選択するということ

side:ルーエル
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「じゃあね、エレフ。最終試験で会いましょう。」
「あぁ、ゆっくり休んで魔力回復しとけよ。」
「えぇ。修行付けてくれてありがとうね。」
「感謝するならもう無茶な使い方しないことだな。」

ビシッと釘を刺したエレフは、笑って船へと歩いて行った。

「フレイヤーーーーー!」

前から聞こえる私を呼ぶ声に穏やかに微笑むと、私は一人も欠けることなくそこにいる四人の元へと走った。

「みんな!」




最終試験が、始まる――。
















四次試験の合格者を乗せた飛行船は、ハンター協会が運営するホテルへと向かった。
ホテルに到着後、一旦ロビーに合格者が集められ試験開始は三日後だと告げられる。
今回は各自部屋が用意されているようで、試験開始まで自由に過ごして良いそうだ。

(とりあえずゆっくり温泉にでも入ろうかしら。)

試験が始まってから湯船に浸かる機会が無かったので、ホテルに泊まれるというのはとても有難い。
ネテロさんの「解散」という言葉で各受験者達はそれぞれの部屋へと向かった。
私も部屋に行こうかな、と受付カウンターへ足を向けたところでゴンに呼び止められた。

「フレイヤはもう部屋に行っちゃう?」
「そうね、とりあえず温泉にでも入ろうかと思って。」
「ここ、温泉あんの?」
「えぇ。一回来たとこあるけど、とても広くてバリエーション豊富な温泉よ。」
「かぁーっ、温泉かぁ。ありがてぇ!久しぶりに体の疲れを取れるぜ。」
「そうだな、湯に浸かる事が出来るのは有難い。ゴン、食事は温泉に入ってからにしないか?」

クラピカの言葉に私は首を傾げる。

「もしかしてご飯行こうとしてた?」
「あ、うん。ゼビル島ではちゃんとしたご飯食べられなかったし、みんなの島での話も聞きたいなぁーって。」
「確かにそろそろ夕食時だものね。・・・うーん、でもやっぱり先に温泉でもいい?」
「もちろん!俺もおっきいお風呂入りたいし!」
「よっしゃ、決まりだな!くぅー、温泉、楽しみだぜ!」
「レオリオ言い方がもうおっさんだな。」
「一緒に入りたくないな。・・・何か、汚そうだ。」
「おいこらそこ二人、聞こえてるぞっ!」
「ふふ、良いわね。みんなでわいわい入れるのは羨ましいわ。」

みんなのやり取りに私が笑みを溢すと、四人はぴたりと黙った。
あれ?と思って首を傾げるとレオリオとクラピカの顔がほんのり赤く染まる。
そんな二人をすかさず殴ったのはキルアで。

「変な想像すんなよ、おっさん。クラピカも。」

いってーーっ!というレオリオに対しクラピカは顔を青くして何やらショックを受けている。

「フレイヤも一緒に入る?」
「ばっか、ゴンッ!!!てめーはしれっと何言ってんだよッ!!!!」

ゴチンっという何とも痛そうな音と共にゴンが床に沈んだ。

「わぁ、痛そう。キルア、ツッコミにしては過激すぎだわ。」
「ツッコミじゃねーし!つかゴンはボケてねーよ、あれはマジで言ってんの天然なの!」
「子供の素直さが羨ましいぜ。」
「おっさんは下心丸出しだなぁーおい!フレイヤもちょっとは身の危険感じろよ!隙有り過ぎだろ!」
「へ?私?そうかしら。いつでも攻撃を避けられるようにはしてるけど・・・」
「だぁーっくそ、コイツも天然なのかよっ!」
「キルア、諦めるんだ。」
「いや、肩ポンっじゃねーし!お前が変態側に行くからだろ!クラピカが止めに入ってくれりゃ俺もこんな苦労はしねーよ!」
「ーーぐっ、それは、言わないでくれッ!私とした事が、なんと、低俗な・・・」
「だぁッ落ち込むなよッああああああめんどくせぇーーっ!!!お前らさっさと温泉行くぞっ!おら、立てゴンッ!!」

