大脱出と動き出した蜘蛛




一時間後。

全員がブリッジのテーブルへと集まり、軍艦の見取り図を囲みながら問題点を洗い出していた。

「どうやって岩礁から脱出するか。」

軍艦船は島に固定されている。
脱出する為には固定部分を切り離さなければならなかった。

「側面の切り離しはオレにまかせろ。」

ハンゾーの言葉に答えたのは、爆弾物の取り扱いに手馴れているらしいキュウという人。
ハンゾーは頼んだ、と相槌を打った。

「問題は艦首部だ。完全に島に飲み込まれている。
生半可な威力ではびくともしないだろう。」

軍艦の艦首は島にがっちりと食い込まれており、確かにちっぽけな爆弾では切り離せそうもない。

「この船の大砲を使おう。40cm砲4本による連続射撃。それしかない。」

それに関してはクラピカが提案した。
私も横で相槌を打ち、ハンゾーへと目を向ける。

「砲弾室は使えそうだった?」
「あぁ、問題ない。砲弾と動力さえあれば動く。」
「そう、ありがとう。まずは動力ね。
どちらにせよ軍艦を動かす為にはエンジンの調整が必要だわ。
・・・誰か頼めるかしら?」

装置の操作なら念を使えばそこから情報を引っ張り出して扱えるけど、エンジンとかになってくると配線等の手作業が加わるから、私は出来ない。
申し訳なく思いながら誰か頼めないか周囲を見渡せば、ポックルとポンズが名乗りでてくれた。

「それは俺達に任せてくれればいい。」
「砲弾室に動力を送った後に船を動かすための動力に切り替えられるようにするわ。」
「ありがとう、二人共。ふふ、なんだかあなた達いつも一緒にいるからカップルみたいね。」

そう言って笑えば、二人共顔を真っ赤にしてワタワタしていた。
そんな二人が微笑ましくて、心が暖かくなる。

「責任重大な仕事を二人に任せてしまってごめんなさい。でも、信じているわ。お願いね。」

そう言えば、二人は表情を引き締め大きく頷いてくれた。

「砲弾はどうする?」

ハンゾーの質問に対しては、レオリオが知っていると意見を出した。

「宝探しで見付けたのが砲弾だったものね。」

クスクス笑うとレオリオは顔を真っ赤にして、しーーっ!とジェスチャーをする。
そんなレオリオに皆が一笑いし、ハンゾーが話を戻してくれた。

「あの前面の岩盤を砲撃して亀裂が海面まで走れば、この船は島から切り離される。」
「だが切り離された後、船を後方に動かさないと岩に埋もれてしまうぞ。」
「と、いうことは...スクリューも整備しないといけないわね。」

海の中なら私が適役かしら、と私が名乗り出ようとした時、横からゴンの声が聞こえた。

「海草の撤去はオレ達がやるよ!」
「えーー!めんどくせーよ!」
「えー、なんで?やろうよ!俺達に出来るのこれくらいだし。」
「キルアが嫌なら私がゴンと行くわよ。海とは相性良いしね。」
「・・・だって、キルア。」
「・・・・・だぁー!分かった、俺が行くよ!」

ゴンのジトーーっとした目に、キルアが観念したように声を上げる。

「ふふ、ありがとう。よろしくね。問題はそれくらいかしら?」
「あぁ。後は実行するのみだ。」
「今は10時を過ぎた頃か...リミットは8時間くらいか?」
「いいえ、日が落ちたらアウトよ。実行まで最低7時間。これ以上は待てないわ。」
「分かった、なら各自すぐに取り掛かろう。連絡は各所にある連絡管を通じて頼む。」

では、開始!!!

ハンゾーの合図で全員が一斉に動き出す。
クラピカが動き出そうとしたところで、私は彼に待ったを掛けた。

「待って。操舵室に行くんでしょう。」
「あぁ。フレイヤも来るだろう?」
「私は別の場所を担当するわ。」
「別の場所?」
「そう。けっこう重要な役なのよ。」
「なんだ、それは。」
「ふふ、それはねー・・・」



















「おやおや。みんな活きがいいこと◆」

前から聞こえてきた声に、私は大袈裟に溜め息を吐いた。

「あらあら。あなた方は高みの見物ですの?」

露天甲板の上。
私の気配に気付かなかったのか、驚いたように振り向いた二人に私はクスリと笑った。

「驚かせてしまったかしら。」
「ククっ、キミは気配を消すのが随分上手いようだ☆」
「・・・・」

ニヤニヤしているヒソカと違い、不機嫌なオーラを私に向けるイルミさん。
そんなイルミさんに私は眉を下げた。

「ごめんなさい、怒らせてしまいましたか?」
「・・ちょっとイラッとした。完璧とばっちりだよね。」
「はい。ヒソカが嫌い過ぎて加減が出来なくてすみません。」
「全くだよ。」

「・・・・・★」

酷いなぁ、とボヤくヒソカを無視して私はイルミさんへと本題を切り出した。

「そろそろ情報が欲しい頃かと思いまして。」
「んー、大体は把握してるよ。この船でこの海域から脱出するんでしょ。」
「はい。今夜起こる現象については?」
「それは昨日のキミの言葉で予想はついてる。昨日より大きな嵐が来るってことだよね。そして、それは早急に脱出を要する程のもの。」
「正解です。情報、必要無かったみたいですね。」

