悔しさに流した涙の先に




「今日はここまでだ。」
「ーーっ、はぁはぁ....っ、ありがとう、ございました。」

私の周りで展開される幾つもの魔方陣が消えると同時、私はその場に崩れ落ちた。
目の前には氷で出来た巨大な彫像。
その姿は、クリスタルの付いた魔法杖を手に持ち上に掲げた髪の長い女性のもの。
ドレス姿でふわりと髪が靡いているその姿はとても美しい。

「水と風の魔法で氷の塊を作り、そこから精密に水と風をコントロールすることで造る彫像。
これだけの物になると、さすがに疲れるか?」

エレフは座り込む私に疲労に効く薬茶を差し出すと、完成した彫像を見上げてそう言った。

「そうね・・・。ドレスの皺とか髪の一本一本を丁寧に表現しようと思ったら、やっぱりコントロールがとても難しかったわ。
挑戦してみたけど、さすがに疲れるわね。」

そう言って苦笑した私は、エレフから貰った薬茶に口を付けホッと息を吐く。
作り上げた彫像を見上げれば、朝焼けに照らされキラキラと輝いていた。




エレフに修行を付けてもらうようになって、3日目の朝だった―。















「今日含め残り3日で試験も終わりか。」
「早いものね。」
「そうだな。・・・ルーエル、今日はちょっと修行なしでもいい?」
「えぇ、問題ないけど...どうしたの?」

朝ごはんの焼き魚から口を離し私はエレフに問いかけた。
エレフは頭を掻きながら、私からツイと目を逸らす。

「いや、少し気になる場所があってな・・・」
「気になる場所?」
「あぁ。どうやらこのゼビル島には色んな毒草が密集して生えている場所があるらしいんだ。
洞窟を抜けた先にあるってソラが教えたくれたんだけど、流石に毒に耐性のないルーエル連れて行けないなって。」
「なるほどね。エレフは平気なの?」
「木属性だからな。草花の毒は効かない。」
「それって全ての属性においてもそうなの?」
「だろうな。火属性に火は効かないし、水属性は水中生物を支配下に置いてる。風属性は自己治癒力高いって言うし、土属性に関しては陸上動物を支配下にしてるんだっけか・・・」

最後の方はうろ覚えだったのか、うーんと額に手を当てたエレフ。
私は感心しながらエレフの話を聞いていた。

「そうだったのね。全く知らなかったわ。」
「村に住んでたら最初に教わる事だけどな。村に来たことはあるのか?」
「ううん、ないの。旅団の皆に会って落ち着いたら一旦顔を出しに行こうかと思ってるんだけど・・・」
「なるほどね。村に行く時は声かけてよ、俺も行く。」
「本当?それは助かるわ。」

パッと顔を明るくすると、エレフも笑って頷いてくれた。
そして食べ終わった魚を焚き火の中に放り入れると立ち上がり、置いていた弓矢を肩に背負う。

「じゃあ行ってくる。何かあったら連絡頂戴。」
「分かった。エレフも気を付けてね。」
「あぁ。」

そう言って彼は洞窟を後にした。
私も魚を食べ終えると火を消し、散策する為に外へと出た。






 * *






(イルミは土の中、ヒソカは・・・6点分集まったのね。)

風の子達から集めた情報を頼りに、私は彼等と遭遇しないように森の中を歩いていた。
そして、ゴン達はどうしているだろう、と気になり風の子達を送ったのが事の始まり。

「ーーえ?」

耳元で囁かれた風の言葉に私は目を見開いた。
そしてすぐに彼がいるであろう場所まで駆け出す。
木々を抜けると、そこは湖のある開けた場所だった。

「ーーっ、ゴンっ!」

草むらに倒れるゴンを見つけた私は駆け寄り彼の状態を見た。

(首に刺された痕・・・毒、かな。脈はあるし息もしているから、痺れ毒とかかしら。頬の傷は...別の奴の仕業ね。)

ふと目の端でチカリと光った白いものに目を向ける。
見ればそれは2枚のプレートで。
そこに書かれた番号に私は息を呑んだ。

(・・・ヒソカっ)

私の頭の中に浮かんだ仮説。
ゴンのターゲットはおそらくヒソカ。そしてゴンはヒソカからプレートを奪った。
しかし別の受験生・・・おそらく、この毒針を刺した奴に攻撃され、プレートを奪われた...。

(風の子達の話だとヒソカは既に6点分を集めている。と、いう事は・・・ゴンを襲った奴がヒソカのターゲットだったわけね。)

なるほど、これで合点がいった。
ヒソカの気まぐれで今ここにゴンとヒソカのプレートがあるとして。

(その側で倒れているゴンを見るに、ヒソカにプレートなんていらない、と返そうとして殴られたのね。)

そこまで考えて、はぁ...と溜息を吐いた。

(とりあえず毒を抜かなきゃね。)

ゴンの体を抱き起こし、首に出来た傷口に手を当てる。
手に魔力を込めそこから少量の水を送り込むと、血液に溶け込むように調整し、そして血液中に含まれる毒素をゆっくりと浄化していった。

(顔の傷は・・・そのままの方がいいかしらね。)

何となくゴンの性格を考えるとそうした方がいいように思えて、私はゆっくりと首から手を離した。

 

ーー・・・




「――ぅ、・・っん..」

木漏れ日が降り注ぐ午後。
穏やかな風が髪を揺らす。

「おはよう、ゴン。」

ゴンが身じろいだ気配に私はホッと息を吐き、声を掛けた。
ゆっくりと目を開けたゴンは私の顔を見て驚いている。
その顔が面白くてつい笑ってしまった。

「大丈夫?そこで倒れていたのよ。」

そう言って一箇所だけ草の潰れている場所を指す。
ゴンは何かを思い出したかのように目を見開き、そして唇を噛んだ。

「ーーーっ、俺・・・」

グッと拳を握り黙り込んでしまったゴンに、私はそっと微笑み立ち上がると、湖まで歩いて行く。
溶けない氷で作ったカップに水を入れるとゴンの側まで行き差し出した。

「はい、お水。」
「・・・あり、がとう。」

ゴンがカップを受け取ったのを確認し、私は隣に腰を下ろした。
そして近くに置いておいた木の実をゴンの前へと持ってくる。

「森の動物がね、持って来てくれたの。あ、ほらあの子よ。ゴンを心配してるみたい。」

そう言って草むらの影からひょっこりと顔を覗かせているうさぎを指すと、ゴンはゆっくりと顔を上げうさぎを見た。
暗かった表情にうっすらと笑みが浮かび、安心する。
ゴンがそっとうさぎに手を差し出すと、隠れていたうさぎはゆっくりとゴンへと近付き指先に触れた。
驚かさないようにそっとうさぎの頭を撫でる。

「ありがとうね。」

ぎこちなく笑いそう言ったゴンにうさぎは耳をひょこっと動かし、そして森の中へと駆けて行った。
うさぎを見送るゴンの表情がだんだん沈んでいくのを横目に見、私は赤い木の実を一つ摘むとゴンの肩を叩いた。
振り返ったゴンのほっぺたに指をつんっと当てると、ポカンと口を開けたゴン。
そんなゴンの口にすかさず私は木の実を放り込んだ。
慌てて口を閉じ、もぐもぐと口を動かすゴンにふふっと笑う。

「美味しいでしょう?」

そう言って微笑めば、ゴンは軽く目を見開いた後に顔を伏せ、小さく頷いた。
次第にその小さな肩が小刻みに震え始める。

私はそっとゴンの頭に手を乗せ、ゴンが落ち着くまでゆっくりとその柔らかい黒髪を撫で続けた。




・・・ーー




「ありがとう、フレイヤ。」
「どういたしまして。」

真っ赤に腫らした目でぎこちなく笑うゴンに、私も笑顔で頷く。

「落ちてるプレートの番号・・・見た?」

未だ地面に落ちているプレートに目を向け、ゴンは私に問いかけた。
質問の意図を察した私は、えぇ、と頷く。

「そっか...なら分かるよね。俺のターゲット、ヒソカだったんだ。」
「そうみたいね。」
「一回は、何とかプレートを奪えたんだ。だけど俺...後ろから受験生に狙われているのに気付かなくて...」