頭を掻き毟りながらキルアは魂の飛んでるゴンを引きずり、後の二人にも何やらガミガミ言いつつ受付カウンターへと向かっていった。

騒がしかったロビーに静寂が訪れる。
私は何が何だか分からずしばらくその場で呆然としていた。
しかし、次第に心に穴が空いたような寂しさがじわじわと広がり、私は思わずぎゅっと胸元を握り締めた。

「もうすぐ、試験が終わってしまうのね。」

ポツリと呟いた言葉は誰に拾われること無く空間へと消えていく。

(試験が終わったら、私はもうゴン達とあんな風に笑い合うことは出来ないのかな。)

私は、試験が終わったらクロロ達の...幻影旅団のみんなの所に行くから。
きっとゴン達は、幻影旅団のやってきた事を良しとしない。
ううん、きっとゴン達はクラピカの受験理由を知ってる。
なら尚更、幻影旅団は彼等にとって“敵”...なのよね。

(はぁ、ダメよ。これは考えても仕方のないこと。
だけど・・・今この瞬間も私は彼等を騙してる事になるのよね。試験が終わる前に話した方がいい...のかな。)

話すことから、向き合うことからずっと逃げてきた。
私を見る彼等の目が変わるのが、怖かった。
何も知らないままでこのまま楽しく過ごせたら、なんて考えていたの。

(だけど、そんな事絶対に無理なんだわ。だってきっとクラピカは旅団を追うもの。
いつかきっと、再び私と出会うのよ。旅団の皆と親しくしている、私と...。)

そこまで考えて、私は小さく溜息を吐いた。

「温泉、入ろう。」

今ここで考えてもマイナスな事しか思い浮かばない。
しっかりと疲れをとってリフレッシュしてから考えよう。


よし!と私は軽く頬を叩くと受付カウンターへと部屋の鍵を貰いに行った。





ーー・・・





「うわぁ、やっぱり広いわね。」

お城のような両開きの白い扉を開ければ、そこには白と青で統一されたとても広い空間が広がっていた。
中央には女神の像が立っていて、その女神の持つ瓶からはお湯が出ている。
この温泉のメインー女神の湯ーの周りには薔薇の湯や、青の洞窟、乳白色の“月の湯”等があり、どれも美肌やリラックス効果に長けているものばかりだ。

髪と体をしっかりと洗い、私は月の湯へと向かった。
月の湯は乳白色のお湯で主に美肌効果が強い。
その内装も、名前の通り月明かりに照らされる湖のような造りになっている。
私はその中にそっと入り、湯の中央へと歩いて行くとそっと腰を下ろした。

「本当に月に照らされているみたいね。」

月明かりの射している方を見上げれば、そこには天窓がありその窓からは大きな白金色に輝く月が顔を覗かせている。

夜闇の中にある月。

それは闇に生きる旅団の皆の中に一人紛れた私のようで。
だけど、彼等は“闇”であると同時に、私にとっての“光”。
月が自分の力では輝けないように、私にとっての“太陽”は旅団の皆なの。

そして、月が存在できる場所は、闇しかない。

決して明るい場所では生きられないの。
それは、私が月で在ることを望んでいるから。

(・・・それが、例え誰かを傷付ける選択だとしても...)



「あれ、フレイヤ?」


「ーーー!?」

バシャンっ!

