協力する人この指とーまれ!
side:ルーエル
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ゴウンゴウン...
――と、飛行船が飛び立つ音がする。
閉じていた目をそっと開けて、窓の外を見やった。
「やっぱり...か。」
ふっと息を吐きベッドから身体を起こす。
脱いでいたブーツを履き私はグッと伸びをした。
協力する人この指とーまれ!
翌朝。
甲板の上には受験生が集まっていた。
「おはよう、ゴン、キルア。」
「おはよう、フレイヤ!」
「飛行船、持って行かれちゃったのね。」
「気付いてたの?」
「もちろん。あのネテロさんが休息なんて与えるわけないもの。予想はしてたわよ。」
そう言って笑えばキルアは露骨に嫌な顔をした。
「フレイヤも結構いい性格してるよな。」
「ふふ、ありがとう。」
「褒めてねぇっつの。」
キルアの突っ込みに一つ笑みを溢し、私はあとの二人を探す。
クラピカとレオリオは輪の中心で何やら話しているようだ。
「ちょっとクラピカとレオリオの所に行ってくるわ。一緒に来る?」
「うん!」
「おう。」
二人を連れクラピカ達の元へ向かえば、クラピカと何やら意見を交わしているもう一人の姿が。
「あら、二次試験でスシを暴露したハゲの御方。」
クラピカと話していたのはハゲ頭のハンゾーさん?だっけ。
私の声に気付いたクラピカとハンゾーさんが私の方へと顔を向ける。
「あーーー!てめ、スシで合格した女!!」
「はい、スシで合格した女ですハゲの御方。」
「そのハゲの御方って呼び方やめろ俺はハンゾーだ。」
「分かりましたわ、ハゲゾーさん。」
「ーーーーーっ?!」
開口一番指をさされたのに少しムッとして、ちょっと意地悪をしてしまった。
絶句しているハンゾーさんにふふっと笑いながら私はクラピカへ状況説明をお願いする。
「なるほど。試験と考えて間違いないでしょうね。
私達がお代として支払ったお宝だけど、ホテルの管理人室に全部置き去りにされていたもの。」
「確かめに行ったのか?」
「えぇ。夜中に飛行船が飛び立ったのには気付いていたから、それから少し船の中を調べてたの。」
「他に何か手掛かりは...」
「詳しくは調べてないけど、ホテルとして改装されていない部分は軍艦のままだったわ。
無線室、エンジン室、船長室、司令室、あとは大砲を撃つための機械があったわね。
部屋を確認しただけだから、中を漁ったりはしていないの。
試験に関する手掛かりがあるとしたら、ホテルの管理人室かしら?」
一通り自分が集めた情報をクラピカ達へと話す。
なるほど、と頷いたクラピカは管理人室を調べに行くと言った。そしてそれに同意したレオリオ。
ハンゾーさんは自分で別の場所を詮索に行くらしい。
と、そこへ――
「横からすまない。話は聞かせてもらった。無線室があるというのは本当か?」
なかなか口に出して表現し難い帽子を被った少年が、同じくピンクの帽子を被った少女と一緒に私の元へとやって来た。
「えぇ、本当よ。あなた達は?」
「俺はポックルだ。」
「私はポンズよ。」
「ありがとう。私はフレイヤ。」
「ーー!フレイヤと言えば...情報屋の?」
「えぇ、そうよ。今は試験中だから依頼は受け付けられないけど、試験が終わった際にはぜひご贔屓に。」
にこりと笑って手を差し出せば、彼も友好的に手を取ってくれた。
同じく彼女にも握手を求め、一通りの挨拶を終えると早速本題に入る。
「無線が繋がれば外部と連絡が取れるかもしれない。
