決意と修行




「……ぅ…ん...」


ゆっくりと瞼を開けると、目に痛いほどの光が差し込む。

それは、私が初めて世界を見た時の感覚と似ているな..と、ぼんやり思った。















しばらくボーッと窓の外を見ていた。

窓枠に青い小鳥がとまる。
その愛らしさに思わず笑みを零して、私はハッとした。


――眼鏡、掛けてないのに…見えてる?


私は目元に手をやり、眼鏡を掛けてない事を確かめた。
確かに私の顔に眼鏡はなく、横を向けばベッド横のテーブルに乗っているそれ。

(どういう事なんだろう?)

うーん...と考えていると扉の開く音がした。
反射的にそっちを向けば、目をこれでもか、と言うほど見開いたシャル。


「・・・・・」

「・・・・・」


しばしの沈黙と見つめ合いを経て、私の体は予想外の衝撃を受けた。

「げほっ、〜〜っ、シャル、痛い…」

「…………」

ぎゅ〜〜っと、締め殺されるんじゃないかってくらい強く抱き締めるだけで何も言わないシャルに、私は苦笑した。

トントン…と背中を叩くと、ゆっくりと顔を上げるシャル。


その顔は涙に濡れていた。



「……ごめんなさい。」

ゆっくりと囁くように、でも、しっかりと届くように、私はシャルに言った。
カタカタと震えている肩に、罪悪感が広がる。

「本当に、ごめん。」

こんな顔をさせるつもりは無かった。
否、こんな顔をするとは思わなかった。

「死んだかと、思った。」

「……うん。」

「フェイの本気の、しかも念を纏った攻撃を...念を知らないルーエルが、受けたんだよ?」

「……うん」

「どれだけ、体が吹っ飛んだか、分かる?
どれだけ、血が出たか、分かる?
抱え上げた時、どれだけ、ルーエルがぐったりしてたか――っ、」

嗚咽を噛み殺すシャルに、私はただただ謝る事しか出来なかった。
同時に、自分がどれだけ軽薄で考え無しな行動を取ったのかを実感した。





* *





――パンッ


頬がじんわりと熱を持った。


「アンタ……っどれだけ心配……ッ」


マチに会いに行くと、頬を思いっきり叩かれた。

でも、頬の痛みより、マチの涙でぐちゃぐちゃの顔に、心の方が痛んだ。
マチはそのままヘタリ込み、顔を手で覆いながら泣いていた。


「よか…った…」


嗚咽に混じったその一言に、私も涙が溢れた。





* *





「クロロ…」

「ルーエルか、入れ」


ゆっくりと扉を開けると、いつものようにベッドに腰掛け本を読んでいるクロロがいた。

「もう動いて平気なのか?」

「うん、ちょっと体は痛むけど、最初に体験したあの筋肉痛よりかは遥かにマシ!」

「あぁ、シャル達との追いかけっこか。」

「そう!いくら走っても木を登っても崖を登っても捕まらないんだもん。血を吐くかと思ったわ!」

頬を膨らませてそう言えば、クロロは可笑しそうに笑った。

「眼鏡が無くても、目、見えるようになったみたいだな」

「うん…。何でなんだろう?」

「それは後で皆が集まったところで話そう。
それより、フェイタンには会ったのか?」

「――ううん。家中探したけど、どこにもいないの。クロロ、知ってる?」

マチに謝ったら、フェイタンにも謝りに行こう。
そう思ってずっと探し回っていたのだが、全然見つからなかったのだ。

とりあえず先にクロロに謝ろうと来たのだが――…


「...ルーエルが負傷して運ばれた時、その場にいたのはシャルとマチだけだった。
それ以降、ホームでフェイタンの姿は見ていない」

「―――ぇ?帰って来てないの、フェイタン!?」

もしかして、と思い私は駆け出した。
――が、扉の手前で一度止まり、クロロを振り返る。

「意識が朦朧とする中で、クロロの声が聞こえたの。
助けてくれたの、クロロだよね。ありがとう。

━━心配かけて、ごめんなさい。」


私の言葉にクロロは一つ笑みを落とし、“早く行ってやれ”と背中を押した。

クロロの笑みに私は勇気を貰った気がして。
ふわりと微笑みを返して部屋を後にした。





 * * *





月明かりが照らす森の中。

私は一際背の高い一本の木を見上げた。



足に力を込めてグッと踏み込んで飛べば、ふわりと体は木の枝へと舞い降りる。

斜め上にある枝を見れば、小さな黒い塊。


「フェーイタン」

名前を呼べば、ピクリ――と肩が動いた。
それでもこちらを向こうとしないフェイタンの背中に、私は静かに言った。


「 ごめんなさい 」


この一言に、色んな気持ちを込めて。


「 私は、元気だよ 」


