死を連れた訪問者
side:シャルナーク
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夜もだいぶ更けた頃。
「ルクソ地方に住む少数民族、クルタ族の緋の目が今回の獲物だ。」
―― 1人残らず取り尽くせ。
旅団全員が揃った久しぶりの大仕事。
家にいるルーエルが心配ではあったが、まずはこっちに集中だ。
クルタ族。
少数民族だけあってその戦闘能力は個々に高いとされている。
油断したら致命傷を負いかねない。
(ボロボロの姿で帰ったらルーエルびっくりしちゃうだろうしね)
その時のルーエルの慌てた顔を思い浮かべ、俺はクスッと笑った。
(移動時間も考えて、明日の昼には帰りたいな)
なんて思いながら、俺達は船に乗り込んだ。
死を連れた訪問者
side:ルーエル
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ーーそう言えば、家に誰もいないのって初めてかもしれない。
私はリビングの椅子に腰掛けながら思った。
窓の外を見れば真っ暗で。
空に昇る月も、うっすら雲に覆われていた。
(雨、降りそうだな...)
飲み終わったカップを洗い、私は自分の部屋に向かった。
先程飲んだホットミルクで体がポカポカしていて心地好い。
部屋に入って電気を点ける。
ここに来た当時よりだいぶ物が増えたように思う。
いつの間にか、大好きな物で溢れた部屋。
それはシャルや、みんながプレゼントしてくれた大切な物達。
私はベッドの傍にある眼鏡を手に取った。
今はもう必要なくなった眼鏡を、そっと掛けてみる。
(何も変わらないや)
本当に、この眼鏡が無くても見えるようになったんだなぁ。
クロロの話によれば、私が念を使えるようになった事で、私に掛けられた念が消えたらしい。
私に掛けられた念より、私の念の方が強かったとか…。
詳しいことはよく分からないけど、もう眼鏡は必要ないみたい。
(でも、やっぱり私にとっての宝物に変わりはないもんね)
この眼鏡があったから、私は世界を見れた。
あの感動は絶対に忘れない。
だから、必要なくても一生大切にしようと思っている。
(それに、なんとなく眼鏡掛けてる方が安心する)
謂わば御守りみたいなものだ。
御守りと言えば…。
私は左手の中指に嵌まる指輪を見た。
(――…あれ?)
うっすらと白いモヤモヤが指輪を覆っているのに気付く。
さっきまで無かったのにな、と何となく眼鏡を外して見ると、白いモヤモヤが消えた。
(ぇ、何これ?眼鏡掛けると見える!)
他にも見えるかな?と眼鏡を掛けて辺りを見回してみると、ふと窓の外がほんのり明るい事に気付いた。
見ると、木々の周りに同じようにモヤモヤがある。色は緑色だったけど。
(何なんだろ、これ?面白い..)
面白くなって、私は眼鏡を掛けたまま家の物を見てまわることにした。
* *
(モヤモヤが見える物と見えない物があるのか…)
色々見て回った結果、見える物の共通点を見つけた。
生きてる物は必ずモヤモヤが見えた。
あと、クロロ達がプレゼントしてくれた絵画や花瓶などにも。
でも、テーブルやイス、その他の家具に関しては見えなかった。
これらの共通点から導き出される答えは――…
「さっぱり分からないや。」
「何が分からないんだい◇?」
「…………。
……………………え!?」
「ん〜、なかなか遅い反応ありがとう☆」
だ、だれ?
あれ?いつの間に家に入ったの?
鍵…閉めてたよね?
「うん、閉まってたよ。簡単に開いたけどね◆」
「ぇ、なんで!?なんで考えてる事が分かったんですか!?」
「いや、今キミ、口に出して言ってたよ?」
「はわっ!?」
私は慌てて口を押さえた。
どうやら考えていた事が口に出ていたらしい。
「キミ、一人かい?」
「は、はい…」
ねぇ、シャル…。
お客さん来たけど、もう既に家に上がってた場合はどうしたらいいのかな?
「えと、今はみんなお仕事に行ってるから、私一人でお留守番してるんです」
「?キミは蜘蛛じゃないのかい?」
「へ?私は人間ですけど…」
「え◆?」
「え?」
「……」
「……」
妙な沈黙が流れた。
え、この人、何言ってるんだろう?
私が蜘蛛に見えるのかな…?
なにそれつらい…。
私がショックを受けていると、ピエロメイクのお客さんは考える素振りを見せた後、ピッと何かを投げてきた。
咄嗟に避けると、それは後ろの壁にサクッと刺さる。
確かめてみればそれはトランプで…
「ぇ、トランプが壁にサクッ!?」
「面白い表現をするねぇ◇」
ククク…と笑うピエロさん。
そこで私は違和感に気付いた。
ピエロさんの周りにもモヤモヤがある…。
後ろのトランプを見れば、そのトランプにも。
「キミ、念能力者だろ?」
「ぇ、はい。」
「う〜ん、強くは見えないけど…
キミ、面白いものを持ってそうだねぇ◇」
「はぁ…」
何を言っているのかよく分からない。
「てっきりここが蜘蛛のアジトだと思っていたんだけど…」
「ちょっと、さっきから蜘蛛クモって失礼じゃないですか?