さっきポンズと話していたんだが、俺もポンズも機械には詳しいんだ。
そこで、俺達は無線を繋ぐ事に専念しようと思う。」
「それは助かるわ。外部と連絡が取れたら教えてもらえる?」
「あぁ。その代わり無線室まで案内してくれないか?」
「お安い御用よ。じゃあ、私は二人を無線室に案内したらクラピカ達と合流するわね。」
「分かった。私はレオリオと管理室に向かおう。ゴンとキルアはどうする?」
「うーん、どうしよっか。」
「昨日の探検の続きしようぜ。何か見つかるかもしれないし。」
「それがいいな。なにか見つかり次第、ここに集合ってのはどうだ?」
ハンゾーの言葉に皆が頷く。
いつの間にか周りに集まっていた受験生達も盗み聞いていたのかそれぞれ探索しに散らばって行く。
私もポックルとポンズを連れて無線室へと向かった。
ーー・・・
「コンコン...っと。」
管理室の扉をそっと開けた後にノック音を口で言ってみる。
予想した通り、詮索に夢中になっていた二人はびくりと肩を跳ねさせ私を見た。
「ふふ。何か見つかったかしら?」
「・・・フレイヤ。」
ジト目で私を見るクラピカに肩をすくめて見せれば、彼は短く溜め息を吐いた。
「今のは頂けないな。心臓に悪い。」
「そ、そうだぞフレイヤ!腰抜かすかと思ったぜ!!」
「あら、レオリオはそんなに軟なの?」
「フレイヤ。」
クラピカの咎めるような口調にぷぅと頬を膨らまし、ごめんなさーい、と謝る。
「ちょっとした遊び心なのに。クラピカったら頭が固いわ。」
「時と場合を考えろ。今は現状把握が優先だ。」
素っ気ないクラピカに目を丸くした私はレオリオへと近付きコソッと、
「クラピカ、機嫌悪くない?」
「入ってくるタイミングが悪かったな。」
「何か重要な話でもしてたの?」
「まっ、男同士の秘密話だ。」
「えっちぃお話?」
「ぶっ!」
ゲホッゲホッと咳き込むレオリオに、聞いちゃ不味かったかしら、と首を傾げる。
そんな私達にすかさず喝を入れたのはクラピカで。
こんな真面目そうなクラピカでもえっちぃお話とかしちゃうんだぁーと思いながら、ちょっとした悪戯心が沸いて私はクラピカに聞いた。
「レオリオとえっちぃお話してたの?」
「ぶっ」
あら、レオリオと同じ反応だわ。
顔を真っ赤にしたクラピカはその顔のまま私に怒鳴った。
「な、なななな何を言っているのだ!!そ、そんな下衆い話は決してしていないっ!
私はただレオリオにフレイヤの事を相談していたのであってーー」
「ぇ、私?」
「ーーーっ?!」
しまった、とでも言うように口を閉ざしたクラピカに、私は苦笑した。
何を話していたのか、大体の予想はつく。
きっと私の詠の事だろう。
クラピカがあの歌詞の意味に気付かないはずがないもの。
「ごめんなさい。聞かない方が、いいみたいね。」
そう言った私にクラピカは目を見開き、そしてそっと伏せた。
「言えないわけでは、ないのだ。ただ...」
「いいのよ、クラピカ。人には話したくない事の一つや二つあるわよね。」
「いや、そうではなくて..私はーっ」
「さっ!ふざけてしまってごめんなさい。手掛かりを探しましょう!」
パンッと手を打って空気を変える。
クラピカの顔が辛そうに歪んだのが見えたが、気付かないふりをした。
(ごめんなさい。私、クラピカの口から試験を受けた理由とか...そういう事は、聞きたくないの。)
もしかしたら復讐とかではないのかもしれない。
もっと違う理由なのかもしれない。
でも、もし、幻影旅団への復讐だったら?
