ビターチョコレート

side:シャルナーク
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ルーエルへの想いが親心から恋心に変わったのはいつだったか・・・。



そう、あれは少し肌寒くなってきた10月頃下旬。

丁度、ハロウィンの夜だった。








*







「ねぇ、シャル。ハロウィンって何?」
「ハロウィン?また面白い言葉覚えてきたね。」
「うん、昨日マチ達とお買い物に行った時に色んな所に書いてあったの。」

毎朝恒例になったルーエルとの勉強会。
丁度今日の範囲が終わったところで、ルーエルが俺に質問してきた事。

「ハロウィンは、もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事だったんだ。でも現代ではイベント的な民間行事として定着してる。
カボチャの中身をくりぬいて『ジャック・オー・ランタン』を作って飾ったり、子供達が魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりするんだ。一種のお祭りだよね。」

俺がそう言って説明を終えると、目をキラキラさせたルーエルが俺を見ていた。

「ハロウィン・・・お祭り!ね、シャル、私も参加したいわ、ハロウィン!!」

ソファから勢い良く立ち上がり拳を握り締めたルーエルに思わず笑みが溢れる。

「そうだね、ハロウィンは31日だからそれまでに衣装とか準備しようか。
きっと街ではみんな仮装して歩いてるだろうし、お菓子も貰えるんじゃないかな?」

お菓子が貰える事に反応したのか、ルーエルの表情がパァっと明るくなる。
そんな彼女に俺はとうとう吹き出して笑ってしまった。

「・・・私、食いしん坊じゃないわ。」

俺が笑った事を気にしたのか、頬を染め膨らましそっぽを向いてしまったルーエルに、俺はごめんごめん、とその愛らしい頭を撫でた。




幸せな日常。

穏やかに流れる時間にそっと目を閉じ、ルーエルを感じていた。
それはとても心地良く、心乱されることはない。

だから、気付かなかった。

家族がいたらこんな感じなのだろうと――。
そう、思っていたから。

だから俺は、ルーエルに抱いた感情は“親心”なのだと決めつけ疑わなかった。






それが少しずつ崩れ始めたのは、この会話をした少し後くらいから。

――それは、ハロウィン前日の出来事。





 ・
 ・
 ・






(なんかここ最近ルーエルの様子がおかしいんだよなぁ。)

朝の勉強会が終わるとそそくさと部屋を出て何処かに行ってしまうし、お出掛けしようと誘えば、やる事がある、と断られてしまう。

それだけならまだ良いとして。

ルーエルはどうやら俺に隠し事をしているらしい。
―というのも、最近女性陣が集まりコソコソ何かをしているからだ。

マチにルーエル何してるの?とそれとなく聞いてみたら、意外な事にルーエルはマチに裁縫を習っているらしい。
パクに聞けば料理を教わっているらしいし、シズクに関しては女の武器をどう使うか、に関して教わっているらしい。
何教えてるんだよ!と今後教える事を禁じておいた。

(まぁ、女の子としては料理も裁縫も出来るようになっておきたいよね。)

そんなルーエルの成長に微笑ましく笑いながらも、心のどこかで“誰の為に”裁縫や料理を身に着けているんだろう?なんて事が頭を過ぎり、慌てて首を横に振った。

(何考えてるんだよ。料理も裁縫も特別なものじゃない、ただの家事だ。)

はぁ...と溜息を吐き、やけに静かな廊下に一抹の寂しさを覚える。
最近、ルーエルと過ごす時間が朝しかない。
もちろんご飯を食べる時や寝る時に挨拶はするけど、そうじゃなくて・・・

(ルーエルと二人で過ごす時間が、あのゆっくりと流れる時間が、とても心地いいんだ。)

ここ3日間、俺はルーエルとそんな時間を過ごせていない。
その事がこんなにも寂しいだなんて・・・



「ーーー、ーー?」
「ーー、ーーーー。」

自分の部屋に戻ろうと顔を上げた時、何処かの部屋から微かに話し声が聞こえた。
それは聞き間違えるはずのない声で・・・。

(ルーエル?・・・と、団長・・・)

そのまま自室に帰っていれば良かったのに、俺は余計なことに声のする部屋の前まで行ってしまったのだ。
そっと気付かれないように聞き耳を立てる。


『可愛いじゃないか、ルーエル。』
『えへへ、良かった!喜んでくれるかな?』
『もちろんだ。―にしても、やけに大胆だな。』
『シズクがこれぐらいしなきゃダメって。』
『にしても、だ。これは他の男に見せたくなくなりそうだな。』
『ふふ、それは大袈裟だよ。・・ね、クロロ。シャルには絶対に内緒ね。』
『あぁ、分かっている。言わないよ。』


囁き合うようして二人の間で交された“約束”。
その言葉に、俺は目眩がした。
くらりと揺れた視界、崩れそうになる体を壁に預け、片手で顔を覆う。

(え、なにこれ。二人って・・・“そういう”関係?)