私は立派な人間ですし、ここはれっきとした人間の住処です!」
「………☆」
ぇ、何ですか、その可哀想な子を見る目は。
「キミは、幻影旅団を知っているかぃ◇?」
「なんですか、それ。幻影、旅団…幻と影……
ぁ!影絵を見せて歩く旅の一座ですね!」
「……◆」
「不正解なら不正解ならって言ってください!その哀れな目の方が傷付きます!」
さっきから何なんだろう、この失礼な人は!
でも考えてみたら、シャル達以外の人とこうやって話すのは初めてだった。
世の中には色んな人がいる、と教えて貰ったが、きっとこの人は嫌な人なんだ。
私はそう納得し、キッと相手を睨み付けた。
「ん〜、そんなに警戒しないでおくれよ☆
まぁ、そんなキミの顔もそそるんだけどね」
「そそる?麺類を食べる時の…「それは、“すする”だね◆」……あ。」
そっか。
「キミ、もしかしなくてもバカかい★?」
「失礼ですね。世間知らずの物知らずなだけです。」
「……◆」
ほらまた。
そんな可哀想な目で見る。
ピエロさんは咳払いを一つすると、トランプで口許を隠しながらスっと目を細めた。
「“クロロ=ルシルフル”っていう男を知っているかぃ◆?」
ピエロさんの口から出た人名に、私は目を見開いた。
「知ってるも何も…ここで一緒に住んでます。」
そこで私はハタと気付く。
そっか。
私にお客さんなんて来るわけないんだから、クロロの知り合いなんだ、この人。
あれ?
という事はクロロが“幻影旅団”ってこと?
「ふ〜ん、なるほどね☆キミは知らないんだ?
クロロは幻影旅団、通称“蜘蛛”の団長だよ◇」
「団長!そう言えば、みんなクロロの事を“団長”って呼びます!
なるほど、“幻影旅団”がクロロ達の仕事なんですね!」
みんなの仕事が分かって私は嬉しかった。
名前からして、きっと何かを見せて各地を回る一座なんだって思ったから。
でも、ピエロさんから返ってきた言葉は、私の全く予想していなかった、否、予想なんて出来るはずもないものだった。
「そう、彼らは“盗賊”◆
活動は主に窃盗と殺人で、危険度Aクラスの賞金首の集団さ☆」
「――…え?」
とうぞく ?
――“窃盗と殺人”
浮かんだのは、初めて目が見えた時に見た、みんなの優しい顔。
「団長を蜘蛛の頭、団員を12本の蜘蛛の脚に見立てた13人で構成されてるんだ◇
旅団に近しい者や詳しい者達からは『蜘蛛(クモ)』って呼ばれてる★」
頭(クロロ)と、12本の足…
フェイタン フィン マチ パク シズク ウボォー ノブナガ ..
シャル
皆の顔が順番に浮かんでく。
ぼんやりとして、上手く頭が回らない。
「所属メンバーには、団員ナンバーが入っていてね☆
12本脚の蜘蛛の刺青が、体の何処かに彫られているんだ◆
旅団のメンバーになるには、現役団員を倒した後に入団の意志を示すか、欠員時に団員からの推薦がある事が必須条件となる★」
ピエロさんの言葉が異国語の様に頭の中に響く。
何を言ってるんだろう?
蜘蛛?刺青?
私、そんなの聞いたことも見たこともない。
それより、シャル達が――
人殺し ?
「ボクは旅団に入りたいんだ★
キミは蜘蛛を知らなかったみたいだけど繋がりはある…。
キミを殺せば、ボクは旅団に入れる」
――ゾクッ
一瞬にして、私の意識は現実に引き戻された。
見れば、獣の様な目をしたピエロさん。
周りに見えていたモヤモヤが禍々しく揺れている。
急激に体が冷たくなって行く感覚。
――逃げなきゃ。
そう思うのに体が全く動いてくれない。
ガクガクと全身が震え、声も出ない。
ゆっくりと近付いてくるピエロさんが、私に向かってトランプを投げた。
それは真っ直ぐに私の顔へと向かい―
――動いて…っ、動いてっ!!
強く目を瞑ったと同時に、ガクッと足の力が抜け、私はその場に崩れた。
ピッと頬に痛みが走る。
「アララ、外れちゃった★
今ので終わらせるつもりだったのに、キミ、運がいいねぇ◇」
ニヤリと楽しそうに笑ったピエロさんに、私は弾かれた様に駆け出し部屋を出た。
必死に階段を駆け降り、リビングを通り抜けて玄関へと向かう。
足がもつれて上手く走れない。
でも、足を止めたら死ぬ。
私はただひたすらに走り続けた。
ピエロの足音は、聞こえなかった。
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