私はその事をクラピカから聞いて冷静でいられる自信がないー・・。
その後、クラピカとレオリオが地図と数十個のコンパスを見つけ、他に何もない事を確認した私達は甲板へと戻った。
・・・ーー
「管理室には地図とコンパスが置いてあった。」
そう言ってハンゾーへと地図を渡すクラピカ。
他の受験者もハンゾーの後ろから地図を覗き込んでいる。
「ゼビル島への地図・・・か。」
「比較的新しい紙質の地図だ。試験の手掛かりと考えて間違いないだろう。」
そうだな、と頷いたハンゾーに数人の受験生達が興奮気味にその地図を取り上げた。
「このゼビル島ってのが次の試験会場か!」
「だったらさっさと出発しようぜ!」
「使える船がないか探そう!!」
そう言うやいなや蜘蛛の子を散らしたかのように駆け出して行く受験生達。
それを急いで止めたのはハンゾーで。
「ちょっと待て!!この地図だけじゃ距離が分かんねーだろ!」
「ハンゾーの言うとおりだ。第一食料や水はどうする?それにハンター試験はトラップだらけだ。このメモがトラップの可能性だってある。」
それに乗っかったクラピカは、一旦全員で集まって意見を出し合おうと提案した。
しかし彼等は聞く耳持たず、終いには“俺達に船を取られたくないから止めるんだろう”と見当違いな事を言い、単独行動を取ることを決め込んだ。
「自殺行為ね。」
溜め息混じりにそう言えば、ハンゾーが神妙な面持ちで頷く。
「何かあった時の為にこういう時は団結して動いたほうがいい。」
「でも彼等はきっと聞く耳持たないわよ。放っておくのが得策だと思うけど。」
「・・・・」
船を探しに行く彼等の後ろ姿を眺めながらそう言えば、ハンゾーは意外だとでも言うように私を見た。
「なに?」
「いや、意外と冷たいんだなと思ってな。みんな助けなきゃ!みたいな良い子ちゃんかと思ってたぜ。」
「何そのイメージやめて下さる?」
私の真似なのか、手を胸の前でぐっと握り気持ち悪い女声を出したハンゾーに冷めた目を向ける。
「私、人の忠告も聞かずに自意識過剰に突っ走る頭の弱い人達って嫌いなの。」
「・・・へぇ、なんでだ?」
気持ち悪いモノマネを解いたハンゾーは、今度は面白いものを見るように私を見て問うた。
そんなハンゾーを一瞥し、私は淡々と答える。
「そういう人達と行動を共にすれば、守りたい人が危険に晒される可能性があるからよ。」
ハンゾーが目を見開いたのが気配で分かる。
次いでふっと笑う声が聞こえた。
「お前、気に入った。」
「どうもありがとう。」
どちらともなく握手を交わす。
彼は信頼できる、と握った手から伝わる温もりにそっと微笑んだ。
手を離すと、ハンゾーはふと真剣な顔になり、腕を組んで何やら思案し始めた。
「しかし分からないのが、この試験の目的だ。何かを言われたわけじゃない。
あるのは軍艦(ホテル)。無数の難破船。残された宝。
全てにおいて俺達に判断が委ねられている。いったい何を試そうというのか。
大体なんでこの場所にはこんなにも難破船が集中してるんだ?……やっぱり妙だ。」
彼の言葉に、私は電波の入らない自分の携帯を確認し、そして軍艦の一番高い位置にある露天甲板の外壁を見た。
そこに張り付く無数のフジツボに眉を寄せる。
無意識に、手に持った携帯を強く握り締めた。
そして、そんな私をクラピカがじっと見ていた事を私は知らない。
* *
日が西に傾きかけた頃、軍艦の露天甲板の上。
私はここら辺りに住む風の精霊から情報を集めていた。
ふわりふわりと私の髪で遊ぶ精霊達に微笑む。
姿は見えないが、この子達は風を持って私にその存在を感じさせてくれる。
「なるほどね。教えてくれてありがとう。」