頭が上手く働かない。
ただ、瞼の裏でルーエルと団長が唇が触れ合うほどの距離で囁き合って笑い合っている光景がチカチカと浮かぶ。

その時―、


ガチャ、と部屋の扉が開いた。
そこにいたのは団長のコートを羽織ったルーエル。
上半身は手でしっかりと閉じられているそれは、しかし足元になるにつれて緩んでいる。
そこから見えた白い絹のような太ももに、俺はカッと頭に血が上った。

「あ、シャル。」
「なんだ、いたのか。調度良かった、お前に話がある。」
「え、クロロ?!」

驚くルーエルにクロロは苦笑し、その事じゃない、と言いルーエルの頭を撫でた。
ざわざわと不愉快な感覚が胸の辺りに広がっていく。

「そっか、確かに言わなきゃ!あのね、シャル、あしt・・」
「ごめん、俺、お邪魔だったみたいだね。」

笑顔で俺に話しかけるルーエルに、俺は自分でもびっくりするくらい冷たい声で彼女の言葉を遮った。
ビクッと体を強張らせたルーエルは不安げに俺を見上げている。

「ルーエルとクロロがそんな関係だなんて知らなかった。」
「シャル・・?どうしたの?」
「“俺には内緒”で、ナニしてたの?あ、もしかして裁縫も料理もクロロの為?」
「え・・ちが・・あのね、シャル、明日ね、ハロウィン・・・」
「あぁ、ハロウィンだからクロロの為に可愛いコスプレでもするの?いいよ、明日はクロロと二人でデートしておいで。あ、勉強会ももう必要ないよね。クロロと勉強しなよ、“イロンナコト”教えてくれるよ。」

無表情で突き放す。
ルーエルの目に涙が溜まっていくのに、俺の心は鎖で縛られたかのように動かなかった。

「じゃあね。」

俺は自分の部屋へ戻ろうと踵を返す。
そんな俺の腕を掴んだのは涙目のルーエルで。

「ま、待ってシャル・・・怒ってるの?私、何かした・・?」

震える手でしっかりと俺の腕を掴み、涙を流さないように堪えながら見上げるルーエルに、しかし俺はそれにすら苛立ちを覚えその手を振り払った。

ルーエルが、傷付いたように目を見開く。


「しばらく、話しかけないで。」


自分でも驚くくらい弱々しい声が出た。
クロロがジッと俺の事を見ていたのは知っていたが、あえて見ないようにその場を後にする。

遠ざかる二人の気配に、俺は小さく自嘲した。






 * *






「珍しいな、お前がルーエルを泣かせるなんて。」
「・・・勝手に入って来ないでよ。」

いつもルーエルが座るソファの上。
膝を抱えてぼーっとしていたら、扉の方から声がした。
見なくても分かる。クロロだ。

「泣いてても問題ないでしょ。クロロが慰めればいい。」
「言われなくてもそうしたさ。今は部屋で眠ってる――なんて、言わなくても把握してるか。」

ククッと笑ったクロロに苛立つ。
俺は下げていた顔を上げてクロロを睨み付けた。

「ねぇ、何なの?用がないなら出てってよ。」
「用ならある。明日、俺はある屋敷に盗みに入る。そこに、ルーエルを連れて行くつもりだ。」

クロロのその言葉に俺は勢い良くソファから立ち上がった。

「何考えてんの?俺達の仕事にルーエルは巻き込まない約束だろ。」

怒りを滲ませた視線を真正面から受け止めるクロロは、当たり前だというように頷いた。

「もちろんだ。その屋敷では明日ハロウィンパーティーが開かれる。ルーエルに話したら行ってみたいと言ったからな。」

「・・・それ、ルーエルを囮にするってこと?」

「まさか。俺は“ルーエルとシャルに”パーティーを楽しんでもらおうと思って提案しただけだ。」

クロロのその言葉に俺は目を見開く。

「それ、俺とクロロとルーエルでその屋敷に行くって事?意味分かんないんだけど。」

ルーエルとクロロが付き合っているならわざわざ俺を挟む必要はないだろう。
それとも何か?盗みに行く間だけルーエルの護衛をしろって?はっ、バカバカしい。

「行くなら二人で行ってよ。俺がいたって邪魔でしょ。
それにクロロが途中でいなくなったらルーエル悲しむよ。」

「本気でそう思っているのか?」

驚いた顔で俺を見るクロロにイラッとする。
何?という意味を込めて睨みを飛ばせば、クロロは顎に手を当て何やら考え始めた。
そして、ふむ...と一つ頷くと探るような目で俺を見る。