そう言って笑えば、イルミさんは不思議そうに首を傾げる。

「それが本題じゃないでしょ。何か伝えに来たんじゃないの?」

イルミさんの言葉に私は小さく目を見開いた。

「よく分かりましたね。」
「うん。キミが昨日の時点であれだけ情報を渡してくれたからね。この事についての追加情報はないと思ってた。」
「流石です。」

イルミさんに微笑み頷く。
やはりこの人は頭がいい。話していてとても楽だ。

「んー、二人共ボクのこと忘れてない?
それにしても随分仲良くなったんだね★
3次試験がきっかけかぃ?」

横から聞こえてきたヒソカの声に私は一瞬で表情を消す。

「近寄らないで下さいませ。鳥肌が立ちますわ。」

サッとイルミさんの後ろへと移動すると、イルミさんは私を守るようにヒソカから隠してくれた。

「だってさ、ヒソカ。」
「・・・★
んー、イルミだってフレイヤに“さん付け”で呼ばれているじゃないか◇
ボクのことは呼び捨てなのに、ね。」

ヒソカのその言葉にイルミさんが無言で私を見る。
そんなイルミさんに私は対して表情を変えることもなく、淡々と言った。

「アレは人間として認識しておりませんので、あくまで名前は記号として扱っておりますの。記号に敬称を付けるなんて可笑しいでしょう?」

そもそも、“さん”は敬称。敬うからこそ付けるのだ。
ヒソカに付ける敬称など最初から存在しない。

「それ正解。でも俺のこと呼び捨てでもいいんだよ?」
「いいんですか?」
「うん、フレイヤなら許す。」
「では・・・イルミ。」
「うん。」

「これでイルミも記号に成り下がったね★」

そう言ったヒソカに私の殺気とイルミの針が飛んだのは言うまでもない。



「で、本題ですが。」
「うん。」

とりあえずヒソカを地面に縫い付けた私とイルミさんは本題に入る。

「今回、この軍艦を使う以外に脱出は不可能です。
今ここにいる受験生達はその命を握る軍艦を動かせるように必死で行動しています。
高みの見物をするのは自由ですが、自分より弱い人達に自分の命を任せてもいいんですか?」

「・・早い話、協力しろってこと?」

「それはお任せします。ですが...」

私はくるっと踵を返して下と繋がる梯子へと歩みを進める。
二人を背にしたところでふぅ...と息を吐くと、勢い良く振り返り思いっきり悪戯に笑ってみせた。

「“働かざるもの食うべからず”!
この船の厨房で今用意している料理、お二人の分はないと思ってくださいね!」

それだけ言うと、私はサッとその場から姿を消した。





「・・・つまり★?」

「“下にご飯用意してるから食べたかったら食べてよね!”って事じゃない?」

「・・・◆」






 * *






「皆さん、お疲れ様です。軽食を作りましたので、食べて下さいね。」

そう言って野菜サンドイッチとおにぎり、焼いたベーコンを乗せたお皿を置く。

「おー、ありがてー!サンキューな!」
「腹減ってたんだ!」

受験生の嬉しそうな声に満足気に頷き、次の場所へと移動する。
私は一時間ほど前からこの作業を繰り返していた。

そう。
私の仕事とは食事の提供だ。

ホテルになっているから厨房は何処かにあるだろうと思っていたが、正解だった。
食材も揃っていて量もあるから受験生全員に十分行き渡るだろう。

「さて、次は・・・」

軍艦の周りをザッと見渡す。
大方回ったからあと少しだろう、と中へ入ろうとしてふと上を見ると、そこに人影が。
その人は露天甲板の上から弓を構え、何処かに向かって矢を射っている。

(何をしているのかしら?)

私は手元に残ったご飯の量を確認し、一人分なら大丈夫か、と露天甲板へと向かった。



ーー・・・



「ーーっ、と。あとはあの岩とあの岩だな・・・」

露天甲板へ続く梯子を登り、その人の様子を伺う。
腰まである長い緑色の髪を1つに結んだ珍しい装いの青年。
構えている弓はとても長く、青年の身長ほどもある。

「何をしているんですの?」
「ーーーーーっ!」

驚かさないようにそっと声を掛けたつもりだが、逆に驚かせてしまったらしい。
青年の肩がびくっと跳ね、私の方を向いた。
その瞬間、青年の目が大きく見開かれる。

「お、まえ・・・」

私の顔を凝視している彼に首を傾げ、私は驚かせてごめんなさい、と頭を下げた。

「作業をしている皆さんのところにお食事をお届けしていたんです。
こんなところに人がいると思わなくて。遅くなってしまってごめんなさいね。」

そう言って手に持っていたおにぎりを差し出す。
彼は戸惑いながらも、ありがとう、と1つおにぎりを取った。
そして弓を床に置くと、その場に座る。

「・・・座れよ。お前が食事を配ってたのは上から見えてた。あの様子じゃお前もご飯食べてないんだろ?」

そう言って彼は自分の横をトントンと叩く。
私は素直に彼の隣に腰を下ろした。

「お前、名前は?」
「先に名乗るのが礼儀ではございませんが?」
「あー、だな。悪い。俺はエレフ。」
「フレイヤよ。」
「・・・ルーエル=シャンテじゃなくて?」
「ーーーっ?!」