ふと近くに感じた気配に、私は髪で遊ぶ精霊達からスッと身体を離した。
「お客様みたい。もうお行き。」
そう言えば、精霊達は私の頬を一撫でした後にその気配を消した。
私の少し後ろで止まった人物に、私は目を向けることなく声を掛ける。
「そちらから足を運ばせてしまってすみません。」
そう謝罪を口にすれば、無機質だけど心地良い高音が返ってきた。
「別に。キミが一人の時を狙って話しかける方が早いだろうしね。」
「間違いないですね、イルミさん。」
苦笑と共に後ろを振り返り、その声の人物を見上げる。
そこには顔面針だらけの男が立っていた。
「ギタラクルさん、の方がいいですかね。」
へらりと笑えば、針だらけの男は顔に刺さっている針に手を掛け抜き始めた。
あーあーあーあー。
いつ見ても痛々しい。
実にグロテスクな光景だ。
針を抜き終わると同時、綺麗な黒髪がサラリと風に揺れた。
「大丈夫なんですか。こんな開けた場所で変装解いちゃって。」
「うん、みんな探索に忙しいでしょ。ある意味この高さは死角だし。」
「まぁ、確かにそうですね。」
「でもキミは下から見える位置に居るから、真正面向きながら喋ってくれると有り難いかな。」
「ふふ、分かりました。」
イルミさんの言葉に、私は正面へと顔を戻した。
小さな風が私達の間をすり抜ける。
「三次試験では、ありがとうございました。」
「何があったの。」
「同族の方と戦ってきました。」
「俺達を屋敷に飛ばした奴?」
「はい。」
「結構厳しい闘いだったんだ?」
「そう、ですね。厳しい闘い、でしたね。」
「ふーん。もう大丈夫なの?」
それは体力的な意味で、なのか、精神的な意味で、なのか...。
きっとイルミさんは両方の意味で聞いているのだろう。
思わず苦笑してしまう。
「はい。」
そう一言頷けば、イルミさんはそっか、とだけ返して黙ってしまった。
心配してくれてたんだなぁ、と少し心が暖かくなる。
「イルミさん。」
「なに?」
「ありがとうございます。」
「・・・別に。」
返事は素っ気無かったけど、どことなく満足気な声色だったから。
私は緩んだ頬を隠すことなく笑った。
「イルミさんは探索しないんですか?」
「フレイヤから情報貰おうと思って。」
「有料ですよ?」
「もちろん。」
「ふふ、嘘ですよ。ご迷惑をお掛けしたので今回はお礼ということで。」
「いいの?」
「はい。あ、ただヒソカに話す場合はお金取ってくださいね。」
「分かった。幾らくらい?」
「そうですね...。この情報は今回の試験の答えとも言えるので、単独の情報で170万ジェニーで。」
「そんなもんでいいの?」
「あくまで単独の、ですからね。今必要な情報だけを教えます。
ここで起こる全ての事に関してはまた別途で頂きますが、それは必要ないと思いますよ。」
「そ。分かった。ヒソカから貰ったお金はフレイヤのとこに振り込んどけばいい?」
「よろしくお願いします。」
バッチリ交渉も取れたところで、私は今しがた風の精霊達からもらった情報(ちなみに風の精霊への報奨は私の魔力)をイルミさんに話した。
「この船は戦争末期にこの島に固定され砲台として使われていました...」
・
・
・
「航海日誌によるとそう書いてある。ゼビル島へも近いな。」
おおおーー!とブリッジ内に集まった受験生達が湧く。
空が青から赤に変わる頃。
探索を終えた受験生達は一度ブリッジに集まり今後の方針を決めた。
その時にハンゾーがリーダー、私がサブリーダーとなったわけなのだが。
「大気が歪んでいる。」
窓の外から見える沈みかけの夕日。
しかしその夕日は竜巻上に歪み不気味な光景を作り出していた。
