視線を交わした日



「ここだ」


団長が短くそう言いうと、ウボォはルーエルをゆっくりと降ろした。

目の前に広がっている景色に、俺達全員が息を飲んだ。
















一面に広がるお花畑。

その間を縫うようにして流れる澄んだ川。
花畑の先は崖になっいるのか、永遠と続く蒼い空の地平線。

崖を滑り落ちる滝の音に、舞い上がった水飛沫を照らす太陽。
反射して出来る虹。

爽やかに吹き抜ける風に乗せて香る草木や花。

綺麗な色彩の鳥が気持ち良さそうに空を舞い、綺麗な声を谷全体に響かせている。



なんて――

なんて綺麗な場所なんだろう…。



「よく見つけたね、こんな場所」

と、小声でフィンクスに言えば、

「俺も見つけた時は驚いた。
なんか、古い骨董品とか扱ってる店の婆ちゃんが教えてくれたんだ。
実際の写真見せてきたから、まぁ、行ってみんのもいいかって、な。
盗みに入るつもりだったけど、やめた」

なんて言うんだもん。
やっぱりルーエルの事になると、後ろめたい事はしたくないんだね、みんな。

俺がそんな事を思って笑うと、フィンクスに頭を殴られた。


――痛い。




「帰ってきたの?」

不意にポツリと呟いたルーエルに、俺は首を傾げた。

――帰ってきた?って一度も来たことないはずだよね…

と、そこまで考えてハッとした。


ルーエルが閉じ込められていた部屋の環境と、この場所。

視覚を通さなければ、似てるんだ――。

花の香りも、水の音も、鳥の囀ずりも、吹き抜ける風も、太陽の温もりさえも……。


慌ててルーエルの方を見れば、今にも泣きそうなルーエルの顔。

――俺達が、ルーエルをここに置いていくと思ってる…?

一抹の不安が頭を過り、そしてそれは次のルーエルの言葉で確信に変わった。


「お別れするの?」


ドンっと、心臓を殴られたかの様な感覚がした。

違う…違うよ、ルーエル。
俺達は、ルーエルにそんな顔をして欲しかったんじゃない。

ルーエルの大きな目から溢れる雫を見ながら、違う、と言いたいのに動けなかった。

どうして、俺はこんなに動揺してるんだろう。
いつもなら、違うよって笑って優しく言えるはずなのに…


俺は――想像してしまったんだ。

俺達に置いていかれると思ったルーエル自身が感じた悲しさとか、痛みとか…

――傷付けてしまった。

例えそんなつもりじゃなくても、この瞬間、俺はルーエルに涙を流させてしまった。
その事実が、俺にはショックだったのかもしれない。

うぅーっと泣くルーエルの頭に、俺は、ゆっくりと震える手を乗せた。
上手く言葉が出てこないから、せめてこの手から大丈夫だよ、が伝わって欲しいと思った。


「お別れじゃない。ここから始めるんだ。」

後ろから、団長の声がした。
自信たっぷりに、ルーエルの不安を消し去るように掛けられた言葉は力強くて。

――あぁ、やっぱり団長だ。

って思った。
揺れる俺達をいつもピッと正してくれるのは、やっぱり団長にしか出来ない事なんだ。


「ルーエル、世界を見たいか?」

「……え?」

ルーエルに微笑み掛ける団長の力強い眼差しに、俺は羨望を込めて目を細めた。

――俺は、まだまだ子供だ。

グッと、ルーエルの頭に乗せていない方の手を握り、俺はゆっくりと息を吐く。

「ルーエルの目をね、見えるようにする方法を見付けたんだ。」

そう言い、俺はゆっくりと、大切な物を扱うかのように、ルーエルの髪を梳いた。
少しルーエルの肩の力が抜けたのが分かり、俺も自然と笑みが浮かぶ。

「目が、見えるようになるの?」
「うん。ルーエルは、見えるようになりたい?」

ゆっくりと、ルーエルが頷いた。
みんなが、その姿を受け止めた。


団長が一歩ルーエルに近付いたので、俺はルーエルから手を離し一歩離れる。

団長がコートの中から取り出した眼鏡。
プラチナ色の細い縁。繊細なデザイン。
ルーエルによく似合うだろうな、と思った。

「よし、瞼を閉じろ」

団長の言葉に首を傾げるルーエルに俺は、

「寝るときに目を閉じるでしょ?それを瞼を閉じるっていうんだ。」

と付け加えた。
ルーエルは納得したように頷き、瞼を閉じた。


ゆっくりと、ルーエルに念の掛かった眼鏡が掛けられる。

「まだ、瞼を上げるなよ」

団長はルーエルの肩を持ち、そのまま数歩前に歩かせた。


「よし。ゆっくり、瞼をあげてみろ」


俺達からは、ルーエルの背中しか見えない。

本当に、これで見えるのだろうか――…。

煩く騒ぐ胸に手を当て、ぎゅっと握った。



どうか…どうか、見えますように――。



全団員が、そう願った。
手が白くなるくらい、握った。

時間の流れが止まったかのように、俺は、ずっと、ずっとルーエルの背中を見ていた。



「世界を見た感想は?」


団長がルーエルにそう声を掛けると、ルーエルの体がぴくりと跳ねた。

ゆっくりと振り返るルーエル。




――どうか…

どうか、見えていますように。



ぎゅっ、と、更に手を強く握った。



そして――








「ク…ロロ……?」


ルーエルは、ハッキリと団長の姿を見て、団長の目を見て、そう、言ったんだ。

団長の名前を、呼んだんだ。


「初めまして、ルーエル=シャンテ。
 クロロ=ルシルフル だ」

スッと団長が差し出した手をルーエルは目で追って、次に自分の手を見て。
そしてゆっくりと、団長の手に触れた。

「こうするんだ」

そう言って、ギュッと手を握った団長。

「“握手”と言って、初めましての挨拶だ」

「あくしゅ…」


ルーエルは本当に、本当に、しっかりと繋がった手と手を見ていたんだ。

それが、ルーエルの目が見えてる全ての証拠で…


嬉しくて、嬉しくて、胸が、またぎゅっとした。



「クロロ。

何かね、胸が、ぎゅーっとして…
すごく、何かが喉の所に引っかかって…る?

でもね、辛くなくてね、すごく、温かいの。
胸にね、じんわりと、広がるの。

これは、何て言うの?」


ルーエルから溢れる一つ一つの言葉に胸が締め付けられて、暖かくて、気づけば俺の目から涙が流れてて…

周りのみんなも、少し目が潤んでいた。


でもみんな、心からの笑顔で。

俺も、嬉しくて、本当に嬉しくて、今までにないくらい、心から笑った。



団長は優しく微笑むと、


「“感動”……だな。」


そう言った。


ルーエルが俺達一人一人の顔を見ていく。



目が会う。


ルーエルの瞳に、俺が映っている。


彼女と初めて交わした視線。




やっぱり、涙が溢れた。

ルーエルも、泣いてた。





ここから、始まるんだ。

ルーエルの世界も、
俺の世界も、

ここからもっともっと広がっていく。
一緒に広げていこう。


――そう、思っていた。



今この瞬間は最高のもので、一生忘れられないものになった。

これが、全ての悲劇の始まりだと知らずに――。





幸せそうに笑い合う俺達を、運命は嘲るように見ていた。






第四楽章 end

[ 21/75 ]

[*prev] [next#]
[目次]

[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -