たとえ偽善と言われても


バトルブレーダーズ、二日目。

当初の予定であった対戦カードは、大道寺の発言により急遽変更となった。それにより、一戦目はキョウヤとベンケイだ。ふと観客席へ目を向けると、キョウヤの団扇を持っている子達がちらほらと見える。きっと前田の功績だろう、よくやった。そして、対戦相手がベンケイということもあり、なんとなくドラマを感じさせ………前田アイツ大丈夫かな、息してるかな。


「もっと強くなって来い。…次に戦う時までにな!」


そう言って勝利を収めたキョウヤ。次があるということに、ベンケイは喜びのあまり雄たけびを上げていた。子弟とも、主従とも違う、そんな熱い二人の試合に会場全体が盛り上がっていた。……マジで前田大丈夫か、生きてるかアイツ??!

心の中で合掌しつつ、この盛り上がりに乗じて席を立つ。すると、すぐ様翼の視線がこちらへと向いた。げっ、気づかなくていいのに。

「どこへ行く」
「…ちょっとトイレ」

明らかな疑いの目を向けられている。端の席を陣取ったのに、翼が隣のせいであまり意味はなさなかったようだ。目敏いんだよなあ。撒くのが大変だってのは、既に経験済みだからよく知っている。

むしろ出歩くなら試合中の方が安全だろと言うと、納得してくれたのか、翼はそれ以上引き止めはしなかった。…その視線は変わらずこちらに向いているけど。すまん、翼。
その目をなるべく見ないようにして、早足で会場を出た。










「遊ー!」

今朝からずっと、遊の姿が見つからない。

大丈夫だろうと思いつつ、その姿を見るまで、どうしても落ち着いていられなかった。
昨日銀河に負けた遊は、暗黒星雲の制裁を受けているはずだ。後に合流できることは分かってる、分かってる、けど。どのタイミングかなんて、詳しくは覚えていなかった。そして何より、ボロボロの状態で必死に歩みを進めている小さな姿を想像すると、只待っていることはできなかった。どんなに強くたって、遊はまだ子供なんだ。


「遊ー!いるなら返事しろー!」


会場から、暗黒星雲本部までの道を辿っていく。追跡を恐れていることを考えると、遊もなるべく人目につかないようにこっちへ向かってくるはずだ、そう思い、人工的ではあるが、大通りから逸れた林道を進んでいくと。


小さなオレンジが、木に寄りかかるように座り込んでいた。


「遊ッ!!」
「…っミララン…?」


髪も、顔も、体も、傷ついてボロボロだ。

服も靴も泥だらけで、ここまでの必死の道のりを如実に表していた。苦し気に薄く開いた目が薄っすら赤くなっているのを見て、なんだか、こっちが泣きそうになってしまい、その体をそっと抱きしめた。いつもなら鈴のように真っすぐ抜けていく声が、今は絞り出したように掠れている。ああもう、なんで、もっと早く見つけてやれなかった。

「ミララン…、ぼく…」
「大丈夫、もう大丈夫だ」

小さな手には、壊れたリブラが握られていた。

私が泣いて、良いわけがない。
滲みそうな視界は意地でも抑え込んだ。


「頑張ったな、遊」


遊は口元小さく上げ、弱弱しく私の服を握り返してくれた。



◇◇◇




「リブラも一緒に連れてって。ケンチーの格好良いとこ見せてやってよ!」
「遊…。分かった、気持ちは受け取ったよ。遊も一緒に戦おう!」


遊を背負って会場に戻ると、丁度エントランスにいた銀河たちと合流することができた。
控室に遊を寝かせ、落ち着いたところで、遊は事の説明をしてくれた。試合に負けた暗黒星雲の皆は、味方であるにも関わらず、エルドラゴの餌にされたこと。そして遊本人は、サーペントによる制裁を受けたこと。

元々ベイブレードが大好きな遊は、銀河とのバトルを通して、楽しさの意味さらに実感した。そこに闇は一切なくて、またバトルしてほしいと微笑む遊に、もう敵としての目を向ける人は誰もいなかった。いや、最初からいなかったと思うけどさ。だって、遊、圧倒的に無邪気の光だし。


「…おい」


次に水地と対戦するケンタに、遊はリブラを託す。

そのやり取りを遠目に見ていると、隣から声がかかった。いつの間にそこにいたのか、キョウヤには珍しく小さく声をかけてきた。その小声に釣られて、なんとなく声が出せず首だけ傾げて見せると、なんだか微妙な表情をしている。気まずさとは違うそれは、なんだ、……怒ってる?


「お前は、平気なんだろうな」
「何が?」
「チッ、今の流れで分かんだろ」


どうしてこう、彼らは鋭いのだろう。


遊を含めた暗黒星雲組と私とじゃ、そこに身を置いていた理由がまるで違う。私は、腕を買われてそこにいたわけじゃないし。そういう意味で、制裁という言葉が合っているのかは微妙だ。だけどそうか、裏切者という点では私も立派な制裁対象だった。実際、昨日の水地の言葉は正にそれを意味しているのだろう。

なんとなく逸らしてしまった視線をキョウヤに戻すと、相変わらず険しい顔をしていた。


「私さ、もう分かってるんだ」
「何がだ」
「こういう時、大抵嘘をつこうとするとバレるんだ」


その眉が、ぴくりと動いた。


「制裁は、多分あるよ」


多分、と付けてしまったのは、それがいつ来るか分からないからだ。発言通りなら、私は水地によって裁かれるのだろうか。恐らく竜牙ではないだろう。水地以外であるとすれば、大道寺あたりだろうか。

………っえー…自分で言ってあれだけど大道寺だったらどうしよう、それは絶対避けたい。もう会いたくないぞマジで。


でも、迷いはない。
表情の変わらないキョウヤに、返す答えは一つだ。



「もしそうなったら、私は向き合おうと思ってる」



やれるって思ったり、もうダメだって思ったり。どうしてこうも、強気と弱気を行ったり来たりできるもんなのか。人間って不思議だ、本当に。

散々逃げ回ったくせに、今はハッキリと言葉にできるのはどうしてなのか。今確かに重みを持って、胸の真ん中あたりに存在する、この気持ちはなんなのだろう。

決意か覚悟か、それとも諦めか。
だけど、何故だかこんなにも心は澄んでいた。



「まー!いざとなったら骨は拾ってくれよ、キョウヤ!」



二っと笑ってその背中を叩くと、油断していたのかキョウヤは少し前のめりになっていた。え、珍しい、初めて一本取れた気持ちだ。
一瞬目を見開いたキョウヤが、ギロリとこちらに鋭い視線を向ける。来るであろう後頭部強打に思わず戦いの構えを取ると、予想外に、その口元がニヤリと笑った。


「調子出てきたじゃねえか」


その自覚はないけど、いい気持ちではあるよ。実際ね。釣られて私も、ニヤリと笑ってしまった。





ケンタの試合が始まるので、そろそろスタジアムへ向かうことになった。遊が心配なので残る旨を伝え、入り口前で皆に小さく手を振る。
すると、皆が歩みを進めていく中で、先ほどまで話していたキョウヤがまだ留まっていることに気づいた。


「キョウヤ置いてかれるぞ?」
「言い忘れたが、俺は骨を拾う気はねえからな」
「ん?」
「んな面倒なことさせるくらいなら、這ってでも戻ってこい」


それだけ言って、キョウヤは背を向け歩き始める。

なんの感情か分からず、思わず深い溜息をついてしまった。本当、今ほど団扇を持っていないことを、後悔したことはないよ。



「恰好良いなー…キョウヤ」



私もいつかなれるだろうか。
あれくらい強く、格好良く。



.








×