「さっきからの嫌な感じの正体はこれか。」
ハンゾーが窓の外を見ながら拳を握る。
その額にはうっすらと汗が滲んでいた。
――と、突然鳥達が声を上げながら一斉に羽ばたき始めた。
窓ガラスに体をぶつけながらも何処かへ慌てて飛び去っていく鳥達の姿は正に異様で。
「鳥たちが怖がってる。」
ゴンのつぶやきがやけに大きく響いた。
この異様な光景にさっきまで湧いていた受験生達も声を失い、呆然と窓の外を眺めている。
その時、連絡管から無線室に篭っていたポックルの声が届いた。
「無線に変化があった。」
「なに?!それは本当か。」
私は連絡管へと近付きポックルに真偽を問う。
彼は頷くと、今窓の外を見ているかと聞いた。
「あぁ。単独行動を取っている受験生以外全員ブリッジから見ている。夕日の事だろう?」
「あぁ、そうだ。通信が使えなかったのは、大気の異常によりノイズが走っていたせいだ。
今見えている竜巻上の大気の歪み。日没になって太陽の角度が変わったことで、その歪みが肉眼で見えるようになったんだろう。」
ポックルの言葉に私は再び日記を開き、そこに書かれていることを読み上げた。
「“電波障害発生。兆候が現れ撤退準備を始める。
第一波襲来が予測される。その前に。
それは予想どおり10年に1度の周期だ”」
正に今自分達が遭遇している現象と一致する。
それを聞いた受験生達が小さく息を呑んだのが分かった。
夕日が沈み暗雲立ち込め始めた窓の外を見つめ、私は確信に近い答えを述べた――。
「今夜、この海域は――...」
・
・
・
「それ、本当?」
「えぇ、確かな情報ですよ。」
夕日の沈んだ空は暗く不穏な色に染まっていく。
ざわりと不吉を含んだ風が私とイルミさんの間を通り抜けた。
「10年に1度の周期でこの海域に訪れる現象。それが今夜来ます。」
「具体的には?」
「竜巻と渦潮が一体になって襲ってきますね。」
「今から動くのはかえって危険...か。」
「はい。幸い今夜来るものはこの軍艦なら耐えられるものでしょう。」
「あー。さらっと暴露したね、今。」
「サービスです。」
にっこりと笑えば、イルミさんは溜め息を吐きながら髪を掻き上げた。
「どうします?おそらく他の受験生達もこの情報には辿り着いてるはずです。
今朝の様子から協力体制を敷くかと思われますが。」
私の言葉にイルミさんは少し思案した後、
「協力はしないよ。アイツ等と組むくらいなら自力で脱出した方が生存率高そうだしね。とりあえず今夜は様子見。」
そう言ってまた顔に針を刺し始める。
そんなイルミさんに、そう言うと思いましたと笑って、私は荒れ始めた海に呑み込まれていく単独行動をしていた受験生達に目を細めた。
「じゃ、俺は部屋に戻るよ。情報ありがとう。」
「いえ。こちらこそありがとうございました。」
すっかり針人間へと化けたイルミさんは颯爽と去って行く。
その姿を見送り、私もよいしょっと立ち上がった。
海の荒れは激しくなり既に数個の竜巻が海上に巻き起こっている。
ふわりと舞い上がるドレスのスカートをやんわり抑え、私は甲板へと集まり出した受験生達にクスリと笑みを溢した。
「全く、優しい人の集まりなんだから。」
視線の先は海の上。
まさに今、竜巻に引き摺り込まれそうになっている一隻の小舟に乗る受験生を助けようと、ゴンが海に飛び込んだ所だった。
キルアが後に続こうとしてそれをクラピカが止め、ハンゾーは他の受験生達にボートを用意させている。
レオリオが長いロープを持ってきて、着実に小舟を引き上げる準備が進められていた。
その団結力に温かいものを感じつつ、私は勢いを増し続ける竜巻に目を細めた。