「お前は、意外とルーエルの事が見えてないんだな。」

その言葉にカッとなり、俺はとうとう声を荒げてしまった。

「なに、自分はよくルーエルのこと知ってるって?そりゃそうだよな!さっきみたいに俺から隠れるようにして何回も会ってたんだろ!?そりゃ俺には内緒で楽しい話も沢山したことだろうよ!!」

はぁ、はぁ...と肩で息をする。
俺は、何を言っているんだろう。ただの八つ当たりだ。
頭の片隅で冷静な俺が嘲笑う。

そんな俺にクロロは一つ溜息を吐くと、何もかもを見透かすような目で言った。

「お前は、ルーエルに特別な感情を抱いている。」
「それは親ごこr・・・」
「そしてそれは“親心”ではない。」

クロロの言葉に息を呑む。
ドクン―、と、心臓が波打った気がした。

「今、自分が何に腹を立てているのかを良く考えるんだな。
そして、ルーエルが“何を想っているか”をよく見ろ。目を背け続ければまたルーエルを泣かせることになるぞ。
そして、俺はそれを許さない。」

ゾクリと鳥肌の立つような、殺気混じりの視線。
その視線に動けないでいると、ふっとクロロが俺から視線を外した。
俺に背を向け外に出ようとし、しかし何かを思い出したかのように、あぁ..と声を出し振り返った。

「明日、13時にはここを出る。パーティーは17時からだ。場所はグランツィア伯爵邸。遅れるなよ。」

それだけ言うと今度こそクロロは部屋から出て行った。
再び静寂が訪れる。

「行かないって言ってるだろ...」

扉に向かって言った言葉はとても弱々しく、扉に届くどころか、口から出てすぐに消えてしまうほど小さいものだった。


―“今、自分が何に腹を立てているのかを良く考えるんだな。”


「そんなの・・・」

ソファにドサリと倒れ込み、目を伏せる。
思い浮かぶのはクロロとルーエルの会話、そしてクロロのコートに身を包んだルーエルの姿・・・。

(ねぇ、ルーエル。なんであんなに素肌を出していたの?普段は足の隠れるドレスしか着ないのに...)


―“・・ね、クロロ。シャルには絶対に内緒ね。”


囁くような、それは甘い声色。


(ねぇ、ルーエル...俺には内緒って、何?そんな甘い声、俺は知らない。今まではどんな些細な事だって話してくれたのに・・・)

そこまで考えて、俺は目を見開いた。

(待って・・・どうして俺は今までルーエルが何もかもを話してくれてたと信じて疑わなかった?)

人には話せない事の一つや二つ、少なからずあるはずだ。
俺だってルーエルに隠している事はある。

(いや、違う。そこじゃない。俺がショックだったのは――、)


ルーエルは、クロロの事が好き――?


ガバリと体をお越し、片膝に置いた腕に顔を埋める。

「馬鹿だな...今気づくなんて。」

出会ってから今まで、一番近くでルーエルを見ていた。
朝一番におはようと言って、一日の終わりにおやすみと言う。
仕事がない時はなるべくルーエルの傍にいたし、お出掛けだって沢山した。

ルーエルの傍にいたいという想いは、子供の成長を見守りたい親のそれだと思っていたんだ。

「そんな、立派なものじゃない...」

穏やかになんて、見守れない。
俺は、いつだってルーエルを自分の傍に置いて俺だけに笑顔を向けて欲しいと思っていた。

“シャル!”

と緩んだ笑顔でそう呼ぶルーエルが――・・・


「大好きなんだ...っ。」


声に出した途端、破裂したかのように想いが溢れだして止まらない。


誰にも渡したくない程にルーエルが好きで好きで。

あの月の光のように輝く髪も
澄んだ空色をした目も
鈴が鳴るような声も
あの、陽だまりのような笑顔も...

本当は全部独り占めしたくて。


こんな醜い感情、

「親心なもんか...」

ずっとそう思っていた俺を鼻で笑う。
こんなの疑いようもない――、


「“恋心”じゃないか。」


ポツリと呟いた言葉は俺の心にじんわりと染み込んだ。

自分の気持ちを自覚した、ハロウィン前夜。






 ・
 ・ 
 ・





あれからしばらく眠れず、眠ったのは空がうっすらと明るく染まり出した朝方だった。

目を閉じていたのは一瞬だったように思う。
ゆっくりと意識が浮上して目を開ける。
そして、ボヤケた視界に写った数字に俺は飛び起きた。


【13:27】


「・・・嘘だろ?」

急いで隣の部屋の気配を探る。
しかし、いつもあるはずの気配はそこには無かった。

「・・・気付かないなんて。」

いつもなら、ルーエルの気配が動けば自然と目を覚ましていたのに。

はぁ、と溜息を吐く。
昨日の話だとパーティは17時から。
グランツィア伯爵邸までここから車を飛ばして約40分。

「準備、しなきゃ。パーティって事は仮装必須なのかな。」

衣装も買いに行かなきゃ。
ルーエルは、団長と買いに行ったのかな。

(そう言えば・・・)

昨日、俺、団長の事を“クロロ”って呼んでた気がする。
蜘蛛が結成される前に呼んでいた呼び名。

(どれだけ余裕なかったんだか。)

思わず苦笑する。
グッと伸びをすると少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

「着替えよう。そしてちゃんとルーエルに謝らなきゃ。」

ベッドから出て軽くシャワーを浴びる。
寝過ぎてぼんやりした頭がスッキリし、気分も幾分か晴れた。
いつもの服に着替えて部屋から出れば、足元にコツンッと何かが当たる。
ん?と思って足元を見れば、そこには顔が彫られたジャック・オー・ランタン。

「はは、ハロウィンらしいなぁ。」

誰が置いたんだろう、とそのジャック・オー・ランタンを持ち上げ、俺は息を呑んだ。

ジャック・オー・ランタンの上に置かれたメッセージカード。



・ー・ー・ー・ー・ー・◇・ー・ー・ー・ー・ー・
        しょうたいじょう
        シャルナークさま
いっしょに、ハロウィンパーティに行きませんか
マチにおさいほう、をならってネコ耳を作りました
     おかしもようい、しています。
          ルーエル
・ー・ー・ー・ー・ー・◇・ー・ー・ー・ー・ー・



丸っこい字で一生懸命書かれたメッセージに、胸が締め付けられる。
カードを退けると、その下にはネコ耳をが入っていた。
カチューシャに縫い付けられたネコ耳は所々歪で、だけど、とても...とても愛おしい。

ぎゅっとネコ耳の入ったジャック・オー・ランタンを抱き締める。


「やっと出てきたのかい、情けない男だね。」

突然横から聞こえてきた声に俺は顔を上げた。

「マチ・・・」
「ルーエル、泣いてたよ。目を真っ赤に腫らしてね。」
「・・・・」

マチの言葉に目を伏せる。
何も、言えなかった。
そんな俺にマチは怒るでもなく淡々と話す。

「お昼前、シャルの部屋の扉をノックしてた。そのジャック・オー・ランタンを持ってね。でもアンタは出なかった。
ルーエル、寂しそうな顔をしてそれだけ置いてったんだ。」

マチの言葉が茨の棘みたいに心に刺さっていく。
何も言わずただ俯いているだけの俺を、マチがじっと見据えているのが分かる。
何か言わなきゃ―、そう思うも俺は顔を上げられずにいた。
そんな俺にマチは一つ溜息を吐くと、呆れたように言った。

「アンタ、本気でルーエルが団長の事を好きだと思ってるんじゃないだろうね?」

その言葉に、思わず顔を上げる。
きっと情けない顔をしているんだろう。
マチは俺を見て、さっきとは違った溜息を吐いた。

「自分の気持ちにはやっと気付いたみたいだね。」
「――え?」

その言葉にポカンと口を開ける。

「何その顔。気付いてないと思ったの?
アンタがルーエルのこと好きなのなんてバレバレだよ。」
「もしかして、他のみんなも?」

恐る恐る聞いてみると、マチはおそらくね、と頷いた。
その瞬間恥ずかしさで思いっきり頭を抱える。

「ふざけてんの。アンタの無自覚がどれだけルーエルを傷付けたか考えな。」

苛立ちを含んだマチの声音に、俺はスッと表情を消した。

(――本当に、その通りだ。)

昨日自分がルーエルに言ったことを思い出す。
俺の腕を掴んだルーエルの手は震えていた。
なのに、俺はその手を思いっきり振り払ったんだ。

“しばらく、話しかけないで。”

