夢の終わり 後編













「何呆けてやがる」
「あはっ、いやー…もう、面白すぎて」


未だに痛むお腹を摩り、覗き込んできたキョウヤに視線を返す。星空を背景に怪訝そうな顔を浮かべる彼は、寝転ぶ私の隣へと腰を下ろした。珍しいじゃん、と言いたかったけれど、顔の筋肉がビシビシに引き攣っていて上手く言葉にならなかった。
少し離れたところでは、皆がまた花火を再開している声が聞こえた。





隠していた、こと。
一度言葉にすると、それはあっさり紡がれていった。


別世界の人間だってこと。
拒絶されるのが怖くて、言えなかったこと。
皆と本当の仲間になりたかったこと。
でも、なれるわけがないと思っていたこと。
だから私は、現実から逃げるように暗黒星雲に身を寄せたこと。


皆はオーバーにリアクションを取りながらも、話に耳を傾けてくれた。度々、遊が私のおでこを触りにくるのは普通にひどい話だ。そうだった、信じてくれないというパターンは想定してなかった。



そう、これだけだ。
こんな短い言葉で説明できてしまう。たったこんなことで、馬鹿みたいに巻き込んで、必死にもがいて、答えを求めて。



こうみえて、少しは緊張してたんだ。

どんな言葉が返ってくるのだろう、どんな目を向けられるのだろう。一通り話し終えたところで、皆の返事を待った。恐怖なんて強い言葉ではもうないけれど、緊張はしてたんだよ。

それなのに。

ふむ、と時々頭から煙を出しながら話聞いていた銀河は「でもさ」と言葉を繋いだ。あまりにも真面目な顔つきで。



『星のかけらが降ってくるくらいなんだから、人が降ってくるのも、別に不思議ではないんじゃないか?』



「あっはははは!!はは、ははは!!あはははごほっ、あはははごほっ
「落ち着け」


そんなわけあるかいッッ!!
その言葉だけでも衝撃的だったのに、まどかが秒でツッコミを入れていてさらに笑えてしまった。
本当に、難しく考えていたことが馬鹿みたいだ。なんだか完全に吹っ切れてしまって、笑わずにはいられなかった。その程度、その程度で良かったんだ。


既に重症の私の背中を、キョウヤがドン引きしながらも摩ってくれた。キョウヤにこんなことをさせるなんて、よっぽとひどい状態なのだろう。大きく息を吸い、なんとか呼吸を整えた。



そして、


『どんなことを言ったって、どんな立場だって、もう変わる訳ないだろ』
『っていうか、変えられる訳ないだろ』
『俺たちは、』


ずっと欲しかったその言葉は、あっけらかんとした表情から紡がれた。毒にも薬にもなりそうなそれは、もっと深く染み込むと思っていたのに。ただそっと、降ってきただけだった。それが逆に、嬉しくて仕様がなかった。


「ニヤニヤしてんじゃねえよ」
「いやー、やっぱ嬉しいじゃん?」


嬉しさのあまり勢いで飛びつくと、銀河は最初こそ慌てたようにしていたが、そっと抱き返してくれた。すると急に、小さく悲鳴を上げて手を放し「俺、まだ死にたくないんだ…」と言い出すので、無視してそのまま抱きつぶしてやった。失礼なやつだ、泣くぞマジで。


「思ったより面倒な奴だな。てめえも」
「思ったよりで済んでる?ならまだセーフだな」
「アウトだろ」


呆れにも近いその声には、度々苦労をかけてしまったという自覚がある。


「…あれだけ、賑やかしておいてよ」
「ん、?」
「蓋を開けりゃ結局、この程度のことじゃねえか」
「あはは、まあ言うなよ」


キョウヤの顔を見上げれば、その視線が合った。うーん、やっぱり整った顔してるわ。向けられたその目が、僅かに責めるような色を映していることは分かっている。だけど、それは自分が一番よく分かってるから、嫌というほどに。