エレフのその言葉に私はバッと彼を見た。
そんな私に彼は納得したように一つ頷くと、落ち着いてくれ、と私の顔の前に手を持ってくると、ポンッと小さな花を出した。

「ーーっ、花?」

びっくりしている私に彼は出した花を私の髪にそっと差す。
満足気に笑うと、説明するよ、と彼は柔らかく微笑んだ。

「俺を見て、何か気付くことはない?」

そう言われて私は首を傾げつつエレフをじっと見る。
目に付くのは、着ている服と髪の色、あとは・・・

「不思議な、目の色をしていますわ。深緑色?」
「そう、深緑色。それだけ?」
「あと・・は、珍しい服を着ていますわね。」
「あー、それは関係ないや。んじゃ、こうしたら?」

そう言ってエレフは木で出来た床にそっと手を添えた。
そして――、

「ーーーーっ!」

その瞬間、私はハッキリと魔力が動くのを感じた。
慌ててエレフを見る。

「もしかして・・・魔族?」
「正解。ちなみに木の属性な。」
「そうだったのね!だから、私の名前も知ってたの?」
「え?!あ、あぁ、そうだけど...てか、態度変わりすぎじゃない?」
「だって仲間に会えたんだもの!あなた悪い人じゃなさそうだし。」
「ほぉ...あのお嬢様言葉は猫被りなわけだ?」
「だって舐められたくないもの。それに人を動かすにはあの話し方が一番いいと思って。ラスボス感出るでしょ?」
「ラスボス感・・・。よし、とりあえず思ってたより幼いって事は分かった。」
「む、何よそれ。エレフいくつなの?」
「18。」
「勝った!私21よ!」
「それ、女性として喜ぶとこか?」

そんな他愛もない話をしながら、私達はおにぎりを食べた。
ちなみに、エレフの着ている服は“袴”というらしい。
聞けば三次試験の時の魔力の動きで仲間の存在を知り、この軍艦で私を見た時に目の色で私が魔族だと分かったのだとか。

「空色の目を持つ神の愛娘。お前、言霊の力を持ってるんだろ?」
「えぇ。それ、やっぱり魔族の間では有名なの?」
「そうだな。でも俺は別の人から聞いた。」
「別の人?」

私が首を傾げると、エレフは何かを見定めるかのように私を見た後、さらりと爆弾を落とした。

「幻影旅団の人達から。」

思わずガタンっと立ち上がる。

「ど、こで・・・」

震える私の手をそっと引き、落ち着け、とゆっくり座らせたエレフ。
私の様子に息を吐いたエレフは、真剣なトーンで私に話してくれる。  

「俺がまだ小さい頃・・・6年くらい前か。その時に旅団が俺達の村に来たんだ。ルーエルの事を聞きに、な。」
「私がまだ目が見えなかった頃だわ。...誰が来たの?」
「クロロ、シャルナーク、マチ、フィンクスの4人だ。」

久しぶりに聞く名前に涙が出そうになる。

「あの頃の俺にとって彼等は憧れだった。まぁ、それは今でも変わらないけどな。
...クロロに言われたんだ。」



『俺より強くなったら名前で呼んでやる。』

『なる。
 絶対に強くなって、お前をぎゃふんと言わせてやるからな!』



「この試験が終わったら、会いに行くつもりだ。」
「会う手段はあるの?」
「あぁ。シャルナークの連絡先を知ってる。そこに連絡するつもりだ。」
「.....え?」

目を見開く。
今、彼はなんと言った?

――シャルナークの連絡先を知ってる。
 

シャルの連絡先を、“知ってる”?


「な、なんで知ってるの?!」
「お、おわっなんだよ急に!」

思わずガバリと胸倉を掴んでしまう。
エレフの声に私はハッとして慌てて手を離した。

「ご、ごめん。あの、それってシャルと直接連絡が取れるってこと?」
「見る限り携帯番号だからな。直接本人に繋がると思うけど・・・てか、お前なら旅団と連絡くらい取れるだろ。」

その言葉に私は目を伏せ、首を横に振った。

「4年前に、私襲われて...その時から旅団のみんなとは一切、連絡すら取っていないわ。」

私の言葉に、今度は彼が大きく目を見開く番だった。

「マジで?...え、一度も?」
「えぇ、一度も。」
「はぁ...なんでだよ、いくらでも手段はあっただろ。」
「そう、ね。少なくとも情報屋を始めた頃からなら連絡は取れたわ。」
「6年前の記憶だけど、あの人達、ルーエルの事めちゃめちゃ大切に想ってたよ。」
「うん。大切にされてた。」
「だったら生きてる、くらい知らせてやれよな。なんの音沙汰もないのが一番堪える。」