嫉妬に駆られた俺の、ただの八つ当たり。
あの時のルーエルの傷付いた顔を思い出し、じわじわと後悔が生まれてくる。

「・・・謝らなきゃ。」

顔を上げ真っ直ぐに前を見据える。
そんな俺にマチはふっと息を吐くと、バサリと何かを投げて寄越した。

「遅いんだよ。今度泣かせたらその口縫い付けるから。
あと、パーティにはそれを着て行きな。ルーエルとお揃いで造ってある。」

それだけ言うとマチは俺に背を向け歩き出した。
その背中に、俺は「ありがとうね!」と少し大きめの声で言う。
マチは片手を上げひらひらと振ってくれた。

(―よし、準備しよう。)

自分の手元にあるネコ耳と衣装を見つめ、俺は再び自分の部屋へと戻った。







 * *






「ここです。」
「そ、ありがとう。」

運転手にニッコリと笑い、俺は車を降りた。
刺したアンテナを回収する事も忘れずに。

「すごい豪邸。」

すでにライトアップされたお屋敷はハロウィンらし
くオレンジを基調としている。
玄関まで続く庭にはジャック・オー・ランタンやコウモリ、ホラーチックな骸骨等が飾られていてこれまた雰囲気があっていい。

玄関に近づくにつれ、見知った後ろ姿が視界に入った。
その内の一人が振り返り俺に気付く。言わずもがな、団長だ。
団長は隣のルーエルの肩を叩き、俺を指す。ルーエルはきょとんとした顔で振り返り、そして次の瞬間泣きそうに顔を歪めた。

その表情に胸がズキンと痛む。

「シャル...」

小さく俺の名前を呼んだルーエルに、俺はゆっくり傍まで行くと優しく微笑んだ。 

「ルーエル、招待状ありがとう。とても嬉しかった。」

そう言うと、ルーエルは泣きそうになりながら必死に首を横に振る。

「ううん、ううん。こちらこそ、来てくれて、ありがとうっ」 

一生懸命なルーエルに思わず笑みが溢れる。
俺達の様子を見ていた団長はふっと息を吐くと、ルーエルの肩に手を置いた。

「ルーエル、シャルも来たことだし俺は招待してくれた人達に挨拶に行ってくる。その間シャルと思いっきりパーティを楽しむといい。」

女性なら思わず腰が砕けてしまいそうになるであろう笑みを浮かべ、団長はそう言った。
しかも今日の団長はハロウィンに合わせてヴァンパイア仕様だ。
何ともまぁ様になっている。会場にいる女性は団長に釘付けになることだろう。

「うん、分かった!連れて来てくれてありがとう、クロロ!」

満面の笑みでそう言った彼女に振り返って鼻の下を伸ばした男が数名。
俺は目敏くその男達の顔を記憶する。
そんな男達の視線をさらっていった彼女、ルーエルの格好は魔女だ。
仮装というより正装だよなぁーと心の内で呟く。

黒の魔女帽に、膝下まである黒のマント。背中には大鎌が背負われている。(もちろん切れない模造品)
これは、いい。まぁ、大鎌は魔女というより死神だろって突っ込みたかったけど、いい。
問題なのは中に着ている黒のワンピースだ。

上半身は身体のラインが出るようになっていて、肩の出るタイプのもの。
しかもあろう事か胸元が星形に切り取られ(ないけど)谷間を強調するデザインになっている。

そしてスカート部分。
これがまたけしからんデザインなのだ。
ザクザクに切り込みの入った布は幾重にも重なり漆黒の羽を思わせる。
その丈は膝より上で、しかも切れ目の一番短いところは少し動けばパンツが見えてしまうんじゃないか、と思える程だ。
そこからスラリと伸びる色白な太腿は、うん、とても悩ましい。

ちなみに靴はショートブーツだ。
ショートブーツが故にルーエルの綺麗な脚が余計に強調されている。

(マチめ・・・ルーエルの可愛さを最大限に生かしていて流石だと思うけど、他の男のいる前でこれは、ないっ!)