この一言で、全てを伝えたくて。





━━刹那、私の体は宙に浮いた。


「――へ?」

気付けば、私を抱き締めるフェイタン。
そんなフェイタン共々、枝から真っ逆さまな私。

「ひゃ…ひゃあぁああっ(今度こそ死ぬっ)」

思わず目を固く瞑った。
――が、覚悟していた衝撃は来ず、代わりにぎゅっと何かに締め付けられた。

バクバク煩い心臓に呼吸を整えながらも目を開けると、視界は真っ暗。
耳元で感じた息遣いと身体を包み込む温もりに、フェイタンが私を守るように着地したんだと分かった。


「死んだか、思たよ」


「…。」



「生きてて…良かた……」



「――っ」




フェイタンの声が震えていた。
絞り出すような悲痛な声に、私は堰を切ったように泣いた。


本当にごめん。
一番辛い思いをさせて。
罪を背負わせるような事をして。

本当に、本当に、ごめん。


ずっと、この場所で、フェイタンは一人で、どれだけの痛みを……





この事件をきっかけに、私は自分の持ってる力を知り、それをコントロール出来るように強くなろう。

そう決めたのだった――。






* * *





あの事件の後、みんながリビングに集められ起こった事を話した。
聞いた瞬間、みんなの顔が強ばったのが分かったが、きっとこれはいつか必ず起こっていた事だとクロロは言う。

フェイタンの念の攻撃を受けて生きていられたのは、フェイタンが無意識に急所を避けた事と力を制御していたからだそうだ。

それを聞いて、改めてフェイタンがあの瞬間、心に反して動く体にどれだけ反発しよう足掻いたんだろう、と胸が痛くなった。



フェイタンの念の攻撃を受けたことにより、私の体には大きな変化が訪れた。

クロロの話によると、念の攻撃により無理矢理“精巧”というものが開き、体内にある生命エネルギーが溢れたのだそうだ。
そしてその生命エネルギーを体に纏う事で私も念を使えるようになったという。

念についての説明は少しややこしかったが、何とか理解出来た。
要は、私は一般の人より体がだいぶ丈夫になった、という解釈でいいだろう。

念の修行には、クロロ、シャル、マチ、フェイタンが主についてくれて、たまにフィンやシズクが組手に付き合ってくれた。

パクが、私が怪我をする度に丁寧に治療をしてくれたので、傷のダメージを引き摺ることなく修行は順調に進んだ。



念の修行と同時に、私は言霊をコントロールする為の訓練もした。

無意識に言ってしまった言葉が力を持ってしまわない様に、自分の中に“言霊の力を使う”というスイッチを作る訓練だ。

私は森の奥にある湖を精神統一の場とした。

自分の持つ力としっかりと向き合い、体内に流れる魔力を強く感じる事で、その魔力を引き出す感覚を掴んでいく。


みんなに協力してもらい、

「止まれ」「回れ」「踊れ」等の簡単なものから、

「私に似合うお花を摘んできて」「とても形の綺麗なオムライスを作って」「町にあるショッピングモール5階にあるケーキ屋さんのイチゴショートを買ってきて」等の具体的な内容のものまで色々と試した。


これらを試して“言霊を使う”という感覚は掴んだ。

自分の中にスイッチを作ることも出来たと思う。
感情に流されず、しっかりと自分の意思で切り替える事の出来るスイッチを。

そして言霊で可能な事の範囲も分かった。
言ったことは必ず実行されるが、その達成度は本人達の実力やセンスによって左右されるということ。

マチに“綺麗なオムライス”を要求した所、“マチの中で一番綺麗に出来たオムライス”が出てきた。
失礼だけど、オムライスと呼べるかも怪しかった。




湖で魔力をコントロールする練習をしている内に、水や風を簡単にだが操れる事が分かった。

何となくだけど、水や風とは意志疎通が出来るみたい。
“私が操る”というよりは“水や風に遊んでもらってる”の方が近い。

クロロに話すと、魔女の集落での話を聞かせてくれた。
私は水と風の魔法を使えるらしい。


簡単な生い立ちも聞いた。

私の両親は既に亡くなっていて、その後リーフィアの城に引き取られたが盗賊によって滅ぼされ、偶然島に立ち寄ったクロロ達が私を連れ出してくれたらしい。

両親に会えないのは少し残念だったが、私にはクロロ達がいるから悲しみや寂しさはなかった。


むしろ――

クロロ達が私の初めての家族だから。




そうして月日は経ち、私は少しだが自分の中の力をコントロール出来るようになっていったのだった。





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