最高の喜劇にしよう


どのくらい歩いたのだろう。
拘束は解けないが、抵抗する意思がないことを示し連れられるがまま足を動かしていく。視界は確保されているが、なんとなく地下だろうということしか分からない。会場からは出ていないと思うのだが。

ひとつの扉の前に来るや否や、背中を押され、そのまま倒れこむように部屋へ入る。いや痛ってえしせめて一言かけろふざけんな…!!


舌打ち交じりに顔を上げると、そこには、予想通りの人物がいた。


「…やあー、竜牙」


随分と、悪役面に磨きがかかったもんだ。それだけ、暗黒の力が竜牙自身をも支配し始めているということだろうか。
返事が返ってこないので、立ち上がりつつ視線を巡らすと、目の前のスタジアム以外は特に何もない空間だ。厚いコンクリートの壁は、既に竜牙に手によるものか、ところどころが砕けていた。

この状態で、私にできる最善はなんだろう。

スタジアム越しに見る、竜牙。

なんとなく、竜牙と対戦した皆の顔が思い浮かんだ。同じ気持ちだったんだろうか。うん、これは逃げられないな。そして、勝てる気もしないや。


深い溜息を、抑えることができなかった。


「…最後の最後にラスボスが相手とか、ハードル高くない?」
「不服か?」
「まさか」


もしかしたら、最後かもしれない。
ケアトスを両手で握り、ランチャーにセットした。


「光栄だよ、とても」


その顔が闇に歪むのを視界に収め、シュートを放った。















死に直面した時、人はどんな気持ちになるのだろう。
もっと、取り乱すと思った。だけど、今竜牙を目の前にして、本当に不思議なくらい冷静だった。痛いとか、負けたくないという気持ちもあるのだが、それよりも確定された敗北の後、どんな世界が待っているのか、それだけが気になって仕様がなかった。っていうか、餌になるって具体的にどんな感じなんだろう。言ってはみたが死にたくはないぞ、マジで。


「ケアトス!!」


ケアトスがエルドラゴへと迫るが、その倍の力ではじき返され、吹き飛ばされる。心を折るような金属音が、何度も何度も響く。火花が走る。完全に遊びだ。子供と大人なんてものじゃなく、もっと単純で分かりやすい強者と弱者。エルドラゴ本体は、まだ朧気な闇を孕んでいるだけだが、いつそれが爆発するかもわからない。ジリジリと鎌が、首元に近づいているのが分かった。


圧倒的強者の余裕でケアトスを攻めていた竜牙の視線が、こちらへと向いた。
しかし、攻撃の手は緩まない。


「貴様は弱いな」
「…否定できない、な!」
「何故それで、そこに立っていられる」


それは、自分でも知りたい。
体は痛いし、息は苦しい。

何故、今立っていられるのか。ふと頭を過った理由に、こんな状況なのに自分でも声を出して笑ってしまった。僅かに開いた竜牙の目に、視線を合わせる。


「ここにいる限りは、ブレーダーだから!」


何故か、銀河の声が聞こえたような気がした。銀河だけじゃない、皆の声も。

格好つけたっていいじゃないか、そうでもしなきゃ、今すぐにでも倒れてしまいそうなんだもの。そんな私の考えが分かってるのか否か、竜牙は馬鹿にしたように声を上げて笑っている。ひどいなあ、笑うこたないじゃん。


「ブレーダーだと?笑わせる」
「ウケ狙いじゃないっての」
「貴様にはそれが、ベイに見えているのか」
「は?」


視線を追うと、そこには弱弱しくも回り続けている相棒の姿。そういえば、大道寺は竜牙がケアトスに興味を持っていると言っていた。あの時は、私を暗黒星雲へ呼ぶ建前だと思っていたが、実際どうなのだろう。少なくとも竜牙は何か、ケアトスに対し言葉があるのは間違いないようだ。


「なんだよ、お前ケアトスに興味あったんじゃないの?」
「力が反応した瞬間、まさかとは思ったが。中身が分かれば所詮はこんなもの」


大道寺といい、竜牙といい、ちょっと手のひら返しがひどいんじゃないか。と思ったが、手のひら返しとか裏切りとかそういうワードは、今はなんとなく心臓に悪いから口に出さない。
鼻で笑った竜牙に、紫がかった闇が見えた。



「貴様が回しているそれは、ただの執着だ」



それは、どういう意味。
問いかけたいのに、言葉が出ない。


「だが、餌にはなるだろう。その怨念紛いの心」


でも、そんな私を待ってくれるはずもなく、鈍い金属音が耳に届く。ハッとして視線をスタジアムに戻すと、もうケアトスは限界だった。


「…銀河とのバトルに用意したスタジアムだが、最初に膝をつくのは、お前か」
「次はお前だよ、きっと」
「その減らず口も、すぐに利けなくなる」


元々、必殺転義を打つ力も持っていなかったんだ。
それでも、竜牙の空気が変わった瞬間、エルドラゴが怪しい光に包まれる。その場に現れた紫の龍がこちらに向いた。ひどく禍々しい姿だ。…わあ、大技で決めてくれるのか。


これで、終わり。

だけど、終わりじゃない。まだ終わらせられない。


突きつけられた切っ先に、音が消える。
真っすぐにこちらを射貫く竜から、視線を外さない。とても静かだ、怖いくらい。


結局、何もできなかったなあ。竜牙はきっと、銀河がなんとかしてくれる。彼はこの後、エルドラゴに吸収され完全に支配される。
私が知っているのは、そこまでだ。
でも、その先は見てなくても分かる。だってヒーローが負けるはずがない。そして、あの星空の下で言葉を交わし、ずっとここまで向き合ってくれた彼も間違いなくヒーローだった。

少しは、皆の力になれたんだろうか。もっと、ちゃんと守ってあげたかった。なんて、少し烏滸がましいかな。せめて最後に与えられたチャンスくらい、逃さず成功させてみせるよ。


息を吸って、目の前の彼へ呼びかける。



「私、餌にはならないよ」



エルドラゴは、人の恐怖や憎しみを餌とする。
私が今一番怖いのは、私の力がエルドラゴに吸収され、それが微力ながらも銀河たちを傷つける要因になってしまうことだ。だから、怯えちゃダメだ。

飲まれたらどうなるのだろう。最後の戦いを、見届けることはできるのだろうか。また皆に、会えるのだろうか。

分からない、分からない、けど。

全部、今更だ。





竜牙の暗黒転義が、空間へと木霊する。
真っすぐに、こちらへ迫る竜。
打ち付ける風が、痛い。



目が、合った。



大丈夫、怖くない。怖くない。





頑張れ、ヒーロー。
あの笑顔が頭に浮かんで、闇に眼を閉じた。



.








×