突然後ろから聞こえた声に驚いて、思わずお湯を揺らしてしまった。
振り向けば、そこには髪を下ろしたメンチさんが。

「メンチ、さん?」
「そうよ。あたし以外の誰かに見える?」
「い、いえ!あの、二次試験が終わってからお姿が見えなかったので、もう帰られたのかと...」

私が慌ててそう言うと、メンチさんはニヤリと笑い私を手招きした。
首を傾げながらメンチさんの側へ行くと、ぐいっと思いっきり腕を引かれる。

「わわっ」
「薔薇の湯へ行きましょう。あたし、あのお湯が一番好きなのよ。」

薔薇の湯とは何ともメンチさんらしい。
そんな事を考えつつ私は半ば引きずられるようにしてメンチさんと薔薇の湯へ向かった。




 ・
 ・
 ・




「アンタっていくつなの?」

湯船に入り唐突にされた質問。
私は目をぱちくりさせ、21歳です、と答えた。

「えぇぇえ?!アンタ、あたしと同い年だったの?!」
「えぇぇえ?!メンチさん、私と同い年なんですか?!」

メンチさんの言葉に私も驚いてしまう。
私の反応にメンチさんはムッと口を尖らせ、

「ちょっと、いくつに見えてたわけ?」

と目を釣り上げて詰め寄ってきた。
ジリジリと後ずさりながら私は何とか答える。

「ぇ、えと、24歳くらいかなぁ...って。試験官をされてるくらいですし、ハンターになってから実績も残されているんだろうなぁって。」

私の答えにメンチさんはジト目で私を見つつ、まぁいいわ、と体を離してくれた。

「あたしはフレイヤを18歳くらいだと思っていたわ。歳の割にどこか幼さ残してるし。」
「あぁ...それは私が一般知識を身に着け始めたのが15歳からだったからですよ。」
「は?どういうことよ、それ。」
「私、15歳まで目が見えなくてずっとお城の中で過ごしていたんです。周りの大人達は私に何も教えてくれませんでした。」
「それ、育児放棄じゃない。アンタの両親何してる人だったの?」
「両親は私が生まれた時に殺されました。私は同族に攫われて15年間ずっとお城に閉じ込められていたんです。」
「へぇ、そうだったの。」
「えぇ。でも15歳の時にある人達が私をお城から連れ出してくれたんです。その人達のお蔭で私は世界をこの目で見ることが出来ました。」
「ふーん。アンタ、その中に好きな人いるでしょ。」
「へ?!ぇ、あ、、は、はい。よく分かりましたね...」

メンチさんのズバリな指摘に私の心臓はドキリと跳ねた。
そんな私にメンチさんはハッと鼻で笑うと、ジトッとした目で私を見る。

「アンタの表情見てたら分かるわよ。幸せそうに話しちゃってさ、あーやだやだこれだからリア充は。」

はぁーあっと首を振るメンチさんに私は苦笑して、そっと指輪を見つめた。

「でも...お互いが恋人になったのは4年前ですから。まだ彼が私を好きで居てくれるかは分かりません。」
「なに、遠距離になったの?」
「というよりかは、強制的に離れ離れになっちゃった感じです。」
「ふーん、色々と複雑なんだ。」

特にしんみりするわけでもなく、メンチさんは湯船に凭れかかり浴槽縁に腕を乗せる。
そんか彼女の態度が心地良くて、気付けば私は今自分が悩んでいる事を話していた。

「メンチさんは...、血は繋がっていないけど自分を育ててくれた大切な家族と、新しく出来た大切な仲間が敵同士だったら、どうしますか...?」

天井に向けていた顔をゆっくりと私の方へと向けるメンチさん。
その表情は先程より少し真剣なものになっていた。

「どうする、っていうのは?それだけだと背景が良く見えないから判断のしようがないわよ。」

メンチさんの言葉に私は確かに、と一つ頷くと自分の身の上を少し掘り下げて話すことにした。

「・・・私は4年前にその家族と離れ離れになりました。4年間、一度も会っていません。でもこの試験に合格したら会いに行くつもりなんです。
だけど、この試験で新しく出来た大切な仲間の一人にとって、私の家族は復讐すべき相手なのだと試験中に知ってしまいました。
彼は、私がその人達と繋がっていることを知りません。私がその事に気付いていることすら...」

ぎゅっと胸の前で手を握り込む。

「私は、仲間に知られたくなくてその事実をずっと隠してきました。知らないふりをして笑ってきました。
だけど試験が終われば必然的に家族と仲間は出会ってしまう。
私は・・・両方を裏切っている事になるんでしょうか。どちらかを...切り捨てなければいけないのでしょうか。」

