弔いの詠と誓った想い

side:クラピカ
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日も暮れ赤やけの中、私は一隻の沈没船の中に居た。
手には緋色の宝石を埋め込んだクルタのお守り。

もう物言わぬその持ち主達へと視線を送り、その閉じられた瞼に僅かな救いを感じた。


(この船の同胞達は、目を取られずに済んだのだな。)


おそらく幻影旅団から逃げた先で難破したのだろう。

無念であったろう同胞達。
生きていくはずだった命がこのような形で散ってしまうなんて。

それでも。
幻影旅団の手にかけられずに済んで良かったと。
その瞳が今も持ち主の元にあるだけでも救いなのだと...


(助けられなくて、すまなかった。)


グッとお守りを握り締め、私は持って来ていた油を船内に撒き散らした。



















「詮索無用、と言ったはずだがな。」

船の入り口にいるであろう人物に私は声を掛けた。

「・・・この船、クルタ族のか?」
「ああ。」
「ルームメイトが心配で様子を見に来たが、いらぬお節介だったようだ。じゃあな。」
「レオリオ。」
「なんだ?」
「火を、貸してくれないか。」

レオリオを見ずに手だけを横へと差し出す。
そんな私にレオリオはため息をつきながらマッチを投げて寄越した。

火をつけ撒いた油へと投げ入れる。
勢い良く燃え広がる緋色の炎を背に、私達は船内を後にした。


ーー・・・



「この船は、クルタ族のものだ。
いつからここにあるのかは分からないが、船内の状態から賊に襲われたわけではないのだろう。
それが、せめてもの救いだ。」

勢いを増した炎は全てを呑み込むように燃え盛り緋色が天へと昇って行く。
その光景を眺めながら、何故だろうな。
私は自分の背に立つレオリオに、クルタの緋の目のことや幻影旅団に村を滅ぼされた時の事を話していた。

「今でもあの暗い瞳が私に語りかけてくる。“復讐しろ”と。」

目の前の現実からただただ逃げることしか出来なかった自分。
私しかいない村の中心で、たくさんの物言わぬ同胞に囲まれながら憎しみという剣を手にした。

ゆらりと、視界が緋色に染まる。

それはこの炎の色に触発されたのか、それとも――。






" 出会ったのはいつだったろう
小さな僕は必死に君へと手を伸ばしたね ”




ふわりと、風に乗って流れてきたメロディ。

「・・・歌?」
「この声、フレイヤか?」




“ 僕にとって君は大切な友達だった
ずっと傍で君と色んなモノを見て生きたかったんだよ

君の赤と 僕の赤
僕らは赤で繋がっていた

だけど世界は酷く残酷だ
あの日 目にした赤に 僕は全てを失った ”



軍艦の上の方から聞こえる歌に、胸が締めつけられる。
まるで自分の事を歌われているようで。

思い浮かぶのはかつて共に修行をしていた、小さき友の姿。


(パイロ・・・)



“ 憎しみの炎は一瞬にして広がり
僕はその手に剣(つるぎ)をとった

君は連れていけない こんな僕を見ないで

復讐で瞳の赤を濁らせた僕は
もう君の持つ綺麗な赤とは違うから...”



「この歌は、誰の為のものなのだろうな。」
「・・・クラピカ?」

ポツリと溢れた言葉は一瞬にしてフレイヤの歌の中に溶け込み消えた。



“ 僕にとって君は大切な友達だった
ずっと傍で君と色んなモノを見て生きたかった

君の赤と 僕の赤
僕らは赤で繋がっていた

久しぶりに見た君の赤 やっぱり綺麗だった
僕のはこんなに濁ってしまったのに
だけど君は言ったんだ 僕の赤い瞳を見て

  “変わらないな” 

真っ暗だった世界が 色を持った ”