返す言葉もない。
全く持ってその通りだ。

「私も、彼らが私を探してくれているって知った時に後悔したわ。
もっと早く会いに行けば良かった、て...」

目に見えて落ち込んでしまった私に、エレフは大きく息を吐くと、勢い良く私の頭に手を乗せた。

「ま、もう心配ないだろ。今は電波通じてないけど、こっから出たら携帯が使える。そしたら、一番に連絡しろ、な。」

明るいエレフの声音。
そっと彼の顔を見ると、彼は私を安心させるように笑っていて。
なんとなく、その笑顔に元気が出た。

「うん、そうする。ありがとう、エレフ。」
「どーいたしまして。さて、お腹もいっぱいになったし作業に戻るかな。」

そう言って立ち上がり、ぐっと伸びをしたエレフに首を傾げる。

「作業って何してたの?」

私の質問に彼はニッと笑うと床に置いていた弓を持ち上げ、得意げに言った。

「こいつでちょっと、な。見てな。」

言うが早いか、彼は弓を構えると靫(ゆき)から矢を一本取り出し射る。
放たれた矢は真っ直ぐに軍艦近くの岩に刺さるが、ただ刺さっただけで何か起こる様子はない。

「・・・え、矢を射る練習?」

サボりじゃない、と疑いの目を向けると、彼は心外だ、というように顔を顰めた。

「ちゃーんと見てろ。もうすぐだから。」

エレフに言われて再び岩を見ると、ピシッと一本の亀裂が入るのが見えた。
そしてそれを機にどんどん岩に亀裂が入っていき、とうとう大きな岩は跡形も無く崩れ去ってしまった。

「え!なんで!?」

驚く私に得意げに笑った彼は、何が起こったのかを教えてくれる。

「俺は木属性の魔法が使える。で、あの矢は木を削って作ったものだ。」
「ーーー!あの矢を通じて岩の内側から何かしたの?」
「ご名答。岩の割れ目に刺さった矢から蔓を張り巡らせたんだ。それで岩を崩してるってわけ。」
「なるほどね。軍艦の進路の邪魔にならないように岩を排除してくれてたんだ?」
「そ。機械とか爆弾とか無理だし、これしかないかなって。」
「ふふ、確かに。これはエレフにしか出来ないわね。」

じゃあ私も作業に戻るわ、とエレフに別れを告げその場を離れようと踵を返す、が、しかしそれはエレフの手によって阻まれた。

「ストップ。ちょっと失礼するよーっと。」

そう言ってエレフは私の頭へと手を伸ばし髪を弄る。
私が首を傾げると、笑いながらゴミが付いてたんだ、と手を離した。
そしてじーっと私を見下ろすと、

「ルーエル、無理はするなよ。お前は魔力の使い方が荒い。もっと魔法を使うことに慎重にならないと、いつか命を落とすことになる。」

真剣な声音でそう告げた。
そんなエレフに驚きながらも、私も表情を引き締めしっかりと頷いたのだった。







 * *







コンコン、とノックをして部屋に入る。
クラピカはマニュアルを読みながら、操舵室の機材を触っていた。

「おまたせ、クラピカ。一人でやらせてしまってごめんなさい。」
「いや、大丈夫だ。食事は配り終えたのか?」
「バッチリよ。これ、クラピカの分ね。代わるわ。」

そう言って食事をテーブルの上に置き、私はクラピカからマニュアルを取り上げた。
作業を強制終了させられた事に、クラピカは苦笑する。

「強引だな。」
「こうでもしないと止まらないでしょ?」
「ごもっとも、だ。」

軽く肩を竦めると、クラピカは素直にイスに座り食事をし始める。
その時、コンコンと扉がノックされハンゾーが入ってきた。

「クラピカ・・と、悪い、休憩中か。」
「いや、構わない。手法の発射プロセスについてか?」
「あぁ、こっちは順調だ。第一、第二ともに状態は悪くない。連射は可能だぜ。
それに砲弾の装填システムの方も分かった。」
「そうか。」
「後は実際に砲弾をセットするだけだ。
・・レオリオのやつ、本当にコイツの砲弾を見たんだろうな。館内には一発も残されていないようだが。」

ハンゾーの焦るような発言に、私は右耳に光る紺碧のイヤリングに耳を傾ける。
そこから聞こえる“囁き”に私は満足気に頷き、ハンゾーの方を向いた。

「レオリオ、砲弾を見つけたみたいよ。砲弾の引き上げ作業に人員を集めて。」
「・・・なんで分かんだ?」
「情報屋だから、ね。」

そう言って暗にこれ以上は言えない、という意を含めて笑う。
ハンゾーはそれを正確に受け止めたのか溜息を吐いた。

「忍ってのも大抵秘密主義だが、情報屋も大概だな。」
「あなた忍なの?嘘よ。自分から存在アピールし過ぎて全然忍べてないわ。...特に頭(ボソリ)」
「おいーーーー!最後バッチリ聞こえてっからな!!」
「あら、ふふふ。」

