彼が恋人になった日



「ルーエル!」
「――っ!」

ハッと過去に馳せていた思考が呼び戻された。

――そうだ、シャルと軽く組手をして休憩中なんだった。


「どーしたの?ボーッとして」

「へへ、ちょっと昔の事、思い出してたんだ。
ごめん、組手、再開する?」

「ふーん。俺と一緒にいるのに休憩中ずっと心ここにあらずだったわけだ。
組手はもうおしまい!」

「うーっ、怒った?ごめんって…」

「怒ってないよ。拗ねてるだけ!で、何を思い出してたの?」


ムッと口を尖らせたシャルが可愛くて、私は思わずクスリと笑った。

















「目が見える様になって、あの事件を経て、みんなの力を借りて、今の私があるんだなぁ…って考えてたの」

ふと空を見上げると、オレンジ色に染まりかけている。

「私はきっと、みんなに出会わなければお人形さんのままだったよね。
みんなに出会って、色んな感情を知って、色んな世界を見て、たくさんの事を学んだ」

みんなと出会わなければ…
ううん、みんなが連れ出してくれなかったら――

「こんな綺麗で幸せな世界、知らなかったよ」



いつかお礼が出来たら、なんて思うの。
私はみんなが喜ぶものを知らないけど、これから知っていけたら、って。

私は、みんなが何を見てきて、今何をしているか知らないから…。

私はもっとみんなの事、知りたいな。

「いつか、シャル達の事も教えて欲しいな。
私、みんなが何をして何を見てきたのかも知りたい」

もっともっと“家族”みたいに近付けたらなって。


そして、いつか。

私もみんなを支えれるようになりたい――。



「ルーエル、もし……」

シャルがポツリと言葉を溢したので、ん?とシャルを見ると、不安げな瞳に出会った。

「――……、……」

何か言おうとして、でもすぐに口を閉じるシャル。
そんならしくない姿に私は首を傾げ、

「どうしたの?」

と聞けば、シャルはしばらく自分の手元を見つめた後、パッといつもの笑顔で、


「ううん、なんでもない!」


と言った。



――その笑顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか…?



私が心配そうにシャルを見れば、シャルはやけに明るい声で、本当だってば、と笑う。
それから、何かを思い出したかの様に私を見て、ニヤリと口角を上げた。

「ルーエルに渡したいものがあるんだ。」

「…ぇ?なに?」

唐突なその言葉に私は目を丸くした。

「目、瞑って?」

楽しそうにそう言うシャルに、私は素直に目を閉じる。


ガサゴソという音の後に、私の左手が不意に持ち上がった。
中指に何かが付けられる感覚。
それは無機質な冷たさを私に与えた。

「はい、いいよ。」

シャルの手が離れ、掛けられたその言葉に私は目を開けた。

離された左手を見れば――


















「――…え?」



―― 指輪 ?



左手の中指には、蒼く輝く石が嵌め込まれた指輪。
スっと手を動かすと、下に付いている十字架が小さく揺れる。

バッとシャルを見れば、優しい眼差しで私を見ていて――。





トクン…





私の中で、胸が小さく音を立てたのが分かった。


「昨日町で偶然見つけてさ。ルーエルに似合いそうだなって…」



トクン..トクン...



「フローライトっていう天然石で、心の疲れを癒してくれたり、辛かったり泣きたくなった時に心を落ち着けてくれたり…
主に精神面への効果が強いんだって」



トクン..トクン...



「あと、迷った時や行き詰った時、落ち込んだ時に、希望を持たせ、解決方法へ導いてくれる」



――あぁ…





「“ 御守り ”」






ずるいよ、シャル…。








気付いたら私はシャルに抱きついていた。

「――!…ルーエル?」

思いっきりタックルしたにも関わらずしっかりと受け止めてくれるシャルは、やっぱり格好良くて。





「――好き。」





溢れた想いは胸には収まらず、口から溢れた。

言うつもりはなかった。
でも、言わずにはいられなかった。


空白の間が、とても長く感じる。





――…シャルは、どう思っただろうか..





驚くわけでもなく、嫌がるわけでもなく、ただただ無言のシャル。

私の中に後悔が広がる。
怖くなって体を離そうとするが、それは不意に回された腕に寄って阻まれた。

――それはまるで逃がさんとでもする様に......



「あーあ、先に言われちゃった。」

聞こえてきたのは、溜め息混じりの明るい声。
言われた言葉に私は顔を上げた。

「――っ?!」

一瞬にして、顔に熱が集まった。
見上げた先には、嬉しそうに細められたエメラルドグリーンの瞳があったから…。

「指輪渡してルーエルが喜んでる時に言う、っていう完璧な計画だったのに」

台無しだよ、と肩を竦めるシャル。

私は頭をフル回転させた。
シャルの言葉を何度も頭の中で繰り返し、答えを探す。


――それって、つまり…

1つの答えが頭に浮かび、私は目を見開いた。
そんな私にシャルは優しく微笑むと、髪を掬い、チュッと口付け…


「好きだよ、ルーエル」


甘い声で、そう言った。



胸の奥が、きゅーんってした。

この日、私とシャルは『恋人』になりました。






 *






――…どれくらいの間、そうしていただろう。

私とシャルは寄り添い、明かりの灯り始めた町を見下ろしていた。


「ルーエル、昨日も話したけど、俺たち今日は大きな仕事で家に誰もいれないんだ」

「うん、一人でお留守番してるよ」

「大丈夫だとは思うけど、誰か来ても家に入れちゃダメだよ」

「大丈夫!こんな山奥、誰も来ないよ」

笑ってそう言えば、シャルも「それもそうだね」と笑った。





「ねぇ、シャル達はどんなお仕事をしてるの?」

これはずっと気になっていたこと。

本で読んだ。
人は生活をしていく為に働くんだって。

実際、シャル達も“仕事に行ってくる”と出掛けていく事が多々あった。
同じ歳くらいなのに偉いなー、と実は尊敬していたのだ。

そして、私にも出来るならやってみたい。
そう思っていた。


「それは――……、」

「……シャル?」

てっきり、いつも通り笑顔で得意気に話すのだとばかり思っていた。
だが、珍しくシャルは言葉を濁している。

「ルーエル、何を聞いても……」

シャルの瞳が不安げに揺れる。

「俺たちが何をしていても、傍にいてくれる……?」


きゅっ…と、握った手に力が籠った。

どうしてシャルがそんなに不安げだったのかは分からない。
でも、私の答えは決まっていた。


「そんなの当たり前だよ。

言ったでしょ?
私を連れ出してくれたのは、みんな。
私の居場所はここだけだよ」

――どんなことがあっても、何を知っても、嫌いになんかならないよ。

私はぎゅっとシャルの手を握り返し微笑んだ。
シャルも安心したように笑い、コツン..とおでこを合わせる。


「ありがとう」

「どういたしまして」


冗談めかしにそう言うと、何だかお互い照れ臭くなって、へへっと笑いあった。

「そろそろ準備しに戻らないと。さっきの、帰ったら話すよ。」

「うん、待ってるね。」



いつもと同じ、だけど少し違った気持ちで交わした言葉達。

大きな幸福を胸に、私達は家に帰った。








彼が恋人になった特別な日。

そして、




ここからが、物語の本当の幕開け━━。






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