私はその特等席が大好きだったわ。


ヒソカの口から舞った血を纏うことなくヒラリと身体を翻し、右肩を思い切り殴る。


「5発目。」

――シャル達と喧嘩した時にいつも話を聞いてくれたノブナガ。帰ったら、一緒にお酒を飲みましょう。


後ろへと身体を傾けたヒソカが倒れないように、背中に回し蹴りをして前へと傾ける。


「6発目。」

――フィンは言動は乱暴だけど私が修行に行き詰まっていると必ず克服するまで付き合ってくれる。いつもさり気なく私を見守ってくれていた事、知ってるわ。


スッとヒソカの懐へと入り右肩を掴むと、そのまま鳩尾へと一発。


「7発目。」

――いつも本を読んでいるシズクは、いつか私に「男を落とす方法ー女の武器とその使い方ー」って本を貸してくれたわね。あの時は分からなかったけど、今なら分かるわ。また恋話しましょうね。


ヒソカが吐血するのを横目で見ながら、伸びてきた左手をそのまま掴み、ぐりんと後ろへと持っていく。
左手を背中に抑えつけたまま、そこを軸に足を振り上げ思いっきり膝で首筋を蹴りつけ。


「8発目。」

――お母さんがいたら、パクみたいな感じなのかな...なんて。いつも優しい眼差しで私を見守ってくれるパク。その暖かさが大好きよ。


そのまま吹っ飛びそうになるヒソカを、掴んだままの左手で思いっきり引き寄せ、腹に肘鉄を食らわす。


「9発目。」

――あの夜の事、私まだ後悔してるの。いつも素っ気ないアナタだけど、私、知ってるわ。私が怪我をしないようにいつも側で見ていてくれた事。ねぇ、フェイタン。私、強くなったよ。


そのままヒソカの右腕を取り背負い投げで床へと叩き付け、


「10発目。」

――マチ。私にとってマチはお姉ちゃんみたいな存在だった。私が無茶をしたら一番に叱ってくれたね。そんなマチだから・・・きっと、今もすごく心配を掛けてるよね。もうすぐ、会いに行くからね。そしてら、いつもみたいに叱って、そして、抱き締めてね。


起こそうとした身体を、左肩を思い切り殴る事で沈める。


「11発目。」

――アナタが私を見つけてくれなかったら、私はきっと今ここにはいないね。私に世界を見せてくれた人。唯一無二の存在。・・・クロロ。私の帰る場所は、何があってもアナタのいるところです。


飛んできた膝蹴りを躱し、一旦ヒソカと距離を取る。
ヒソカが起き上がったことを確認し、私は私の持てる全ての力を拳に込め思いっきり踏み込み...

そして、

ヒソカが反応するより早く、その顔面に思いっきり拳を叩き込んだ。



「12発目。」


――シャル。

あなたに、会いたいです。




ヒソカが思いっきり吹っ飛び、壁へと叩き付けられる。
そのまま動かないヒソカに、会場が異様な静けさに包まれた。

その空気を破るかのように、私は大きく手をパンっと叩くと、

「12発、きっちり殴らせて頂きましたわ。」

そう言って令嬢よろしくにっこりと笑った。
一気に会場の空気がポカーンとしたものへと変わる。

「ヒソカ、気絶しているわけではないのでしょう?
さっさと起きて“まいった”とおっしゃいなさいな。」

私がそう言ってヒソカへと催促すると、彼はククッと笑いながら立ち上がった。
あれだけ攻撃を食らわせたのに、頬が腫れるぐらいで目立った外傷の一つもないのが悔しいところだ。

「まさか本当に12発食らわされるとはね◆ボクが反撃する隙もなかったよ☆」
「あの時言いましたでしょう?“今の私は、アナタより、強い。”と。」
「うん、そうみたいだ★強くなったんだねぇ◇」
「生半可な修行はしてきませんでしたから。」
「そうだねぇ・・・うん。“まいった”。」

ヒソカの口から出た“まいった”の言葉に会場がざわつく。
私はその後に満足気に頷き、ヒソカへとスッと手を差し出した。

「これで、4年前の事は許します。そして、今後の“アナタの命”は保証しますわ。」

言葉の裏に旅団の皆にヒソカは殺させないと含ませる。
驚いたように目を見開いたヒソカに、私は苦笑した。

「私は、ヒソカが嫌いです。だけど、だからといって私のせいで死ぬのは後味が悪いんです。
この試験が終わったら私は皆に会いに行きます。その時に、今日のことを話しましょう。」

「うーん、彼らが納得するとも思えないけど★
まぁ、殺されるならその前に逃げるよ。追い掛けられるのもまた面白そうだ◆」

そうククっと楽しそうに笑ったヒソカに呆れる。

「そんなことさせませんよ。ヒソカが去るならもう関わらないでと説得するだけです。
・・・私は、私と関わった人の命は守ると、そう決めました。」

「彼らと生き方を違えても、かい?」

「えぇ。彼らは私に“生かす”事を教えました。そして彼らと離れてから私が学んだ事も、“生かす”事です。
だからこそ、私はその生き方を変えません。だけど彼らの生き方も否定はしない。
例え考え方が...生き方が違ったとしても、私は、彼らが彼らだからこそ、大好きなんです。」

心から、そう伝える。
自分に傷痕を残した相手に対して、私は今、驚くくらい穏やかに微笑んでいた。


「・・・なるほどね。彼らがキミに拘る理由が少し分かった気がするよ☆」

そう言ってヒソカは私に背を向けて歩き出す。
試合終了のコールと共に私もヒソカへと背を向け、私の勝利を喜ぶ新しい仲間の元へと駆け出した。



ハンターとなった初めの一歩目は驚くくらい軽やかで。
目に見える景色も今までより鮮明に思えた。

――そう、あの、初めて世界を見た時のように。



やっと、みんなに会いに行ける。
シャルに、会える。

みんなの成長した姿を思い浮かべ、思わず笑った。

(これからは、みんなの隣に立つからね。)

恐れるものは、無くなった気がした。

“生かす道を選ぶ”と口にした言葉は、自分が思っていたよりも自分の中にストンと落ち、私を形成する大きな軸になってくれた。


これが、私の生きて行く道なのだと――。




ふと、クラピカと目があった。
何かを探るような瞳に、私は真っ直ぐと強い眼差しで彼に微笑みかける。

もう、失うことを恐れない。
大切なものは大切なのだと、胸を張って言える。

そんな私にクラピカは一瞬目を見開き、しかし次の瞬間にはどこか諦めたように微笑んだ。





こうして、私のハンター試験は終わりを告げた。






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