16.今の心、昔の心



「今すぐ離れて下さい神田。
今すぐに!」

「ああ!?
文句があるなら勝手に寝たコイツに言え!」

病室に戻ってきてみたら
神田の膝を枕に脳天気に眠るルシファーの姿。

眠りは深くそう簡単に起きそうにない。

オラトリオ(聖職者の歌声)を使った後の彼女は
いつも以上に深く眠ってしまう傾向があるようだ。
僕は神田の体を押そうと手を伸ばすと
感づいた神田がその手を掴み、そのまま互いに押し合う。

「離れて下さい…!」

「触んな…!
俺だってどかしてぇんだよコイツ…!」

「僕がどかしてあげますよ。君を…!」

「俺に触んなもやし…っ!」

「アレンです…っ!」

「知るか…!
だいたい飲み物持って来たんじゃねぇのかよ…っ!」

「君なんか蕎麦のつゆで十分ですバ神田…っ!」

何時までも終わりそうにない力の攻防に
見かねたマリが間に入って止めた為結局決着はつかなかった。

「チッ!」

神田がルシファーを押しのけベッドから立ち上がる。

バランスの崩れた彼女を僕が慌てて抱き止め
そのまま抱き上げると

「眠ってる女性に乱暴なんて野蛮ですね」

「うるせえ!
帰るぞマリ。
何時までもこんな所にいられるか!」

身支度を素早く済ませると神田はさっさと病室から出て行く。

マリは諦めたようにため息をつき、身支度を済ませると

「行こう。ゲートはこっちだ」

「あ、いえ。
僕とルシファーはいいです」

「え?」

「彼女のことだから
多分帰りも方舟を使わず汽車で帰りたがると思うんです。
急ぎの任務も特にありませんし、汽車でのんびり帰ります」

「そうか。
あまり遅くならないようにな。
ホームで会おう」

軽く会釈をしてマリと別れる。

その直後、眠っていたルシファーが目を覚ました。

「…あれ…神田は…?」

「もう帰りましたよ。
僕達も帰りますよ。
どうせ帰りも汽車が良いんでしょう?」

目をこすりながら頷くルシファー。

とりあえず僕は彼女を下ろし、ファインダーを呼んで駅へと向かったのだった。




















乗車前に散歩から帰ってきたティムを捕まえ
それからずっと離さないルシファー。

ティムもティムで逃げる様子もなく大人しく膝の上にちょこんと乗っている。

ゴーレムにまで嫉妬だなんて重症だな…

そう内心で苦笑する。

その時、ぼんやり流れ行く外を眺めていたルシファーが

「アレン・ウォーカー」

「はい?」

「他人の為にイノセンスを使うってどんな感じですか?」

「…へ?」

突然の質問にキョトンとする。

「突然どうしたんですか?
ルシファーだって人の為に癒やしを祈ってイノセンスを使ってるじゃないですか」

「私は違います。
私は、自分の願いの為に歌ってるんです」

前食堂で言ってたことか…

「早く、家に帰りたい。
ただそれだけです」

「……え…?」

「早く家に帰って家族に会いたい。
でも、帰る為にはこの戦いを終わらせないといけない」

でも、ルシファーの両親は…

胸の奥が苦しくなる。

「早く終わらせるには戦える人が戦ってくれないといけない。
私がその戦える人の傷を癒やすことでまた戦場に戻り
一秒でも早く戦いを終わらせてくれるならって…
そういう事だけを願って
癒やしを祈ってるんです」

「…………」

「人の為なんかじゃない。
自分の為です…」

正直驚いた。

まさか話してくれるなんて思ってもみなかった。

僕はしばらく黙るとやがて話しだした。

「…僕は、償いのつもりでした」

外を眺めていたルシファーが僕を見る。

「アクマにして、自分の手で壊した大切な人に償う為にエクソシストになり
沢山のアクマを破壊してきました。
けれどいつしか…本当に心から人とアクマ両方を救済したいと考えるようになって…
だから、どういう感じなのかって聞かれてもよく分からないですね。
『救いたい』それだけです」

そう言って微笑みかける。

ルシファーはいつも通りの無表情でジッと見つめ

「…私はなれないよ…」

「へ?」

小声で彼女が何か言ったが聞き取れなかった。

聞き返したが「何でもないです」と言われ
そのまま眠ってしまう。

何か引っかかる。

だが眠ってしまった以上問い詰めることも出来ず
仕方なく羽織っていた団服を脱いでルシファーにかける。

「…え…?」

その時偶然気付いた。

彼女の目から
一筋だけ涙が流れていることに。

 


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