「・・・緊張感の欠片もない奴等だ。」



ーーー・・・



着々と時間は過ぎ、日が沈み始めた頃。
順調に各持ち場の準備は整ってきていた。

『こちら、爆破班。準備が整った。』

連絡管から聞こえてきた報告にクラピカと目配せをして頷く。

「あぁ、頼む。――全員に告ぐ!今から側面の切り離し作業を開始する。爆破による衝撃に備えよ!!」

それを合図に設置された爆弾が一斉に爆発していく。
しばらく続いた物凄い爆破音が静かになった頃、

『側面の切り離しは完了だ。特に問題はない。』

「分かった、ご苦労。中でゆっくり休んでくれ。」

爆破班からの報告にクラピカがホッと息を吐く。
そしてエンジン室へと声を掛けた。

「ポックル、エンジンの調子はどうだ。」

『こちらエンジン室、ポックル。今調整が終わった。あとは...動くかどうかだ。』

「そうか。...大丈夫だ、絶対に動く。」

クラピカの言葉に連絡管の奥でポックルが頷いたのが分かる。
そして、誰に掛けるわけでもない不安を小さく漏らした。

『こいつが動かないとオレ達は海の藻屑だな。』
『大丈夫よ、貴方一人じゃない。私も、一緒にレバーを引くわ。』

エンジン室で小さく交わされた会話。
そこに少しの甘酸っぱさを感じたのは私だけかしら。
私は温かい気持ちになりながら、小さく微笑む。

絶対に動くと、確信しながら―。


『行くぞっ!せーのっ、

『『動けぇぇえええ!』』


ブーン...という音の次にガタガタと軍艦が振動しだす。
その振動は蒸気エンジンが無事に動いたことを証明していた。

『『や・・やったああああ!!!』』

二人の嬉しそうな声に私もふふっと笑う。
クラピカの表情も幾分か柔らかいものに変わった。

「二人共良くやってくれた。ありがとう。そのまま動力を大砲の方に頼む。」

『了解。』

クラピカはふぅ..と息を吐くと、連絡管から体を離した。

「第一関門は突破、だな。」
「そうね。あとは大砲の準備が整えば脱出出来るわ。」
「ハンゾーに連絡を取るか。」

そう言い連絡管へと近づこうとして、クラピカはふと窓の外を見た。
そしてその表情を険しいものに変える。
その様子に私も窓の外へと目を向けた。

「荒れてきたわね。」
「あぁ、急がなくては。」

時刻は17時半を過ぎた頃。
――私が設けたリミットは、過ぎていた。




ーーー・・・




「終わったねー!」
「どんだけ放置してたんだよ、草絡み過ぎだろ、あれ。」

ゴンとスクリューに絡まった海藻を除去する事、約数時間。
さすがに疲れた。

「あれ、なんか向こう騒がしいね。人足りてないのかも。行こう、キルア!」
「えぇー・・って、待てよゴンッ....ったく!」

俺に選択権無しかよ!

一目散に駆け出していったゴンに溜息を吐き、俺も後を追う。
数人の受験生が海を覗き込んで何かを叫んでいるようだ。
周りには大砲の弾が沢山積まれている。

「どうしたの?俺達、何か手伝うことある?」
「トラブルだ。砲弾を取りに潜ったレオリオが上がって来ねぇ。」
「繋いでたロープを引き上げたが・・・この通り、切れてやがる。」
「海も荒れ始めたしリミットも過ぎてる。作戦を開始するしかねーよ。」

その言葉に俺はヤバいっ、とゴンに手を伸ばしたが遅かった。
俺が行く!とだけ言って海に飛び込んでしまったゴンに頭を抱える。

「ーーっんの、バカッ!」

「大丈夫か、あのガキ。」
「目に見えて海が荒れ始めてる。潜水服も着ねぇで・・・死ぬぞ。」

戸惑いを口にする受験生達に俺は溜息を吐き指示を出した。

「ゴンなら大丈夫。アイツ野生児だし問題ねーよ。
それよか作戦実行しなきゃヤバいんでしょ。この砲弾、運んだ方がいいんじゃない?
クラピカには俺が報告しに行くから、おっさん達準備進めといて。」

それだけ言って俺はクラピカの所へ走った。
正確にはクラピカの所にいるであろう、フレイヤの元へ。

(ゴン、フレイヤ呼んでくるから...無茶だけは絶対にするなよっ)


時刻は、18時になる5分前。

 


・・・ーーー




『大砲の弾は揃いつつある。今運び込んでるから18時には第1砲目を撃てるようにするつもりだ。』

「分かった。では作戦開始時刻は18時に――」
「待ってくれ!!!!」

バンッと開かれた扉と同時に聞こえたキルアの叫び声。
扉の方を見れば、息を切らせたキルアが必死の形相で立っていた。

「レオリオが海から上がって来ない。今ゴンが助けに向かってる!」
「なんだと?!」
「・・・・・」
「だから開始はもう少し待ってくれ!それと、フレイヤ・・・」

切羽詰ったキルアの表情に、私は彼の言わんとすることを察する。

「分かった。すぐにゴンの後を追うわ。案内して。」

キルアの後に付いて行こうとして、クラピカに腕を引かれる。
不安そうな彼の顔に私は安心させるように微笑み、腕を掴む手をやんわりと握った。

「大丈夫よ、クラピカ。海は私のテリトリーだもの。二人共死なせやしない。
だから、貴方は信じて作戦を決行して。必ず無事に戻ってくる。
なんの報告が無くても、絶対に、18時30分には決行する事。それ以上は、ここにいる全員が死ぬわ。

クラピカ。貴方を信じてる。お願いね。」 

ぎゅっとクラピカの手を握り、そしてその手をゆっくりと私から離す。
クラピカの顔はまだどこか不安そうだったが、私の言葉にしっかりと頷いてくれた。
それを確認し、私も頷く。そしてすぐにキルアと共に部屋を後にした。