「竜巻の勢いは増すばかり、か。・・・小舟の近くにもう一つ竜巻が発生するわね。」
竜巻に囲まれてしまっては幾らロープを引いたからって引き摺り込まれてしまうだろう。
(竜巻一つくらいなら・・・)
私はスッと人差し指を上げ、歌うように楽しげに言葉を紡いだ。
「“協力する人この指とーまれ!”」
――“お礼は、私の魔力よ。”
ふわり。ふわり。と私の指の周りに風の精霊達が集まってくる。
その様子に私はふふっと笑みを溢すと、精霊達に囁きかけた。
「今から私が水の魔法を使ってあの小舟と竜巻の間に壁を作るわ。それと同時に生まれかけの竜巻を潰そうと思うの。
アナタ達にはゴン...あ、黒髪の少年なんだけどね、その子のお手伝いをしてもらいたいの。お願い出来る?」
ふわり。ふわり。
楽しそうに私の周りを飛ぶ風の精霊達。
言葉はなくても、“任せて!”と元気に跳ね回っているのが分かる。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、よろしくね。」
そっと指を海の方へと振ると、風の精霊達は一斉に竜巻の方へと飛んで行った。
私もそれに合わせて魔力を練り上げるのに集中する。
「俺が力、使おうか?」
ふと隣に感じた気配に、閉じていた目を開ける。
気遣わしげに私を見上げる彼に私は大丈夫、と笑った。
「やってみたいの、自分の力で。どうすれば魔力が上がるのかは分からないけど、でも使わなきゃ成長もしないだろうから。」
「そっか。でも無茶はするなよ。」
「ありがとう、ディーネ。それと、シルフ。手出しは無用、だからね。」
ディーネとは逆の方にいるであろう彼に声をかける。
ふわりと、彼独特の風が私の髪を揺らした。
「・・・気付いてましたか?」
「シルフの力が動いたことはね。」
「さすがですね。」
苦笑した彼は少しバツの悪そうな顔をしていた。
まるで隠し事が生徒にバレた先生のような顔である。
「とりあえずは見守ります。ですが、無茶だと判断したら迷わず手出ししますからね。」
「はぁーい。」
悪戯に笑って、私は再び目を閉じ集中する。
それと同時。ポツリ―と私の頬に当たった水滴はすぐにその勢いを増し、大雨となって私達を襲い始めた。
――そんな中、ゴンは無事に受験生の乗る小舟に辿り着く。
・
・
・
「ぷはぁー!大丈夫?助けに来たよ!」
何とか小舟に辿り着いて、海から顔を出す。
驚く、えっと・・・ゲレタさん、だっけ?を安心させるように笑い、俺は小舟へと乗った。
「バカか。テメェまで死ぬぞ。」
「死なないよ。俺、一人じゃないもん。」
自信たっぷりにそう言って、離れた軍艦の方を見る。
そこにはボートに乗り込むハンゾーとキルア、そして体の大きな受験生二人。
「みんなゲレタさんを助ける為に動いてくれてるんだ。だから、諦めないで!」
ね、と笑い掛けた瞬間、小舟がガタンっと大きく傾いた。
びっくりして竜巻の方を見れば、先程より威力の増して俺達の小舟を引き摺り込もうとしている。
「チッ、もうダメだ。こりゃ人間の力だけで振り切るのは無理だぜ。
テメェも残念だったな。助けに来なけりゃ生き延びれたのによ。」
「まだ諦めるのは早いよ。」
そう言って釣り竿を握り締める。
だけど、この風の中キルアの所まで正確に釣り針を投げられる自信は無かった。
ギュッの竿を握る手に力が篭もる。
その時――、
ザバァァァァアアアアアッッ
と俺達の目の前で海の水が迫り上がった。
それは大きな水の壁となり俺達と竜巻を遮ってくれている。
「なにっ?!津波か?!くそ、もう終わりだッ!!」
ゲレタさんが伏せたのを気配で感じつつ、俺は軍艦の一番上に立つ人影を見た。
