夢の終わり 前編










たくさんの声が聞こえる。


その声が色を持って、雨のように降ってくる。


自分はどこに向かっているのだろう。ゆっくりと、ただ真っすぐ進み続ける足に、手に、顔に雨が弾く。だんだん分からなくなってきて、打ち付ける雨は、ただの雑音へと変わっていく。


私は悲しいのかもしれない。
でも、止まることができなかった。雨が止んでも、もう何も聞こえなくても、止まることはできなかった。


止まることだけが、できなかった。

















「………。」


自然と開いた目が、柔らかい白を映した。
静寂が包む空間で、空気の揺れる音を捉える。

ふいに消毒液の香りがして、体が僅かに覚醒する。そのまま体を起こし、一度瞬きをした。ぼんやりと揺れる世界のなか病室だと理解し、光が差し込む窓を見る。真っ青な晴天だ。動かしにくい首を動かし部屋全体へ視線を投げ、行き着いた机の上。


途端、世界が変わる。


朧気だった世界の輪郭が、鮮やかに映る。
肌に触れる空気が、吸い込む息が、色と厚みを持つ。
窓の外から、病室の外から、音が届いた。



「……っは、はは」



私は、悲しいのかもしれない。

そして、嬉しいのかもしれない。



「…っあははははは!!!」



理解して、込み上げてくるものを止められなかった。胸の真ん中が熱くなって、笑いすぎて涙まで出てきた。何度も噎せ返り、それでも、笑いが止まらない。

なんて、単純。
こんなもの。所詮、こんなものだったんだ。



そのまま私は、

病室へまどかとケンタが飛び込んでくるまで笑い続けた。



恐ろしくてたまらなかった、終わり。
不鮮明で得体のしれない、漠然とした恐怖。
そんな記憶の谷は、あまりに呆気ない。

私がずっと怯えていたものは、
"こんなもの"だったんだ。





机上のケアトスに、光が滑る。


私は間違いなく、記憶の先へ辿り着いていた。




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