18時30分まで、あと25分――。








「ゴンは素潜り状態なのね?」
「あぁ、でももう10分は経ってる。いくらゴンでもヤバい。」
「・・えぇ、そうね。ここから?」
「あぁ、そうだ。この下で作業をしていたらしい。」
「分かった、行ってくるわ。」

スゥッと息を吸い、集中する。
私の足元に蒼い魔法陣が浮かび上がると共に、蒼い光が私の周りに広がり空間を作った。
これで水の中でも息が出来る。
グッと伸びをして飛び込もうとした時、

「―フレイヤ!!助け求めといて何だけど・・・無茶だけは、するなよ。戻って来いよ、お前も!」

キルアの言葉に、うん。と優しく微笑み頷く。

「私の力を信じて頼ってくれてありがとう。
キルアはここから一番近い砲弾室で待ってて。危ないから外には出ちゃダメよ。」

それだけ言うと、私は勢い良く海へと飛び込んだ。


「・・・頼んだ、フレイヤ...。」








 * *







(想像以上に暗いわね・・・)

陽の光が入らなくなった海は真っ暗で右も左も分からない状態だった。

(ゴンとレオリオは、どっちなの...っ)

ドクドクと心臓が波打ち、落ち着こうとしても誤魔化せない程、私も焦ってきていた。
その時、ふわりと隣にディーネが現れる。

「落ち着け、ルーエル。俺が案内する。」
「ディーネ・・うん、ありがとう。」
「あぁ。こっちだ。」

そう言って前を泳ぐディーネの後に付いて行く。
しばらく泳ぐと、真っ暗な視界の中に動く人影が見えた。

「ーーっ、潜水服・・レオリオっ!!!!」

水の振動を言葉にしてレオリオへと発する。
すると、レオリオは顔を上げキョロキョロと辺りを見回した。
私はスビードを上げレオリオへと近付く。
人の顔が判別出来るまで近付いて、初めて私はレオリオがゴンを抱えている事に気付いた。
そして、潜水服に付いているレギュレータを外し、ゴンの口に当てている事も...

「レオリオっ、まさか・・・」

よく見れば潜水服の中に水が入り込んでいる。
レオリオは苦しそうに笑うと、ゴボッと空気を吐いて意識を失ってしまった。

「レオリオっ!」

私は急いでレオリオの側へと行き、魔法の範囲を広げる。
潜水服の頭の部分を取り溜まっていた水を全て出し、すぐに気道を確保した。

「息は・・・してるわね。良かった。」

次にゴンへと目を向ける。
レギュレータから酸素を吸っていたゴンは、次の瞬間ゴホッと咳込み意識を取り戻す。

「ゴホッ、ゴホッ・・・っ、レオリオ!」

バッと起き上がったゴンの肩に私はそっと手を添えた。

「レオリオは無事よ。」

そう微笑んで言えば、ゴンはびっくりしたように私を見る。

「フレイヤ・・・?なんで・・」

心底不思議そうにしているゴンに苦笑し、私は前触れ無く彼のおでこにデコピンをした。

「いてっ」
「反省しなさい、ゴン。キルアが私を呼びに来なかったら、二人共死んでたわ。」
「・・・ごめんなさい。...これ、今息が出来てるのはフレイヤの魔法のおかげ?」
「そうよ。さ、時間がないわ。早く上がりましょう。・・クラピカは、きっと私達の無事を確認しないと作戦を決行しないから。」

そう言って軍艦があるであろう場所を見上げる。
既に海は荒れ始め、さっき以上に真っ暗になった海の中、私はゴンに微笑んだ。

「一人で泳げる?」
「大丈夫!というか、レオリオも一緒で泳げるよ?」
「ううん、レオリオは私が。魔法で息は出来るようにしてるけど、波の抵抗とかはそのまま受けちゃうから気を付けてね。私からはぐれないで。

じゃあ、ーー行くわよっ!」

そう言って思いっきり水を蹴った。
視界の利かない海の中、海の水に溶け込んだディーネが私の腕を引いてくれる。
しばらく上がった所で、海面に光が反射しているのが見えた。
明らかな人工ライトに、誰かが目印を灯してくれているのだと理解する。

「ゴン、もうすぐよ!頑張って!」

そう言いながら腕時計を盗み見て時間を確認する。
あと1分で、18時半になろうとしていた。

(クラピカ、お願い、決行して。)