「この程度でも、私にはそれが全てだったんだよ」



ぱちりと開いた目に、ニッ笑いかける。
数秒の間があっただろうか、途端、視界が真っ暗になった。そして顔が痛い。


「どうじで…」
「ムカついただけだ」


顔面を掴むキョウヤの手は、相変わらず容赦がない。寝転がっているが故に、後頭部強打がくることはないと高を括っていた。
暫く抵抗を試みたが、キョウヤは満足したのかそのまま腰を上げて歩いて行ってしまう。体を起こし呼びかけてみても、「うるせえ」と背中から返ってくるだけだった。しかしその声に怒気はないので、まあ、大丈夫なのだろう。理不尽だが。




◇◇◇




もう一度寝転がり、満天の星空を仰ぐ。

優しい静寂のなかで、まどかの笑い声や、遊の煽り、翼の悲鳴が聞こえてくる。……凄いことになってるみたいだ。そのなかで、こちらへ近づく足音も聞こえた。


「お隣いいですか」
「許可しよう」


なんていうか、良い休憩場所にされている気がする。
輪から離れてきた来た氷魔は、楽し気に頬を緩めながらも、若干疲れた表情をしていた。え、本当に何が起きてるんだ向こうで。

労いの言葉を入れつつ、笑いかけた。


「ごめんなーいろいろ」


氷魔の顔を見たら、思わず口から出てしまった。本人もよく分かっていないようで、「え?」と疑問を口にする。ただ、すぐ様意味は汲み取ってくれたようで、ああと小さく頷いていた。


「いいですよ、もう。むしろ納得しましたよ、初めて会った時の貴女の挙動不審な態度も」
「え、そんなひどかった?」
「それなりに」
「っえー…」


それでよくもまあ、こんな人物を家に置いてくれたもんだ。いろいろ思惑はあったのかもしれないけど、結局それも、今となっては感謝だ。上手く転がって、今の形になって。
改めて思うけど、やっぱり初めに出会ったのは氷魔で良かった。



ぽつりぽつりと、なんとなく思い出話に花を咲かせていると、途中で自分が随分と話題に尽きないことに気づいた。そうか、こんなに思い出を作っていたのか。

ふとお礼を言いたくなって、体を起こして視線を合わせた。風が吹き、星空が滑る薄水色の髪がふわふわと揺れている。小さく首を傾げるその姿に、やさしさの塊みたいだ、と思った。


すると、氷魔は何か気づいたように「あ」と小さく声をあげた。


「ひとつ気になってことがあるんです」
「なに?」
「美羅さんは、僕のこと知ってたんですか?」


それは、どういう意味だ?
理解ができない質問の意味に、今度はこちらが首を傾げる。氷魔は視線を湖に向け、そのまま言葉を繋いだ。


「貴女があそこから落ちてきた日、湖から引き上げて一度声をかけたじゃないですか」
「あー、だな」
「そしたら僕を顔を見ていきなり言うんですもん」
「…何を?」
「僕の名前を」


………。


「……マ、マ、マジで…?」
「マジです」



それは、明らかに、怪しさマックスだわ。
え、そんな怪しい人を氷魔家に置いてくれてたの?いや、むしろ怪しいから置てくれたの?どっちにしたって、とんでもない懐の持ち主だ。
そして自分が最大のミスを、そんな初回からやらしていたなんて知らなかった。とんでもないじゃないか。



隠していた、こと。
でも、これはだけは言っていなかった。



なんて、答えようか。




「それはさ」
「それは?」




「よく似てたんだよ」
「え?」




「私の"知ってる人"に」




言う必要はないだろう。
だって、"物語"はもう終わったのだから。



突然、消えてしまうんだろうか。
それとも、まだ時間はあるのだろうか。
これからどうなるか、全然分からない。

だけど、それだけだ。

それだけの気持ちで、最後まで歩いて行こう。



「氷魔」
「はい?」
「……コンゴトモヨロシク」
「なんで片言なんですか」



決まってるだろ。
照れるんだよ、今更言うのは。













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