両方が大切だ、なんて都合が良すぎるのだろうか。
言うべきか、言わざるべきか。
だけどクラピカの境遇を知ったところで私は彼に協力することは出来ないし、むしろ止めてしまうだろう。
旅団の皆を失うなんて絶対に嫌だから。
だけど、クラピカにも死んでほしくはないのよ。

目を伏せ、自分の中途半端さに唇を噛む。
その時、横から何ともあっけらかんとした声が聞こえてきた。


「別にどっちか選ぶ必要ないんじゃない?」


「・・・へ?」

予想外の言葉に思わず変な声が出てしまった。
私はポカーンと口を開けてメンチさんを見る。
そんな私にメンチさんは至って真剣に説明してくれた。

「別に両方のいざこざにフレイヤが関わってたわけじゃないんでしょ?だったら家族だろうが仲間だろうが関係ないわよ。
フレイヤはフレイヤ自身が築いてきた関係を大切にすればいい。
アンタがどっちも善だというなら、それを両方に伝えればいいだけの話なんじゃない?」

その言葉に目を見開く。

「どちらかを捨てる覚悟じゃなくて、両方の架け橋になる努力をする方が、あたしはいいと思うけどね。」
 
涙が、頬を伝った。

「あと、隠してきた事があるなら正直に話すのが一番。
誠心誠意向き合って謝ればいいのよ。誠意が伝われば分かってくれるわ。仲間ってそういうものでしょ?
フレイヤがフレイヤで在るならきっと大丈夫よ。」

張り詰めた心がスッと解けていく。
探しても見つからなかった理想の答えが、そこにはあった。

「メンチさん...ありがとうございます。」

溢れた涙を拭い、私はメンチさんに笑い掛けた。
鉛のようだった心が驚くほど軽い。
スッキリした表情で笑う私にメンチさんも安心したように笑ってくれた。

(薔薇の湯...リラックス効果のある場所にわざわざ連れて来てくれたのね。)

月の湯で悩んでいる顔を見られていたのだろうか。
それともただ単に話したかっただけなのか...
どちらにせよ、メンチさんに話を聞いてもらえて良かった。

(感謝しなきゃ。今度何か珍しい食べ物を見つけたらお渡ししようかな。)

その後は二人で恋話で盛り上がったり、スイーツの話で盛り上がったり。
久しぶりの同姓との会話はとても楽しくてつい時間を忘れてしまった。



そして恋話の流れで次の日にメンチさんと街に服を(ほぼ強制的に)買いに行くことになったというのは、また別の話。





・・・ーー





「フレイヤーーーー!」

温泉から上がりレストランフロアへと向かうと、ゴン達四人が既に席についていた。
ゴンに呼ばれて白いテーブルクロスのかかった丸テーブルへと向かう。

「遅くなってごめんなさい。もしかして待ってた?」

キルアとクラピカの間の席が空いていたのでそこに座り、私は何も乗っていないテーブルに眉を下げた。

「いや、私達も今来たところだ。」
「来たはいいけどメニューが沢山あって悩んでんだよね。」
「そうそう、見たことない料理の名前ばっかりなんだもん。」
「おまけにどれもお高いときた。くぁーっ、贅沢だぜ全く。」