今すぐマントを前まで閉めて全てを隠したい。
そんな衝動に駆られながら、俺は笑顔で全てを隠し団長を見送った。

「・・・あの、シャル。何か、怒ってる?」

俺から不穏な空気を感じ取ったのか、ルーエルが若干怯えながら尋ねてきたので、俺はにっこりと笑ったままルーエルの手を取った。
そしてそのまま屋敷の庭園へと歩いて行き、蔦に囲まれた場所へと入る。
そこには小さなテーブルと椅子が2つ。
戸惑うルーエルを椅子へと座らせ、俺はやっと息を吐いて貼り付けた笑顔を消した。

「無理やり連れて来てごめん。あまりに人の目が多かったから、少し離れたかったんだ。」

そう言って苦笑した俺に安心したのか、ルーエルも緊張気味だった表情を崩す。

「良かった。また、何か怒らせたのかと思った...」

目を伏せそう言ったルーエルに、俺は小さく深呼吸すると思いっきり頭を下げた。

「昨日は本当にごめんっ!ルーエルが悪いんじゃないんだ。
ただ、団長との会話を聞いちゃって、その...“シャルには絶対に内緒”っていう言葉に、ついカッとなっちゃったんだ。」

本当にごめん...と言った俺にルーエルが驚いたように目を見開く。
困惑したように目をキョロキョロさせ、そして今度はルーエルが思いっきり頭を下げた。
これには流石の俺も予想外で思わずビクッと肩を震わせてしまう。

「ごめんなさいっ!内緒話だなんて気分悪かったよね。
私ももしシャルが私に隠れて内緒話してたら嫌だもん。
本当にごめんなさい。」

ショボンと肩を落とすルーエルに俺はゆっくりと手を伸ばし、そっと目元に触れた。
びっくりしたように顔を上げたルーエル。
その目尻は、目立たないようにしてあるものの少し腫れていた。

「・・・泣かせてごめん。」

そう言った俺に、ルーエルの瞳が僅かに揺れる。
俺は優しく目尻を撫でると、そっと手を離した。

「これ、ルーエルが造ってくれたんだね。」

雰囲気を変える為にネコ耳に触れて明るくそう言えば、ルーエルはパッと顔を明るくした。

「うん!あのね、マチに教わったんだよ!
シャルの携帯がネコさんだから、ネコ耳にしてみたの!」
「うん、よく出来てる。似合ってるかな?」

そう聞けば、ルーエルは少し頬を赤く染めて小さく頷いた。
でも、すぐに口をムッと尖らせそっぽを向く。
そんなルーエルに首を傾げていると、次の瞬間彼女は破壊力抜群の爆弾を投げて寄越した。

「とても似合ってるし、格好いい。でも、ね。
シャルがお屋敷に来た時、たくさんの女の子がシャルを見てたの。
それがね、とっても嫌だったの。」

「・・・・・」



――え。

なにこれ。




今すぐ抱き締めてキスしたいんだけど。




これは反則だ。
襲い掛かりそうになった俺は男として間違っていないと思う。

これだけでも耐えるのに必死なのに、さらにルーエルは続けた。


「それにね、シャツ、ボタン開け過ぎだよ...。
その...シャルの肌が、な、なんか、見てると、は、恥ずかしくなるっ。
あとね、首輪ね、なんかとっても色っぽいんだもの。
いつものシャルじゃないみたいだわ。
ネコさんは可愛いはずなのに、シャルの黒猫さんは...とても、男らしいの...」



―――、グッ...!!!

た、耐えろ俺っ!落ち着け俺っ!!おさまれ俺っ!!!


そんな事を頬を赤く染めて伏目がちに言われたらたまったもんじゃない。
しかも今のルーエルは魔女仕様の超絶可愛い姿だ。

ぐっと拳を握り必死に衝動を抑える。
そしてゆっくりと息を吐き、俺は苦笑した。

「ルーエル、ありがとうね。でもそんな可愛い姿で言われたら我慢出来なくなるから気を付けて。」

精一杯の注意だったんだけど、ルーエルはきょとんと首を傾げた。
そんなルーエルの姿に俺は、ははっと項垂れる。

「誰にでもそんな事言っちゃダメだよってこと。」

もうこの際他の男に勘違いさせるような事を言わなきゃいいや、と思ってそう言ったのだが、それがまた地雷だったらしい。

「?シャルにしか言わないよ。だってシャルしか格好いいって思わないもの。」


(―――――ッ。)
 


ハイ、俺死亡。

 

あれ、ルーエルってこんな直接的な事を言う子だっけ?
それとも俺自身がルーエルに抱く感情を自覚したから、そう聞こえるようになったのか...。

(どちらにせよ、これは精神衛生上良くない。いや、とっても良いんだけど良くないんだ。)

俺が頭を抱えていると、不意にルーエルが声を上げゴソゴソと斜めかけ鞄を漁り出した。
そして小さな包みを取り出すと・・・

「Trick or Treat、シャル!」

満面の笑みでそう言って、俺に包みを差し出した。
いきなりの事に俺は目をパチクリさせる。

「え、え?これ、俺が貰っていいの?」

普通、Trick or Treatって言われた側がお菓子を渡すよね?

