特訓と幼馴染と


とっ、とっ、とっ、


「もう少し…もう少し…」


とっ


「よっしゃーー!!ベイ渡し成功ー!!」
「本当に、美羅さんの成長には驚きますよ」


岩場に座る氷魔は、笑みを浮かべ小さく拍手をしてくれた。
私が古馬村に来てから、数週間が経った。今では、こうして毎日氷魔とベイの森に来て修行という名の遊びをしてるわけだ。そしてやっと、ベイ渡し成功…!


「にひひっ!やったねー」


氷魔にブイサインをしてから、キラキラと光る水面へと足を入れ、向こう岸にいるケアトスを迎えに行く。ケアトスも嬉しそうにその場を動き回っていた。


「よし、もう一度向こう岸まで…!」


今度は氷魔がいる方の岸へと、ケアトスを放てば、


とっ、とっ、ばしゃーん


「あ"っ?!」


真ん中くらいまで来たところで、見事に川へと落ちたケアトス。

氷魔の笑い声を聞きながら急いで水に飛び込み、じゃじゃ馬を救出。ケアトスともそれなりのバトルを重ねて、だんだんとその性格が分かってきた。


「お前今自分から飛び込んだろー!!」


自分もずぶ濡れになりながら、片手に乗るケアトスに文句を言うと、首を傾げるかのように、こてっとその身を転がした。とにかく、無邪気というか何というか…あれだな、自分の欲望に忠実なんだな。

お互いのバトルっていうのも分かってきて、力を合わせることは出来ているんだけど…こうやってたまに好き勝ってに動いてしまう。そ、たまにだよ。たまに。


「美羅さんの場合、正確さは申し分ないんですが、どうにもバランスが…」
「いや、今のは絶対こいつ、こいつ!」


バシャバシャと音を立てながら氷魔の元へと行き、お互いに水を滴らながらケアトスを前へ突き出す。相変わらず、氷魔はニコニコと笑みを崩さない。


「それでも、ケアトス自らが飛び込むのはたまにですもんねー…たまに」


い、言い返す言葉が見つからない。くそう…なんて嫌味の上手い奴だ…!!褒めるぞ!!氷魔を軽く睨んでも、その笑みはより濃くなるだけだった。


「ハハ、冗談ですよ。さ、早く上がった方がいいですよ、暖かいとはいえ、まだ春先ですから」


そういえば、最近になって変わったことがもうひとつ。

こんな言い方は変かもしれないけど、氷魔が触れてくれるようになった。(なんか、こんな言い方変態みたいだ…)
今までは、私を警戒していたからかもしれないけど、お互いが触れたのなんて最初の握手くらいだった。少しは警戒を解いてくれたのかー…なんて期待しながら、差し伸べられた手を取り、なんとなく嬉しい気持ちで川から出た。










「あーあー…ベイ通しは結構早くできたのになー…」
「そうですね。今回はずいぶんと手こずりましたね」


森での帰り道、盛大な溜息に氷魔が苦笑いを浮かべた。いや本当に、ベイ渡し成功するまで、本当に何回川に飛び込んだことか…。


「ある意味、ベイ渡しも正確に打てば行くもんだと思ってたよ」
「あれは正確さだけでは、途中で止まってしまいますからね…一回一回の着地でしっかりと…」


氷魔のベイ渡しのポイントを聞き流しながら空を仰げば、木々の間から光が漏れる。思わず、眩しさに目を細めた。慣れた景色とはいえ、この美しさにはいつもいつも感動するなあ。


「ですが、できたことに変わりはないんですから良かったじゃないですか」


聞こえたその言葉に、さっきまで疲労がぱっと消えたのを感じた。そうだよ、最後はまあ…あれとして、結果としてはできたんだもんな!

「だよな!!やっぱ嬉しいなー」

とにかく、満足満足!ぐっと伸びをすると、濡れた体に風がもろに当たる。盛大なくしゃみと隣から響く笑い声。苦笑いで頭を掻けば、もう森の出口へと来ていた。



◇◇◇



「ん、帰ったのか」


一番に迎えてくれた北斗は、とことこと私たちのほうへ歩み寄ってきた。
氷魔がただいまと言うと、北斗の視線が私へと移る。今となっては、この鋭い瞳も慣れたもんだ。

「ただいま」

笑顔でそう言えば、北斗はそっぽを向いてしまった。おやまあ。軽くショックだ…。

だけど、あれ?
引き攣っていた口元が緩み、パチリと開く目。
確かに聞こえた、それに見えた。


「……ああ」


その口がしっかりと動いてるのを。


自然と上がる口元を隠すことなく北斗を見つめれば、再び顔を背けどこかへ行ってしまった。氷魔と比べたら、北斗とはまだまだ距離を感じる時があるけど、少しずつ言葉も交わしてくれるようになったし、自分としては嬉しい限りだ。
(それと同時に、嘘をついてる罪悪感は今は見て見ぬ振りをしておこう…。)