四人の反応にホっと息を吐く。
キルアの持つメニュー表を覗き見ると確かにどれもいい値段だ。

「値段気にせず頼んでいいわよ。ここはお姉さんの奢りということで。」

そう言ってウィンクすれば、クラピカが慌てたように首を振った。

「なっ、女性に奢らせるなど出来ない!ならば私が支払う!」
「でもクラピカ仕事してないでしょ?」
「ーーぐっ...」

あ、痛いところ突いてしまったかしら・・・

分かりやすく落ち込んでしまったクラピカにオロオロしていると、後ろから声がかかった。

「今回ハンター受験者はタダでこの施設を利用出来るようになっておりますので、お食事もお支払いの必要はありませんよ。」

久しぶりに聞く紳士的な声に振り向けば、そこにはスーツ姿のサトツさん。

「サトツさんも?という事は、今までの試験官さん全員このホテルにいらっしゃるんですか?」
「“も”?他に誰かに会ったのか?」
「温泉でメンチさんにお会いしたの。すっかり話し込んでしまって遅くなったのよ。」
「三次試験官は囚人の監視があるので来ていませんが、メンチさんとブハラ君はこのホテルにいますよ。」
「そうだったんですね。これからお食事ですか?良ければご一緒しません?」
「いえ、私はこれから試験官の集まりがありますので。お誘い頂いて申し訳ないのですが...」

申し訳無さそうな表情をするサトツさんに私は慌てて首を振る。

「いえいえ、急にお誘いしたのはこちらなので!最終試験は見に来られるんですか?」
「えぇ、そのつもりです。」
「ならまたその時に。」
「はい。皆さんもゆっくりとお食事を楽しんで下さい。それでは。」

そう言ってフロアを出て行くサトツさんを見送り、私達はそれぞれ食べたいものをウェイトレスさんに注文した。 





 ・
 ・ 
 ・





四次試験の出来事などを話しながら、私達は食事を終えた。
食後のティーを飲み、ホっと息を吐く。

「でも、みんな無事に合格できて良かったわね。」
「ルーキーの合格率ってすっげー低いんだろ?」
「でも今回最終試験まで残ってるのってポックルとヒソカ以外ルーキーだよね?あ、ギタラクルさん?だっけ、はどうか分からないけど。」
「ギタラクルさんもルーキーのはずよ。」
「ふむ、今年は優秀なルーキーが揃ったということか。」
「こりゃ合格しないわけにはいかねーな。」

レオリオの言葉に全員が頷く。
その姿に一つ笑みを落とし、食後のケーキでも頼もうかしら、とメニューに手を伸ばしたところで、ゴンがそう言えば...と改まったように話を切り出した。

「試験終わったらみんなどうするの?」

ゴンの唐突な質問に、ドクン...と心臓が跳ねる。
メニューに向かっていた手が麻痺したように止まった。

「俺はとりあえず故郷に帰るぜ。やっぱ医者になんのは夢だからな。
国立医大に受かればバカ高い授業もハンター証がありゃ免除される。ま、合格すればの話だが。」

そんな中、レオリオの予想外の言葉に止まっていた思考が急速に動き出した。

「ぇ、レオリオって医者志望だったの?!」
「んあ?お前今更か...ってそうか。フレイヤには話してなかったか?」
「えぇ、聞いてないわ。もしかしてハンター試験受けた理由って...」
「ハンター証があれば医大に行けるから、だな。」
「そうだったの・・・立派ね。」

思わず感嘆の声を漏らした。
レオリオの性格からして何か事情があっての受験だとは思っていたけど...

「レオリオがお医者様になったら貧しい方達に“お代はいらねーよ”とか言って治して回りそうね。」

そう言って笑えば、レオリオは照れたように笑い「そう言ってやるのが夢だ」と話してくれた。

「そういやフレイヤの志望理由って聞いてねぇな。どうして受けたんだ?」
「会いたい人達がいるの。ハンター試験合格をお土産に会いに行こうと思ってね。」
「ハンター試験合格がお土産・・・」

ジト目で私を見てくるレオリオに思わず苦笑する。

「言い方が不謹慎だったわね。
・・私が会いたい人達はね、私を育ててくれた人達なの。とても強い人達で私はずっと守られながら生きてきた。
4年前、私は....そうね、皆になら話しても良いかもしれない。」

名前を伏せようとして、だけど私はそこに続く言葉を切った。
もう、隠し事はなしにしよう。

(私を育てたのが旅団だということは...まだ言わないけれど。)