それはまるで世界を包み込むかのような優しい歌。
心に直接語りかけてくるような声は、酷く私の心を揺さぶる。

無意識に、手に持つお守りを握り締めた。




“ やっと救われた気がした
手にした剣は暖かく 懐かしい

走っても走っても真っ暗だった世界に
君という光がやっと差し込んだんだ

もう 終わりにしよう
復讐の為に生きなくていいんだ
こんな人生だったけど
だけど確かに そこには幸せがあった

忘れないよ
君と歩いた輝きに煌めく世界を
どんな終わり方でも どんな最期でも
僕には幸せがあったと 心から言える

君に出逢えて本当に良かった
君と出逢えた事が 僕の人生の中で
きっと 一番のラッキーだったね

今 心から君に伝えるよ

  “ありがとう” ”





優しい余韻を残して終わる歌。
それとは逆に、どこか波立つ自分の心にどうにも落ち着かない。

「クラピカ・・・」

レオリオの顔は、見れなかった。

私は握り締めたお守りを未だ燃える船へと放り投げる。
それと同時に、ボーッと汽笛がなった。

「・・・弔いの汽笛だ。」

レオリオの言葉にそっと目を伏せる。
彼が私に気を使ったことは明らかだった。

フレイヤの歌はきっと誰かに宛てた弔いの詠。

本来ならこの歌に対して「弔いの詠だな。」と私に声を掛けたかったのだろう。
それが出来なかったのは、レオリオも感じ取ったからだ。

この詠が、復讐を決意した私の心を揺さぶるものだということを...

私は伏せていた目を閉じ、そして決意と共に顔を上げた。
迷う事など赦されないのだ。

「幻影旅団はこの手で捕まえてみせる!」

そんな私をレオリオがどんな目で見つめていたか。
この時の私には分からなかった。







* *







ボーッ・・ ボーッ・・


「うわっ!?」
「うっるせーーー!何してんだよ、ゴン!!」

汽笛が鳴ると同時。
一斉に羽ばたき飛び去る鳥達を窓越しに見ながら、俺はゴンに怒鳴った。

「ゴメンゴメン。この軍艦の電源が生きてるのが嬉しくってつい触っちゃった。」
「ホテルにするぐらいだから電気は通ってると思ってたけど、軍艦の機械が動くのは確かにテンション上がるよな!大砲とか撃てちゃったりして。」

改装されないまま残っている軍艦の部分をゴンと探検して数時間。
ブリッジに辿り着いた俺達が色々弄って遊んでいたら偶然発見したこと。
こういうのって男のロマン?って言うんだっけ。
俺はゴンが押したボタンは避けてその他を弄ってみる。

「ねぇ、キルア。綺麗な歌だったね、フレイヤの。」

その言葉に、俺は機械を弄っていた手を止めゴンを見た。
窓から沈む夕日を眺めるゴンの雰囲気に何かを感じ、俺も隣に行く。

「クラピカも聞いたかな、この歌。」
「さぁ。でもこの船に居る奴は全員聞いてるだろ。」
「そうだね。何故か、立ち止まって聞き入っちゃう歌だったもん。」
「確かに、なにか抗えない力を感じた。歌が意思を持って自分を包み込もうとする感じ、かな。上手く言えねーけど。」

言い方は悪いけど、自分の考えとか感情を操作されてる感覚だ。
ただ歌いました、じゃ済まされない力が確実に作用している。

(これも魔法の力だってぇーのか?こんな力、もし悪意を持って使えば犯罪者増え放題...っ)

「もしかして・・・」
「キルア?」

フレイヤが話してくれた生い立ちの中に、一つの仮説が浮かぶ。


“私、鳥籠の中の鳥だったの。ただただ、籠の中で歌うだけの鳥。”
“生まれてすぐに同族に攫われてお城に閉じ込められたのよ。”


「歌で人の心を動かす力があるから、攫われて閉じ込められたのか?」
「フレイヤの生い立ちの話?」
「あぁ。」
「・・・フレイヤが悪い事を歌わないように?」
「多分な。まだ自我のない時にフレイヤが悪い奴の手に渡ってたとしたら、フレイヤは軍事兵器にされてたぜ。」
「・・・・・・」