そんな時、ふと氷魔を見れば、その視線がある一点に集中していた。


「氷魔?」
「…あ、はい!何ですか?」


慌てて振り向いた氷魔の、目線の先にあったもの。この静かな古馬村のなかでも、さらに静かで静かでずだと気になっていた家。予想が正しいなら、これは。


「あれって、誰かの家なの?」


そう言って遠くの家を指差せば、氷魔は困ったように笑った。


「あそこは、僕の幼馴染の家なんです」
「、……へー…」
「…彼は今、旅に出てしまって留守にしてるんですよ」


その声は、どこか寂しそうで、辛そうで、悔しそう、で。

自分の知ってること、多分氷魔の悔しさとかそういうのは、村を襲われた悲しさとか、銀河に付いて行けなかった寂しさとか…そういうのが混ざってるんだと思う。あくまでも、画面越しの自分の勝手な妄想にすぎないけど。
銀河が旅に出てるってことは、今は物語の始まる前。それか、銀河達が古馬村に着く前…ってとこか。



そこまで考えて、ふっと思った。

("物語"……ね)


私にとっての非現実。この感情をなんと言っていいのか未だに分からない。私は今、本当に、あの世界へ来ているんだ。

だけど、まわりが知らないことを私だけが知っている。そのことに対しての優越感とかそんなものは全然なかった。というより、持てる訳なかった。
むしろ、中途半端なことだけ分かっている自分の記憶が邪魔な時だってある。この知識があるせいで、言いたいことも言えない苦しさが溢れてくる。でも、この知識がなかったら、今頃自分はパニックになってただろうなと思うと溜息をつかざるを得ない。


自分のことを特別だとは思わない

ただ、異質だと思う。限りなく。


自分がこの世界の記憶を辿るたびに感じる孤独感。ああ、イレギュラーなんだな、って。

そんな私が、この世界の未来を変えていいのか、分からない。私の些細な一言が、この世界に大きな影響を与える事だってあるかもしれない。

例えばここで、流星さんは生きてるって言ったらどうなってしまうのだろう。氷魔の苦しみが一つ消えて、困惑が一つ増えて、未来が少しずつ変わって、それで…。


結局、何かを壊してしまうような、崩してしまうような、そんな気がする。


だけど、黙って何もしないなんて私の性分じゃない。むしろ嫌だ、そんなの。止まってなんかいたくない。
私はどうすればいいのか、答えがあるはず。見つからないんだったら、自分で答えを作ってみせる。

だから今は、


「大丈夫」
「え?」
「帰ってくる、絶対。会えるよ」


胸を張りたい。信じたい。

心に浮かんだこの言葉は、記憶によって作られた都合の良い言葉じゃなくて、私の心から出た言葉だと。

未来を話すことはできない。やってはいけない。だけど、この記憶で何かが良い方へ行くんだったら、それってラッキーじゃないかって、そう思う。
それくらいの考えじゃないと、あまりにも重過ぎるんだよ、背負うには。


だからせめて、今この氷魔の表情を、優しくしてあげられるんだったら、この記憶を使うことを、あんまり後ろ向きに考えない。


「…ありがとうございます」
「…うん、やっぱり氷魔はそっちのほうがいい!」


柔らかくなった氷魔の表情を見て、満足げに笑って見せた。


(大丈夫、氷魔の大切な人はちゃんと。)


氷魔のところに帰ってくるよ。




「え、何か言いましたか?」
「ううん!なーんでも!」


早足で村のスタジアムへと向かえば、慌てて駆けてくる足音。歩幅の違いですぐに追いつかれるのは分かってるから、あえて振り向かない。ほら、もうすぐ後ろだ。


「美羅さん!」
「んー?」
「幼馴染の彼は、銀河。鋼銀河って言います」
「うん」
「いつか、バトルできるといいですね」
「う、ん!」


いつかは会える、銀河にも。きっと皆にも。その時までに私は、答えを見つけ出せてるかな。



んで、その時は


「さ、バトルしようぜっ!!」


思いっきり笑いあえたらいいな。



20100609








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