グッと拳を握り締めたゴンを黙って見つめる。
辛そうに、でもしっかりと、ゴンは私に何があったかを話してくれた。

「俺、その受験生に攻撃されて、動けなくなって...プレートを、取られたんだ。二枚とも。
だけどしばらくしてヒソカが目の前に現れて...」



『この帽子の彼がボクのターゲットだったんだ★
これでボクはもう6点分集まった。だからこれはキミにあげるよ◆』

『今のキミはボクに生かされている。』

『キミが今のようにボクに一発当てることが出来たら、そのプレートを受け取ろう。』



「・・・その時の傷ね。」

そっと赤黒く腫れた痛々しい頬に触れると、ゴンはゆっくりと頷いた。

「俺...悔しくて悔しくて・・・何も出来なかった自分が・・っ」

唇を噛み締め俯くゴンの姿が昔の自分と重なる。
私は穏やかに流れる雲を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。

「分かるわ。私も、自分がどれだけ無力でちっぽけか...痛いくらい思い知らされたもの。」

私のその言葉に、ゴンは小さく驚き私を見る。
私はゴンには視線を向けず流れ続ける雲を追った。

「私が試験を受けた目的、人探しって言ったわよね。
私、4年前に襲われて大切な人達と離れ離れになってしまったの。」

今でも鮮明に思い出せる。
あの時の痛み、恐怖、肌に触れた殺気ですら...。

「そしてその襲った奴っていうのが、ヒソカ。」

隣でゴンが息を呑んだのが分かった。

「戦う術を持たなかった私はひたすら逃げたわ。そして滝に身を投げた。
まぁ、私の持つ魔力のお蔭で死なずに済んだのだから結果オーライなんだけど。」

そっと、左手の中指に嵌った指輪を見つめる。

「最初は恐怖でいっぱいだったんだけどね。
でも師匠と出会って修行をしていく内に、私が強かったらあんなことにはならなかったって、悔しさが込み上げてきた。
だから、たくさん修行して強くなったわ。ヒソカに...ううん、誰にも負けない私になろうと思ったの。」

そこまで言って、私はゴンに笑いかけた。

「ねぇ、ゴン。怖いって、言ってもいいのよ。」

ハッとゴンが目を見開く。
そんな彼に私は優しく手を伸ばし頭を撫でた。

「確かに悔しさもあると思う。だけどね、それは後でもいいのよ。
強くあろうとしなくていい。ちゃんと、自分の弱さにも目を向けてあげて。
弱音を吐いてもいいの。ちゃんと認めて、自分の心が前を向けるようになったら、進めばいい。
立ち止まる事は悪いことじゃないわ。だからね、自分の心を無理に抑えつけて奮い立たせちゃダメ。」

真っ直ぐにゴンの目を見てそう言えば、ゴンはくしゃりと顔を歪め力なく笑った。

「はは、フレイヤはすごいなぁー。なんでも、お見通し...っ」

ぎゅっと閉じられた目から溢れる涙に、私はそっとゴンを抱き締めると、トントン...と背中を叩く。

「...、おれっ、こわ、かったんだ・・・。」
「うん。」
「ヒソカの、殺気に当てられた時・・っ、震えが止まらなか、った...っ。怖くて、でも、やらなきゃって・・・」
「..うん。」
「プレートが取れた時、嬉しくて・・でも、同時にすごく、怖かった...。
ゲレタさんが俺からプレートを奪って・・すごく悔しくて...っ、でも、その後に、ゲレタさんの帽子を被ったヒソカが来て...っ、これは、借りだってっ!
思いっきり殴られて動けなくなった自分が、すごく無力に思えて、すごく、ちっぽけで...」

ぽつりぽつりとゴンの口から溢れて行く言葉をしっかりと受け止める。

ゴンは、すごいと思う。
“すごい”なんてとても安っぽい言葉だけど、だけど、本当にそう。

(こんな小さな体で、どれだけのものを受け止めようとしているの...。)

逃げ出したいだろうに。
辛いと、苦しいと、吐き出してしまいたいだろうに。

だけどゴンは、“辛い”も“苦しい”も“やめたい”も口に出す事は無かった。
ただただ、自分は無力だと、悔しいと、それだけを繰り返す。


前に進む為の涙しか流さない貴方は、とても強いわ――。





 ・
 ・
 ・





「おかえり、遅かったな。」
「ただいま。試験で出会った大切な仲間と会ってたの。」
「へぇ、その人も合格してた?」
「うーん、どうだろ。でも、きっと合格してくるわ。」



ゆっくりと夜色に染まり始めた空を見上げ、先程しっかりと顔を上げて駆け出した少年を想う。





そして試験終了の7日目の朝。

エレフと共に船の前へ行くと、大切な仲間に囲まれたゴンが笑顔でそこにいた。










第五楽章 end

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