フレイヤの力がどれ程のものかは分からないけど、きっとさっきの歌は“本気”じゃない。
その裏にある恐ろしい可能性にツ―...と冷や汗が伝った。

その時――、

「でも、フレイヤはそうはならなかった。あれだけ優しさと幸せに満ちた歌を歌えるんだもん!」

そう言って、真っ直ぐに俺を見て自信たっぷりに笑うゴンに目を見開く。

「フレイヤ言ってた。自分に世界を見せてくれた大切な人達がいるって。
きっとその人達に出会えたから今のフレイヤが在るんだね。
だから大丈夫だよ、キルア。」


“怖がらなくて大丈夫よ、キルア。”


あぁ...なんて、力強い言葉なんだろう。

ゴンとフレイヤは似ていると、そう思った。
真っ直ぐな瞳が眩しくて、でも傍にいたいと強く願う存在。

フッと一つ笑みを溢し、俺は頭の後ろに手を組んだ。


「確かにな。今のフレイヤからは想像もつかねーや。」
「そうだよ!フレイヤがどう生きてきたかとか知らないけど、今俺達が話してるフレイヤがきっと本当だよ。」
「あぁ、そうだな。」

人の過去とかどうでもいい。
今やこの先が幸せならそれで。

何故か、この夕暮れの中そんな事を思った。
この試験の中で、少しずつだけど自分の考えや感じ方が変わってるのが分かる。

チラッと、楽しそうに窓の外を眺める自分と同じ歳の少年を見る。
自然と口角が上がった。


(俺も、見つけられったかな。幸せだと思える場所が。)


沈み行く夕日を、隣の少年と同じように眺めた。







 * *






「珍しいですね、ルーエルが詠に力を籠めるなんて。」

夕日が沈み紺がオレンジを呑み込む。
詠い終わった余韻に浸っているとすぐ真上から聞こえた声。
座っていた私はそのままの体制で彼を仰ぎ見た。

「・・・バレた?」

えへへ、と全く悪びれもせず笑う。
私を見つめる彼の瞳に咎める色はなく、そこには疑問が浮かんでいた。
その視線を受けて、私は彼に向けていた顔をゆっくりと前に戻す。

「伝えたい人達が、いたの。」

この詠は、ロイスさんとエフリートを詠ったもの。
ロイスさんへの弔いの詠。

だけど――、

自分は人殺しなんだと下を向いた少年と、
愛おしい人を思わせる金の髪を持った...クルタ族の青年。

この二人がどうしても頭から離れなかった。

自己満足なのだ。
そして酷く自分勝手。

「傍にある温もりに、幸せに気付いて欲しくて。
今手にしている光がどれ程かけがえのないものか...決して手放してはいけない光なのだと。」

――本当にそれだけ?

心の奥で暗く笑う私が問い掛ける。

「だけど本当は・・・」

クルタ族は幻影旅団に滅ぼされた。
私はそれをただの情報として頭に入れていた。
何とも思わなかった。ただの皆の活動記録としか思ってなかったの。

だけど生き残りがいると分かった今。
その人が大切な仲間と思える人だとわかった今。

「クラピカを、牽制したかっただけなのかもしれない。」

なんて自分勝手なんだろう。
クラピカの気持ちを全く考えていない行動だ。
だけどそれでも。

(私は、クラピカに旅団の皆と戦ってほしくはないの。)



夕日が沈むと共に消えていく緋色の炎。

それと同じように、クラピカの中にある復讐の炎が消えてくれれば、と願った。







そして、時は動く。









「そろそろですよ。」

受験者が寝静まったころ。
ホテルのオーナーである老夫婦はゆっくりと動きだす。


老夫婦は受験者が乗ってきた飛行船に乗って、受験者を島に残し離脱するのであった。








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