なんて考えるも、ルーエルは嬉しそうに頷き目を輝かせている。
きっと勘違いをしているんだろう、が、こんな嬉しそうなルーエルを前に本当の事を言う事も出来ず。
俺は可愛くラッピングされた包みを受け取った。

「ありがとう。開けていい?」

そう聞けば、うんうん!と頷くルーエル。
そんなルーエルが可愛くてつい笑ってしまう。
丁寧にラッピングを解いていき、箱の蓋をそっと開けた。

「ーーー!」

そこには、ハート型のダークブラウンのチョコレートと猫の形をしたチョコクッキー。
少し歪なその2つのお菓子は、一目で手作りだと分かる。

「これ、ルーエルが作ったの?」
「うん!あのね、シャルは甘いものが苦手だから、ビターチョコ、にしたの。パクが言ってたんだよ。」

その言葉に、ドクン..と心臓が波打つ。
手作りのネコ耳に、お菓子。
ルーエルがマチ達とこそこそ何かをし始めたのは数日前で、その時俺達はハロウィンの話をしていた。

(お裁縫も料理も...俺のため?)

目の前の嬉しそうなルーエルに胸がぎゅっと締め付けられる。
気付いたら、俺はルーエルを抱き締めていた。

「ーー!しゃ、シャル?」

耳元で聞こえるルーエルの焦った声に、頭の片隅で何やってんだ俺、と叱咤する。
だけど、この手を離すことは出来なかった。

「俺のために、頑張って作ってくれたの?」
「う、うん。たくさん失敗したけど...あ、あのね、私ね、シャルをびっくりさせたくて内緒にしてたの。
でね、シャルのこと、クロロに相談しててね...」
「うん。今、分かったよ。」
「・・・ごめんね。」
「俺の方こそ、酷いこと言ってごめん。」
「あのね、勉強会、やめないでくれる?あの時間はね、とても大切なの。」
「うん、もちろん。俺にとっても大切な時間だよ、誰にも譲らない。」

抱き締めていた体を少し離し、二人で笑い合う。
誤解が解けた心はスッキリと軽く、以前よりも暖かさが増した気がした。

「あ、そうだ。ルーエル、もう一度“Trick or Treat”って言ってみて。」
「ーーえ?えと、“Trick or Treat”。」

ルーエルのその言葉に俺は満足気に頷くと、ポケットから小さな包みを出しルーエルへと渡した。
今度はルーエルがポカンと口を開ける。

「“Trick or Treat”の意味は、“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ”なんだ。
だからね、本当はそれを言われた側がお菓子を渡さなきゃいけないんだよ。」

ルーエルの唖然とした顔が面白くて笑ってしまう。
そんな彼女に、俺はつい今思いついた悪戯を仕掛けてしまった。

「ルーエル、“Trick or Treat”。」

そう言って手を差し出せば、ルーエルは、え?!と驚き口をパクパクさせる。

「わ、私、さっき渡したお菓子しかない...」

予想通りの言葉にニヤリと笑う。
そして俺は、えいっ!ともう一度ルーエルを抱き締めると、耳元で囁いた。

「じゃあ、悪戯しちゃおっかなー。」

え?!と顔を青くしたルーエルに苦笑し、その頬に軽く口付ける。
すると、ルーエルの顔が一気に赤く染まった。
そんな彼女の反応に満足しながら、俺はゆっくりと体を離す。

「悪戯成功。」

そう言って意地悪に微笑めば、真っ赤な顔のルーエルは恥ずかしそうに目を伏せ、そしてー・・

「こんな嬉しい悪戯、ないよ。」

「・・・・」



―はい、見事に俺が落とされました。




その後、お互いのプレゼントにお礼を言い合い、お菓子を食べた。

ルーエルの手作りチョコは、ほろ苦いチョコレートが口の中に溶けて、甘いものが苦手な俺でも美味しく食べる事が出来た。
チョコレートなんて嫌いだったけど、不思議だ。
ルーエルの作ったこのビターチョコなら何個でも食べられる。

「美味しいよ、ルーエル。俺好みの味。」

そう言えば太陽のような笑顔が返ってくる。
そんな笑顔を“独り占めしたい”だなんて、ね。
あ、そうだ。きっとルーエルは自分がすごく可愛いなんて思ってない。
ちゃんと自覚させて他の男の前でこんな可愛い顔をさせないようにしなきゃ。

「そう言えばその魔女の衣装、とても似合ってるね。」
「本当?!」
「うん、可愛すぎて他の男の目に触れさせたくないくらい。」
「ーーえ?」

パッと顔を赤く染めたルーエルに俺は妖艶に微笑みそっとその細い腰を引き寄せた。

「その細い肩も、胸元も、白い太腿も、そんなに見せちゃダメだよルーエル。じゃないと俺、噛み付いちゃうかも。」

そっと首筋を指で撫でながらそう言えば、ルーエルは恥ずかしそうにぎゅっと目を閉じる。
そんなルーエルの頬を両手で包み込み上を向かせると、俺はゆったりと微笑んだ。

「だから、ね、ルーエル。そんな可愛い姿は俺の前だけにして?」

おねだりするように首を傾げれば、ルーエルは真っ赤になりながらコクコクと頷いた。
そんなルーエルに俺も一つ頷いてそっと手を離す。

うん。
ルーエルの照れ顔を独り占め出来たし満足。


「こんな所にいたのか。」

ふと前から聞こえてきた声に俺は顔を上げた。
そこには呆れ顔のクロロの姿。
クロロの視線がチラとルーエルを捉え、そしてまた俺に向けられる。

「屋敷の中に入らないのか?美味しい料理がたくさん並んでるぞ。雰囲気も賑わってるしな。」

これは明らかに試されてるな。
団長、絶対に俺が大勢の中にルーエルの姿を晒すの嫌だって分かってて言ってる。

「うーん、ルーエルはどうしたい?」

だけど敢えてその誘いには乗らない。
だってルーエルが楽しみにしていたパーティだもん。
ルーエルに意見聞かなきゃね。

「私は...少しだけ、中に行きたいな。パーティとかって初めてだから。」

俺の顔色を伺うようにそう言ったルーエルに、俺はにっこり微笑むと、よしっ!と気合を入れた。

「では、しっかりとお姫様の護衛をさせて頂きましょう!」

そう言えば、ルーエルは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「シャルはどちらかと言えば飼い猫だがな。」
「主の一番近くにいられる最高のポジションだよ。」

団長の挑発に余裕の笑みで返せば、団長は意外だというように目を見開き、そして小さく笑った。

「ふっ、なるほど。ま、せいぜい頑張るんだな。」
「言われなくても。」

どうやらしっかりと伝わったみたいだ。
 

“ルーエルは渡さないよ”


飼い猫だって構わない。
ルーエルの一番近くにいられるなら、いつか愛という魔法で人間にだってなってみせるんだから。



その後、俺達は一通りパーティを楽しみホームへと帰った。

もちろん、ルーエルに鼻の下を伸ばした男達にはアンテナを刺して速やかにご退場頂きました。
そんな事には全く気付いていないルーエルは、はしゃいで疲れたのかぐっすりとベッドで眠っている。
俺はそんなルーエルの額にそっとキスを落とした。

「好きを自覚したからってルーエルを襲うなよ。」

後ろから聞こえてきた団長の声に俺はハッと鼻で笑う。

「当たり前だろ。無理強いしてルーエルを傷付けたりしない。」
「よっぽど好きなんだな。」
「うん、そうだよ。」

しれっと即答した俺に団長は目をパチクリさせ、そして可笑しそうに笑った。

「そうか。ま、他の奴に取られないようにしっかり捕まえておくんだな。」
「言われなくても離さないよ。“クロロ”にだって、渡さないから。」
「・・・なるほど。“ただのシャル”として、ということだな。」
「そう。クロロもルーエルが好きなら、絶対に負けないから。」

真っ直ぐに目を見てそう言う俺に、クロロは肩をすくめた。

「宣戦布告してくれてるところ悪いが、俺のルーエルへの想いは正真正銘の“親心”だ。」

そう言うクロロに疑いの眼差しを向ければ、彼は困ったように苦笑する。

「疑うならそれでもいいが、それで誤解してルーエルを泣かせるなよ。」
「分かってるよ。もう、泣かせない。」
「あぁ、そうしてくれ。ルーエルは俺達の大切な姫さんだからな。」

あまり長居するなよ、とだけ言い、団長はルーエルの部屋から出て行った。

シン...と静まり返った部屋にルーエルの寝息だけが小さく聞こえる。
そんな穏やかな時間にそっと笑みを浮かべ、


「大好きだよ、ルーエル。」


そう、小さく呟いた。





恋心を自覚した、ハロウィンの夜。











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