目を閉じ、スッと息を吐く。
そして私は皆をしっかりと見据え、話した。

「4年前、私はヒソカに襲われた。」

ゴン以外が瞠目する。

「その日、家には私しかいなかったの。皆仕事で出ていたから。
そんな時にタイミング良くヒソカが現れて私を殺そうとした。
必死に逃げたわ。でも当時の私は戦う術を持たないただの子供だった。
だから、せめてもの足掻きとして私は崖から身を投げたのよ。丁度滝になっていたから、まぁ...水の魔法を使える私は助かったわけなんだけどね。」

そこで一旦話を区切り、私はティポットに残っていた紅茶をカップへと注いだ。
ふぅ..と一息吐き苦笑する。

「それから私は師匠に出会って修行をして強くなった。
強さを身に着けて初めて思ったのよ。彼等に守られるより彼等の隣に立ちたい、ってね。
その一歩が、ハンター試験。」

すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。
チラと四人の様子を見れば、皆何かを思案しているような顔で。
その中で一番に口を開いたのはクラピカだった。

「なるほど。だから一次試験の時にヒソカはフレイヤに対して“あの時の子供か?”と聞いたのだな。」
「えぇ。彼にとっては死んでいるはずの存在だからね。」
「奴には同一人物だとまだバレていないのか?」
「いいえ、二次試験後にバレたわ。
まぁ今の私ならヒソカに負けることはまずないから、彼も下手に手出しはして来ないと思うけど。」

私がそう言えば、彼も納得したように頷いた。
船の上で私がクラピカに言った言葉との辻褄があったのだろう。

「今の話でヒソカとフレイヤの関係についての疑問は解消されたんだけどさ。」

唐突に、頬杖をついて始終を聞いていたキルアが体を起こし、私とクラピカを鋭い目で射抜いた。
その視線に何故だがドキリと心臓が動き、じわじわと心に不安が押し寄せてくる。

「クラピカとフレイヤ、何かあっただろ。」

キルアの鋭い一言に、私は思わず動揺を見せてしまった。
クラピカに視線を向けると彼は感情の読めない瞳でキルアを見返している。

「三次試験後の軍艦にいる時からさ、様子がおかしいんだよね。まぁ、クラピカの方は大方予想はつくけど。」

軽い口調のようで、その目は決して笑っていないキルア。
その視線を受けて、クラピカは一旦目を閉じると深く溜息を吐いた。

「キルアの予想している通りだよ。私はフレイヤに告白をした。」
「ーーなっ??!」

クラピカの言葉に思いっきり動揺したのはレオリオで。

「あれほど試験が終わってからにしろって言ったのにお前という男は!まさか勢い余って告白したとかじゃねーだろぉな?!」

ガタンと席を立ちクラピカを問いただすレオリオに、クラピカはすい..と視線をそっと逸らした。
そんなクラピカに、レオリオは馬鹿野郎が...と顔を片手で覆い再び席につく。

「告白だけじゃないだろ。アンタ、フレイヤに何をした?」

殺気すら感じる程の視線。
今までに見たことのないキルアの表情に、動揺する。
しかしその視線を真正面から受け止めているクラピカは至って冷静に言葉を返した。

「キスをした。」
 

ガタンッーーー!


椅子と机が大きく音を立てた。
止める間もなく、気付けばキルアがクラピカの胸倉を掴んでいて。

「フレイヤを傷付けたのか!?」

そう怒鳴るキルアの目には確かな怒りが浮かんでいる。
何がどうしてこうなったのか全く分からない私は、とりあえずクラピカを掴むキルアの手にそっと触れて手を離させた。

「キルア、落ち着いて。らしくないわ、急に掴みかかるなんて。」
「落ち着いてられっかよ!お前、泣いたんだろあの時!!上手いこと言葉と態度で隠してたけど、目が赤かったの知ってんだからな!!!」

その言葉に目を見開く。
まさか気付かれてたなんて...