「フレイヤ?」
こっちを見ながら片腕を大きく天へと伸ばしているフレイヤ。
俺に力強く微笑みかけ、その唇が“大丈夫よ”と動いた気がした。
俺は大きく頷くと、キルアーーーと叫び思いっきり釣り竿を振った。
釣り針は不思議な程綺麗に円を描きながらキルアの元へと飛んでいく。
まるで風に運ばれているかの様に、竿を持つ手から伝わる振動も重みも無い。
(これもフレイヤの魔法なのかな。)
何となく傍で支えてくれているような暖かさに包まれ、俺は張っていた気持ちを少し緩めた。
無事にキルアの元へと辿り着いた釣り針は、ロープを付けて俺の元へと帰ってくる。
――これで、この舟と軍艦は繋がった。
俺はホっと息を吐き、フレイヤへと視線を向けた。
フレイヤは優しく笑って頷いてくれた。
・
・
・
「なんとかなった、かな。」
ゴンの元へとロープが渡ったのを確認し、私はホっと肩の力を抜いた。
念の為、ゴン達が軍艦に戻るまでは水の壁を維持しておこうかな。
水の壁を作り出している魔力の安定を感じて、私はゆっくりと腕を下ろした。
「ふふ、人の団結力ってとても美しいわね。そうは思わない?」
何もない空間へと問いかければ、ふわりと両隣にシルフとディーネが姿を現す。
「強い力を持たない者達でも、集まれば強大な力を生み出す、ですね。」
「俺達には出来ない事だな。」
「そうね・・・。」
視線の先。
そこには吹き荒ぶ雨風の中、残った受験生達が集まり、小舟を引き上げる為に全員でロープを引いている光景があった。
(さすがにイルミさんやヒソカはあの中には混じらない、か。)
姿の見えない二人に苦笑しつつ、私は目の前の光景をしっかりと自分の目に焼き付けた。
やがて皆の力により無事にゴンと受験生は引き上げられ、それと同時に私も魔法を解いた。
すると、それまでその場から動けなかった竜巻が勢い良く暴れ出す。
それを見た受験生達は急いで軍艦の中へと避難し、賑わっていた甲板に一気に静けさが訪れた。
「おいで。」
小さくそう呟き手を前に差し出せば、ふわり。ふわり。と風の精霊達が集まってくる。
私の手の周りでくるくる遊ぶ精霊達に自然と笑みが溢れた。
「協力してくれてありがとうね。魔力、補給していいわよ。」
私がそう言えば風の精霊達は手から離れ、シュッ!ポンッ!と私の体に入ったり出たりし始める。
その感覚が擽ったくて思わずふふっと笑ってしまう。
「おい、あまり取り過ぎんなよ。」
不機嫌なディーネの声に、風の精霊達は私から離れディーネに対して何やらしているようだ。
ディーネの額に段々青筋が浮かんでくる。
「なっにが、ベーーッだよ!クソ生意気なチビ共めっ!」
「おや、この子達は良い子ですよ。クソ生意気なチビはどちらかと言えばウンディーネの方かと。」
シルフの言葉に更にディーネが怒ったのは言うまでもなく。
いつものやり取りが目の前で繰り広げられる。
(よかった...。)
そんないつもの光景があることに、心の底からホッとした。
大丈夫だと、変わらないと信じていても何処かに不安は残っていて。
言い合いをする二人を見て、やっと心につっかえていた物が取れた気がした。
――もしかしたら、二人はその事に気付いていたのかもしれないけれど。
「ありがとう。」
そう呟いた声は迫り来る竜巻と大雨の音に掻き消され、二人に届くことは無かった。
そして私も、迫り来る竜巻を凌ぐ為に部屋へと戻ったのだった。
こうして生き残った受験生達は各部屋で嵐の夜を明かした。
そして、運命の朝を迎える――。
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