近づいて来た海面を願うように見つめ、私は思いっきり地上へと顔を出した。
同時――、

ドォォォォンっという轟音と共に海が大きく揺れた。

波に呑まれそうになった体を、咄嗟に近くにあった梯子へと手を伸ばし食い止める。

「大丈夫か!!レオリオをこっちに!引き上げるっ!!」

上から聞こえた声に顔を上げ、私は目をまん丸くした。
意外も意外。そこにいたのはライトを片手に持ったトンパさんだったのだから。

「トンパさん?真っ先に安全な場所にいそうなあなたが、どうして・・・」
「・・・俺だって協力くらいする。」
「へぇ..そうなんですね。ありがとうございます。」

そう言ってレオリオをトンパさんに引き上げてもらい、私も軍艦へと上がった。

次いで、またドォォォォンっと大砲の音が響く。
それと同時に大きく軍艦も揺れ、次いで第3砲目、そして第4砲目の振動と同時に軍艦が大きく動き出した。

「良かった、無事に抜け出せたみたいね。
トンパさん、ありがとうございます。ゴンも、お疲れさ....」

そう言いかけて、私の後ろにいるはずのゴンがいない事に、言葉を失った。

「ゴ、ン・・・?」

ドクンっと心臓が大きく波打つ。
視線を巡らせるがどこにもゴンの姿はない。
嫌な想像が頭の中を駆け巡り、呼吸が上手く出来ない。

「トンパさん...レオリオを連れて、中へ。」
「あ、あぁ。えと、嬢ちゃんは・・・」
「私は...行か、なきゃ...――っ、ゴンッ!!!!」

何も考えず海の中に飛び込んだ。

もしかして...第1砲目の衝撃で流されてしまったのだろうか。
あの時、私は自分しか守らなかった。
あの時にゴンが無事かどうか確認していれば――っ

真っ暗で何も見えない海をひたすらに泳ぐ。
しかし魔法も何も纏わない私の息は長くは保たなくて。
苦しくなった私は一旦海面へと向かう。
その時、急に海面から腕が伸びてきて私の手首を掴むと引き上げた。

「ーーっ、ぷはっ、はぁ、はぁ・・っ、ヒソカ!」

そこにいたのはヒソカで。
掴まれた手を振り払うより先、私は彼が片腕に抱いている存在に目を奪われた。

「ゴ、ン・・・」

ぐったりしているが上下に動いている胸を見て、私の体は一気に力が抜けた。
そんな私にヒソカは掴んだ手に力を入れ引き上げる。

「ゴンもキミも無茶をするねぇ。お仲間が悲しむよ。」

その場に座り込んだ私にヒソカは掴んでいた手をそっと離すと、ゴンを両手で抱え直した。
俯いた顔から滴る雫。
聞こえるか、聞こえないかの声で、私は言った。

「ありがとう...ゴンを、助けてくれて..」

殆ど掠れていたであろう声は、しかしヒソカにはしっかりと届いていたようで。

「厨房にあったご飯を食べたからね☆」

ククッと笑ったその不愉快なはずの声に、この時ばかりは私も口角を上げた。
しかし次の瞬間、ガガガッという音と共に軍艦が大きく揺れ傾く。

「ーーっ、なに?!」
「岩礁か何かに乗り上げたかな・・・◆」
「クラピカの所へ行かなきゃ。ゴンをお願いします。」

私はそう言って操舵室へと走った。




ーーー・・・




「クラピカ、軍艦がっ・・・え?」

勢い良く操舵室の扉を開け、中にいるはずのクラピカに声を掛ける。
が、そこに立っていたのはクラピカではなく...

「イルミ、さん?」

変装を解いたイルミさんだった。

「や。」

小さく挨拶をするイルミさんに私は何がなんだか分からなくなる。
そんな私にイルミさんは舵から片手を離すと、奥の壁を指差した。
その先に目を向け、私は目を見開く。

「クラピカっ!」

そこには頭から血を流し気を失っているクラピカの姿が。

「さっきの揺れで頭ぶつけたみたい。」
「それでイルミさんが舵を?」
「たまたま近くにいたからね。」

そう言って傾いた軍艦を持ち直そうと操作するイルミさん。
しかし、その表情は険しい。

『クラピカっ!ハンゾーだ!
 船が竜巻との相乗効果で傾きが止まらねぇ!
 このままでは転覆する。何かうつ手はないか?
 クラピカ?クラピカ!!返事をしてくれ!!』

連絡管から聞こえてきたハンゾーの切羽詰まった声。
私はイルミさんに視線を向ける。
分かってはいたけどイルミさんは答える気はないようだ。

「ハンゾー、フレイヤよ。私が何とかする。任せて。」

それだけ言うと、私はイルミさんに念文字で

『竜巻を何とかするので舵取りお願いします。』

と綴った。
それはイルミさんにちゃんと伝わったようで、彼は小さく頷く。
それを確認して私は操舵室を後にした。




・・・ーー




「さて、と。ディーネ。」

吹き荒れる甲板の上。
舞い上がる髪を抑えつつ私はディーネを呼んだ。

「はいよ。あの竜巻たたっ斬るんだろ?」
「えぇ。力を貸してくれる?」
「もちろん。」

ニヤリと好戦的に笑った彼に私も笑って頷く。
右耳についたイヤリングを外し、


「『“La air Undine-ラ アイラ ウンディーネ-”』

我が契約の元に、我と共に戦う剣となれ。

 水の細剣 “五月雨桔梗” 」


そう、静かに唱えた。
イヤリングが碧く光り、それは次第に剣の形を取り始める。
光が弾けたと同時、私の手には紺碧の細剣“五月雨桔梗”があった。

「竜巻まで風で送りましょうか?」

すぐ後ろに現れたシルフの言葉に私は首を横に振る。

「大丈夫、念を使うわ。」
「ではサポートを...」
「シルフ。」

助けを申し出てくれるシルフの言葉を、私は少し強めに遮った。
不安そうな顔をするシルフに私は笑い掛ける。

「私は大丈夫だから。だからね、簡単に力を使わないで。命を、削らないで。」

私の言葉に目を見開くシルフ。

「自然界から魔力を補給出来るのは知ってるけど、それは極わずかなんでしょう?
だから、お願い。少し休んでて。
ロイスさんとの闘いから...シルフ、顔色悪いんだもの。」