私以上に傷付いた顔をしているキルアに苦笑する。

「キルア・・・どうして貴方がそんな顔するの。」

俯いてしまったキルアの頬をそっと両手で挟み込み上を向かせる。
キルアは私から目線を外したまま、悔しそうに唇を噛んだ。

「軍艦の時からだろ。フレイヤが俺達から距離を置くようになったのは。」

その言葉にハッとする。

「最初からフレイヤが俺達に何かを隠してるのは感じてた。でもそれは単に俺の実力不足で、強くなれば分かるもんだってのも理解してたんだ。
だけど今は違う。何がってのは分からないけど、でも俺達を見るフレイヤの目が変わったのは分かるんだ。」

そっと、キルアの頬から手を離す。
他の三人を見れば、彼らもキルアの言葉に同意するかのように私を見ていた。

「それがもしクラピカとのいざこざが原因なら、俺はクラピカを一発殴らないと気が済まない。」

キッとクラピカを睨んだキルアに、私は慌てて首を横に振った。

「違うわ。クラピカの告白が原因じゃない!
違う...違うの。私は・・・貴方達に大きな隠し事をしてる。
最初は平気だったのよ。だけど貴方達と仲良くなればなる程、隠してる事が後ろめたくなって...」

きゅっと拳を握る。

「でも言ってしまったら貴方達は私の事を嫌いになるかもしれない。軽蔑するかもしれない。
だから、言えなかった。それでもいいと...試験の間だけでも“仲間”でいられたら、って思ったのよ。」

今度は、私が俯く番だった。
言葉にしてみて、なんて自分は都合がいいんだ、と嫌になる。
そんな私にキルアは当然のように怒った。

「ーーっ、なにが“試験の間だけ”だよ!ふざけんな!だったら最初から手なんて差し伸べんなよ!
お前の言葉にーーっ、・・・お前の言葉にどれだけ救われたと思ってんの...。
試験終わりましたはいさようならって簡単に切り捨てられる存在なのかよ、俺達は。」

悔しそうに拳を握り締めたキルアの肩をゴンがそっと引く。
そして私を、あの意志の強い目で真っ直ぐに見つめた。

「フレイヤが何を隠しているのか、俺には分からない。でも、これだけはハッキリと言えるよ。
俺達が、フレイヤを嫌いになる事は絶対にない。」

力強いその言葉に私はビクッと肩を震わせた。
逸らすことを許さないゴンの視線に、心臓がドクンドクンと波打つ。

「フレイヤの隠している事が俺達を傷付ける事だったとしても、この試験の中でフレイヤが俺達にくれた言葉は本物だって分かるから。
だから何を聞いたって、俺はフレイヤを受け入れる。
今こうして悩んでるフレイヤの気持ちが、話すことで少しでも軽くなってくれたらって思うよ。」

その言葉に、その優しさに、思わず大声を上げて泣きたくなった。
その衝動を、グッと手を握り締める事で抑える。

私は、ゆっくりと息を吐き出した。


(覚悟を、決めよう。)


ゆっくりと目を開ける。
その瞳に覚悟を宿し、私はしっかりと四人を見据えた。

「皆、ありがとう。・・・話す覚悟が出来たわ。
でも、話すのは試験が終わってからでもいい?きっと皆も最終試験に集中したいと思うの。
試験が終わったら、必ず話すわ。約束する。それまで、勝手だけど...待ってて欲しい。」

私がそう言えば、四人は笑みを浮かべて力強く頷いてくれた。

(私は、とても良い仲間に出会えたんだわ。)

旅団の皆とは違った暖かさを持つ人達。
お互いを想い合い助け合える、仲間。
そんな人達を簡単に切り捨てる事が出来るわけない。
それぐらい大好きな人達になってしまったんだもの。



「ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ。
本当にありがとう。この試験で貴方達に出会えて良かった。

最終試験、頑張りましょうね。」



そう言って私達は別れた。
次に会うのは最終試験。

全員がどこか晴れ晴れとした顔で別れたのに...


この時の私は、最終試験でこの中から一人欠けてしまうなんて、想像すらしていなかった――。




思い返せば、私は色んな所で選択を間違ってしまっていたのかもしれない。






最終試験まで、あと三日。







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