そう言って悲しげに微笑めば、シルフは辛そうに顔を歪め、そして溜息を吐いた。

「・・・すみません、ルーエル。」
「ううん。早く元気になって。」
「はい。」
「じゃあ、行ってくるわ。」
「お気を付けて。」

シルフの言葉に頷き、私は足にオーラを集めて思いっきり床を蹴った。
近付く竜巻に向け、細剣を振り上げる。

「はぁぁぁああああっ!」

そして、竜巻を真っ二つに裂くように振り下げた。
裂けた竜巻は上から左右に広がり離散して行く。
竜巻を半分ほど斬った所で、私は重力に従って落ちていく体を空中でひらりと翻し、近くにあった岩へと着地した。
無事に竜巻が消えていく事にホッとする。

――そこで気を緩めたのが、間違いだった。

私が着地した岩。
それは竜巻の影響で亀裂が入り脆くなっていたものだったのだ。
私が着地した事で負荷のかかった岩は次の瞬間、勢い良く砕け散った。

「ーーーなっ、!?」

気を緩めていた私は咄嗟に反応が出来ず、荒れた海へと落ちて行く。
竜巻を作り上げていた海面は渦を巻いていて、落ちた瞬間にバラバラに引き裂かれるだろう事は簡単に予測出来た。

(ーーーっ、シャルっ...!)

死を覚悟してキツく目を閉じる。
―その時、

パァァァァ...

っと私の身体を緑色の光が包み込んだ。
その暖かさにそっと目を開けると、下に緑色の魔法陣が大きく広がっている。
そして次の瞬間、私の視界から海面が消えた―。




・・・ーー




トサッ...

という軽い音と共に、私は暖かい何かに包まれた。
ぼんやりとした視界に入ったのは、キラリと煌めく緑色の石。

「はぁ...間に合ったか。」

すぐ耳元で聞こえたその声に、私は顔をゆっくりと上げた。
そこにいたのは――、

「・・・エレフ?」

額に汗を滲ませホッとした表情で私を見下ろしているエレフだった。
私を横抱きにしているエレフは、私の意識が虚ろな事に気付くと溜息を吐き苦笑した。

「だから無理するなって言ったろ。」

エレフの声は、言葉とは裏腹にとても優しい響きを持っていて。
その声音にひどく安心した。

体が重くて頭が働かない...。
私はまた魔力を使い過ぎたのか、と理解する。

「ごめんなさい...でも、どうしてエレフが...?」
「何かあった時の為にって、ルーエルの髪の毛を拝借してたんだ。」

エレフのその言葉に昼間の会話を思い出す。


『ストップ。ちょっと失礼するよーっと。』
『ゴミが付いてたんだ。』


「あの時に・・・?」
「そ。ルーエルと繋がるものがあれば移転魔法が使えるからね。」
「...こうなること、分かってたの?」
「いや?ただこの計画にもしもの事態が起こったら、水と風の属性を持つ自分が、ってルーエルが魔法を使う事は何となく予想出来たから。」
「そう、だったのね...。ごめんなさい。ありがとう。」

素直に謝罪とお礼を口にすれば、エレフは屈託なく笑って頷いてくれた。

「無茶は良くないけど、でもルーエルのお蔭で助かった。船も持ち直して順調に進んでるし。ありがとな。」

エレフのその言葉に嬉しくなり、私もふわりと笑う。
―と、その時急激な眠気に襲われた。

くらりと頭が揺れ、エレフの胸へと凭れかかる。
エレフはそんな私の頭を優しく撫でると、

「魔力の使い過ぎで疲れたんだ。今はゆっくり休め。」

そう言い、寝かし付けるように背中をトン、トン、と一定のリズムで叩いてくる。

「エレフ、私、子供じゃな...いわ...」

歳下に子供扱いされている事にムッとして講義しようとするが、その意志に反して睡魔は私を眠りの底へと引きずり込んでいく。

そしてエレフの腕に抱かれたまま、私は深い眠りに落ちていった――。






 ・
 ・
 ・
 ・





「送信完了、っと!」
「終わったのか。」
「うん、フレイヤに仕事依頼送ったよ。」
「そうか。楽しみだな。」

薄暗い部屋の中。
激しく降る雨が窓を鳴らす。

「久々の大仕事だしね。団員ほぼ全員参加でしょ?」
「・・・数人は除くがな。」
「あぁ...まぁ、ね。」

グッとパソコンの前で伸びをする一人の男。
もう一人の男は、そんな男の様子を伺い見ている。

「とにかく、フレイヤの返事待ちだね!」

明るくそう言った彼に、もう一人の男はどこか安心したようにふっと笑った。

「そうだな。返事が来たら教えてくれ。」
「あいさー!」






そして、蜘蛛は動き出す――。







[ 52/75 ]

[*prev] [next#]
[目次]

[しおりを挟む]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -